ラビvs大橋 1
あの夏の冒険旅行から早数ヶ月。
大地は冬休みに入り、騒がしいクリスマスも終わってのんびり過ごしている。
(今年は夏休みに月に行って、危険ではあったけどあんなすごい体験して…。みんな元気かなぁ。ラビ、ガス、グリグリ、ばあちゃん…今頃何してんだろ)
部屋で1人ぼ〜っとそんなことを考えていると、窓になにやら人影が見えた。
(え゛っ?ここ2階なのにっっ!誰、泥棒??)
ビックリしている大地の目に飛び込んできたのは…
「ラビ!!」
「よぉ、元気か?」
ラビはニット帽をかぶりウサギ耳を隠している。
それに月にいるときとは違う服装で何だか別人のように思えたが、イタズラっ子のような笑顔は共に旅していたときと変わりない。
ラビは大地を驚かして満足そうな表情で、当たり前のように窓から入ってきた。
「ラビ…どうやって地球に…?」
「そんなの、魔法を使ってチョチョイのチョイさ。これでも毎日勉強してんだぜ?」
「ふーん…想像しにくいけど」
「なんだよ、せっかく来てやったのに…うれしくないのかよっ」
「ううん…うれしいよ」
ラビとのそんなやりとりも久しぶりで、大地は笑顔で答えた。
それを見てラビも微笑む。
「ばあちゃん達…元気?」
「ああ、元気すぎるくらいだぜ。魔法の勉強しろしろって毎日うるせぇし。グリグリも相変わらずにんじんばっか出して遊んでる。
ガスは月面で武者修行の旅してるみてーだしな」
「そう…」
大地は、懐かしさで胸がいっぱいになり思わず泣きそうになった。
自分はまだまだ子供で、自由に月に行くことが出来ずみんなと会えない。それが悲しく思えてきた。
「来年の夏、また月に来いよ。チケット渡しただろ?みんなで出迎えてやるぜ」
大地の気持ちを思いやり、優しくラビが声をかける。
「うん!」
パーッと瞳を輝かせて明るく笑った大地に、ラビは少し赤くなって言った。
「大地…オ、オレ…」
「ん?」
ラビがなかなか次の言葉を言おうとしないので大地が黙って聞いていると、部屋のドアがいきなり開いた。
「大地ーー!来ったぜーーーっっ!!」
それは、大地のクラスメイト、大橋哲也だった。
大地はラビが突然月からやってきて一瞬忘れていたのだが、今日は大橋と遊ぶ約束をしていたのだ。
「大橋…」
「んぁ?誰だソイツ」
大橋は初めて見るラビを怪訝そうに見つめた。
ラビも同じく大橋に会うのは初めてだったのだが、初対面のヤツに『ソイツ』呼ばわりされてラビの性格上当然ムカッときたらしい。
「お前こそ誰だよ」
妙な敵意を感じて大橋もムッとする。
大地は慌てて間に入り、お互いを紹介した。
「あっ…大橋、コイツはラビって言って俺が夏休みに月に行ったときにできた友達なんだ。俺たちと同い年なんだぜ。
それとラビ、コイツは大橋って言って俺のクラスメイトなんだ」
そう言っても、2人はお互いを見据えたまま何も言わない。
(大地のクラスメイト…?そういや『ガッコウ』ってところに大地が毎日行ってることは知ってたけど、こんな友達がいたんだな。
くそっ、オレの知らねぇ大地を知ってるかと思うと何だかムカつく)
ラビは軽く嫉妬した。
一方大橋も、
(月旅行で友達ができたなんて初めて聞いたぞ?こうやって偶然会わなかったらずっと教えてくれなかったってことじゃねえのか?
大地のことなら何でも知ってると思ってたのに、なんかくやしい)
なーんて思っていた。
大地はそんな2人を見て思う。
(この2人…考えたら気ィ合わなさそう。ラビはあまのじゃくだし、大橋は乱暴だし…いいヤツらなんだけど、なんかただならぬことが起こりそう…)
沈黙を破ったのは大橋だった。
「ところで大地、今日スケートに行くんだろ?」
「あっ…うん…」
「えっ?俺が来てるのにソイツと遊ぶのかよ!?」
そしてとうとう大橋がラビに向かって言った。
「オレは最初から大地と約束してたんだ。それにオレは『ソイツ』じゃねぇ。今大地が『大橋』だって言っただろォ?」
これを黙って聞いているラビではない。
「へっ、オレは月からわざわざ大地に逢いに来たんだ。お前はいつでも遊べんじゃねーか。大体『ソイツ』って言い出したのはお前だ。オレも『ラビ』って名前がある」
「なにぃ!?」
いよいよ本格的にケンカが始まりそうになったところで、大地が口をはさんだ。
「ちょっ…ちょっと2人ともケンカしないでよ。だったら今日、3人で遊ぼうよ」
「えぇ!?」
「おい、マジかよ大地!?」
2人に責めるような目線で同時に見つめられて、大地はたじろぎながら言った。
「だって、大橋との約束は前から決めてて破りたくないし、ラビだって遠いところから来てくれたんだし…みんなで遊べば楽しいよ。だから…ねっ?」
必死で言う大地に、2人は互いの顔を見ながら考えた。
(この大橋ってヤツ…気にくわねぇけど、大地もこんだけ言ってるし)
(ラビか…コイツと大地がどういう仲なのか、この目で見させてもらおうか)
「ああ、分かった」
「いいぜ」
そういったラビと大橋は、一瞬目が合ったがすぐにツンッと目を逸らした。
(先が思いやられるなぁ…)
苦肉の策の提案にいまいち不安を感じてしまう大地。
するとそこに、母親の美恵が現れた。
「あら、騒がしいと思ったらラビくんじゃないの!」
「こんにちは。お邪魔してます」
ペコッと頭を下げるラビを見て、大橋は思う。
(大地の母さんまでラビのこと知ってんのかー…)
ちょっぴり疎外感を味わってしまう。
美恵はラビに明るく提案した。
「ラビくん、せっかく月から来たんならゆっくりウチに泊まっていったら?」
「いいんですか?」
白々しく驚いているが、大地はもとからラビがそのつもりで来たのだろうと勘づいていた。
「そうよ、泊まって色んなところ大地と遊びに行きなさいな」
「ありがとうございます!…2泊ぐらいしても大丈夫ですか?」
「OKよ〜。そんなに長い間ラビくんといられるなんてうれしいワ♪」
キャッキャと盛り上がるラビと美恵を見て、大橋が呟いた。
「オレも…泊まる。2泊3日する」
「えっ」
大地は驚いて声を上げた。何を言い出すんだ、こいつは。
「……」
大橋の発言を聞いたラビの目がすわっている。
「いいですか、おばさん」
「そうね、大橋君もぜひ泊まっていきなさい。後で私からお母さんに連絡しておくから。キャー、今日は楽しくなりそうねーー♪お母さん色々準備しなくっちゃ。じゃあねー!」
美恵はそう言って元気に階段を下りていった。
残された3人はしばし無言だった。
(大橋の野郎…大地とゆっくり過ごせると思ってたのに、余計なこと言い出しやがって…!)
(オレだって、大地と一緒にいたいんだ。ラビにばっかりいい思いさせるか!)
そんな2人に、大地はおそるおそる言った。
「じゃあこの3日間、3人で仲良くしような…?」
「ああ…」
「仲良く、な…」
そう答えて、大橋とラビはニッコリと笑いあった。
だが、目は笑っていない。
(なんでこんな風になったんだろ…それにしても、長い3日間になりそうだ…)
先を案じて、大地は心の中で大きな溜息をついた。
