シャマン、遙家に滞在 1
 10月のある晴れた土曜日の午前中のこと。

 大地はリビングの窓際に寝転んで、大好きなメカ関係の雑誌を読んでいた。

 ポカポカと差し込む太陽の光が気持ちいい。おじいちゃんの大河が離れで剣道の素振りをしている音が聞こえてくる。

 母親の美恵は、弟の大空を連れていつもの病院へ行っていた。

 大地は心地良い陽気に誘われるように、いつの間にかその場で寝入ってしまっていた。



「ふぁ〜あ…」

 父親の大樹が大きなあくびをしながら、二階の寝室からやってきた。

 昨晩は残業のため帰りが12時を回り、今日はせっかくの休みなので朝寝坊を充分満喫していたのである。

 大樹は、スースーと寝息をたてて気持ちよさそうに眠っている大地を発見して優しく笑った。

「おー、今日はいい天気だなぁ」

 誰に言うともなく伸びをしながら呟いた大樹は、今起きたばかりだというのに大地の隣に横たわった。

 そして寝ている大地のそばに寄り添い、顔を覗き込む。

 大地のあどけない寝顔を見てクスリと笑う大樹。

(月から帰ってきた時はちょっぴり大人になったと思ったが、こうしてみるとまだまだ子供だな…)

 そう思いながら太陽の匂いがする我が子の頬を軽くくすぐって、大樹も眠りに誘われそうになった時…窓から何者かの声がした。

「…る…か…い…ち〜…」

 大樹は薄目を開けて外を見た。

 するとその先には、頭からマントをかぶってサングラスをかけている見るからに怪しい男が、ゆらゆらとこちらに迫ってくるではないか。

「はるか…だいちーー!」

 男は大地を発見して、おぼつかない足取りで大地目がけて近づいてくる。

「……!!!」

 大樹はとっさに目の前の息子を守ろうと、強く抱きしめた。

「おっ…お前、ナニモンだっっ!!」

「やっと見つけた…遥大地ィ〜〜…!」

 男は大樹に構わず、大地をじっと見つめながら涙を流し出した。

 その騒動に目を覚ました大地は、外の男の様子に驚いて声を上げる。

「わっ!!」

 大樹は大地の前に回り、明らかにおかしい行動の男と対峙した。

「おい、人の庭に勝手に入り込みやがって、警察呼ぶぞっ」

 大樹の言葉に、男は慌てて手を振った。

「そんな…私は怪しい者ではないっ」

「充分怪しいワッ!大地の名前を連呼して、何の用だ!」

 大地は大樹とやりとりするその男の声を聞いて、ん?と思った。

「あなたは…」

 大地は男の名前を口にしようとした時、騒ぎを聞きつけた祖父の大河の竹刀が男の後頭部に綺麗〜にHITした。

「……っ!!」

 男は地面に崩れ落ちた。どうやら気絶してしまったらしい。

「フォッフォッ。どうじゃ、ワシの腕もなかなかのもんじゃろう」

 大河は腰に手を当てて、悦に入っている。

「おお〜、父さんお見事。さあ大地、もう大丈夫だからな」

 大地はそう言う大樹をすり抜けて、倒れている男のもとへ近づいた。

「おい、危ないぞ大地!」

「そうじゃ、よしなさい!!」

 2人が静止するのも聞かず、大地は男のつけているサングラスを取った。

 そこから現れた顔は…。

「やっぱりシャマンか…」

 大地は、青ざめた顔で気を失っているシャマンを気の毒そうに見た。



 結局シャマンは意識を失ったまま大地の家へ運び入れられ、後頭部にできたたんこぶの手当てをされていた。

 打ち身用の薬をコットンにつけながら大樹が言う。

「こいつ…まさか大地の知り合いだったとはなぁ」

「なんだか悪いことをしてしまったのう」

 大河も気の毒そうな顔で見ている。

「オレも驚いたよ。月で別れてそれっきりどこにいるか分かんなかった人が地球にいるんだもん。どうしてなんだろう」

 大地はそう言いながら、最後にシャマンと別れた時のことを思い出していた。

 あの時シャマンはエヌマを抱え上げ、『我々の里へ帰る』と言っていたはず。

 どうやら今シャマンは1人のようだ。エヌマはどうしているのだろう。

 数々の疑問点が大地の頭をぐるぐる飛び回ってはいたが、あの夏の冒険に関する人が現れたことが少し嬉しく感じられた。

「このシャマンとかいう男…最初庭に現れた時、お前の名前をずっと呼んでたぞ。やっと見つけた…とも言ってたな」

「そう…」

 大樹に教えられ、大地はシャマンの顔に視線を移した。

 こう思ってはなんだが、後ろからいきなりとはいえ殴られて気を失っているシャマンはどうも情けなくて、あの夏の闘いのクールな姿からは全く想像できない。

 それになぜ自分を探していたのだろうか。

「ぅ…」

 大地がそう思っていると、シャマンがゆっくりと目を開けた。

 そして大地の姿を捉えると、シャマンは泣きながらいきなり抱きついてきた。

「遙大地〜〜〜〜!!!!」

「ちょっ…シャマンっ!!」

 うろたえる大地。本当にすごいギャップだ。

「覚えていてくれたのか!うう、私は嬉しい!!」

 そう言って尚一層むせび泣くシャマンに、大樹と大河は呆気に取られていた。

「あいつ…20歳ぐらいだよな…」

「そうじゃろうが…よほど大地に逢いたかったんじゃろう…」



 そうこうしていると、美恵と大空が病院から戻ってきた。

「あれ、知らない人がいるー」

「まぁまぁ、お客様?」

 美恵に聞かれ、大地はどう説明してよいのか分からず困りながら答えた。

「うん、月で知り合った人なんだけど…」

 おいおいと自分に取りすがって泣いているシャマンの肩をつかんで、大地は何とか引き剥がし事情を聞く。

「シャマン、どうして地球へ?」

 大地の家族一同は黙って耳を傾けた。

 シャマンはスンスンと鼻をすすりながら言った。

「実は、月で君達と別れた後、すぐにエヌマと地球へ来たのだ。色々な場所を転々としながら2人で暮らしていたんだが、あの性格のエヌマだ、ケンカが耐えなくて…」

 大地はヒステリックなエヌマを思い浮かべる。

 …確かに、一緒に生活していくのには多難な相手かもしれない。

 シャマンは続けた。

「それでも何とかやりながら、1ヶ月ほど前この日本へやってきた。だがつい最近、決定的にエヌマを怒らせてしまって…」

「決定的にって…シャマン、何したの?」

 大地の問いかけにシャマンは一瞬喉を詰まらせた。

 不思議そうな顔をしている大地を見て、少し赤くなっている。

 大地はそれを見て言った。

「あ…言いたくないなら言わなくてもいいよ」

 シャマンはホッとした様子で話を続けた。

「そして…せっかく日本に来ているのだからと君の顔が見たくなって探し続け…やっと今日君に逢えることができたのだ!!」

 そう言ってまた大地に抱きついた。

 シャマンの首筋を良く見ると、ひっかき傷が無数についている。たぶんエヌマにやられたのだろう。

 大地はこの男がさらに気の毒になった。