百華煉獄1
 ここは日本、ネオ江戸。


 西暦はとうに三千年を超えている。
 だが、この都市の建築物や街並みはかつての江戸時代のようであった。

 和を基調としながらも空には車が激しく飛び交い、夜はネオンや街灯で通りがまばゆく照らされる。
   ネオ江戸は、江戸以降の文化を取り入れた世界有数の大都市となっていた。

 道行く人の服装はと言えば、ベースは着物であるものの、ブーツを履く者、ジャケットを羽織る者、若い女性では着物の裾を
お尻の下ギリギリの超ミニ丈にする者など、皆思い思いのファッションを楽しんでいる。
 繁華街は人口が多い分雑多な印象が強くあったが、一度路地に入るとのどかな住宅街が広がるといった、多様な顔を持ち合わせていた。



 そんな中に、子どもたちの明るい声がひと際響く一画があった。
「大地ニイちゃん見〜っけ!!」
「…あー、見つかっちゃった…ここなら大丈夫だと思ってたのになー」
「そこ、さっき真一が隠れてたとこだよ」
「だからあえて見つからないって踏んでたんだけど」
「ザンネンでーしたー」
 男の子たちが公園のような広場でキャッキャッとはしゃぎながらかくれんぼをしているようだ。



 そこは、とある孤児院だった。

 平屋の建物から延びる遊歩道。
   小さく構えられた門の脇には『太陽』と書かれた表札が据えられている。
 ここはさまざまな事情で親がいない子どもを育てている、国から認められている孤児院だった。


 今現在、下は六歳から上は十一歳まで、男児ばかりが七人在籍している。
 皆それぞれ、親を失ったかもしくは親に捨てられた子ばかりだ。

 彼らは皆、決して恵まれた環境にいるわけではない。
   なのにこうやって毎日を楽しく過ごせているのは、最年長者の大地という少年の存在が大きかった。


 十一歳の大地は、生まれてすぐにこの孤児院の前に捨てられていた。
 なので親の顔を見たことがなく、ここ『太陽』で育った。

 大地は素直で明るい子どもだった。
 面倒見が良く誰に対しても優しかったので、施設の子どもたちみんなに慕われていた。

 黒髪がぴょんぴょんと跳ねる短髪に、くるくるよく動く大きな瞳は見ている者をいつも楽しい気分にさせる。
 また少し太めの眉毛とやや出ているおでこは、やんちゃで元気そうな印象を与えると同時に、凛々しく利発な子どもであろうことを
連想させるのにひと役買っていた。
 あどけない口元は表情豊かで愛らしかった。
 本人は意識したことなどなかったが、子どもらしくとても可愛らしい容姿をしていた。


 大地より年上の子どもたちは、皆社会で働くべく施設を出ていき、きちんとした就職先を見つけていた。
 労働基準法がひと昔前よりずいぶんと改正されており、まだ十代はじめでも本人の意思があれば労働が認められている時代だった。
 基本は奉公先を見つけて、そこの使用人として働くというのがオーソドックスであった。

 孤児院にいるからといって、子どもを欲しがる夫婦に引き取られるケースはめったになかった。
 過去にそんなラッキーな子どもがひとりかふたりいたと話に聞くぐらいで、大地がここへ入ってからは一度も見たことがなかった。


 この『太陽』は国からの認可を受けているとはいえ、財政的に余裕があるとはとても言えない状況だった。
 施設内の設備はおろか、子どもたちの服や食事など、満足なものはひとつとしてなかった。

 施設長は橋本という名の五十四歳の男で、子どもたちからは『父さん』と呼ばれ慕われていた。
   食事の用意などは一部ボランティアに頼むことはあっても、橋本は独身ということもあって子どもの生活から運営まで基本的にひとりでここを取り仕切っていた。

 おっとりとした雰囲気が物語るように、柔和で子どもたちみんなに優しかった。
 ただ不在がちで、帰って来たかと思えば少し浮かない様子や落ち込んだ顔を見せることがたびたびあった。
 大地は一度、心配になって尋ねてみたことがある。
 すると『大丈夫だよ。大地は優しい子だね』と言って笑顔を見せるので、大地はそれ以上何も追求しなかった。


 橋本は近所の住人にもすこぶる評判がいい男だった。
 近所の主婦たちは話題が『太陽』のことになると橋本のことを必ずこう評した。
「結婚もしないで、みなしごのために従事して…」
「いつも『この子たちはみんな大事な家族なんだ。“恵まれない子”などと言わせたくない。愛情をめいっぱい注いで大事に育てているんだから』って言うのよね」
「本当に立派よね、真似できないわ〜」


 大地は将来、引き取られるよりもむしろ早く社会に出て働きたかった。
 ここを出て奉公先でお世話になりながら、少しずつでも施設にお金を入れたい。
 そうすれば父さんにもここの子どもたちにも、今より多少なりとも水準の高い暮らしをさせてやれる。
 それが今まで自分を育ててくれた『太陽』へのご恩返しになるんだと、大地は強く信じていた。

 みんなと別れるのは辛いけど、働いて稼ぎを得るためになるべく早くこの施設から出たかった。