「…ん?あれ誰だろ?」
『かくれんぼはもう飽きた』と、奔放なライタという少年が言い出したため大地たちが次の遊びを相談している時、帰宅した橋本とともに
見たことのない男が敷地内の遊歩道を歩いてきた。
黒のスーツ姿という、この時代には珍しい洋装の男だった。
ただし頭髪は綺麗に月代に結っており、普段は和装をしていることが窺い知れる。
招き入れる橋本が妙にへりくだって接しているように見えるせいか上背が高く見えるが、実際はそれほど高身長ではないようだ。
年齢は橋本より十歳以上若く見えた。
ただ威厳というのだろうか、大地が今まで接したことのない種類の迫力を持っているのが、遠巻きながらも感じ取れる男だった。
そうやってついじっと見ていると、黒スーツの男が視線に気づいたのか、目が合った。
その時彼のすぅっとした糸のような細い目が、少し見開かれたような気がした。
そしてそのまま大地をじっと見つめてくる。
大地は少し驚いたが、この男は橋本の客だ。失礼があってはいけないと思い、慌てて会釈をした。
すると男はフッ…と薄く笑って、同様に軽く頭を下げた。
その途端、カイトという少年が大地の着物の袖を引っ張った。
「あのおじさん誰ェ?」
ハッとした大地が周りを見ると、遊びの相談をしていた子どもたちもスーツの男が気になっていたようで、大地の後ろに団子になって
一斉にあちらを見ていたことに気づいた。
「わっ…わかんないけど、あんまりじろじろ見るなよ、失礼だろ。ほら挨拶!!」
大地はカイトの後頭部を掴み、自分ももう一度頭を下げて今度はきちんとお辞儀した。
「こんにちはっ」
「こんにちはーっ!」
続いて少年たちも、大地の後に元気良くお辞儀する。
今度はにっこり笑って、スーツの男は返事を返した。
「こんにちは」
男はそのまま隣にいる橋本に話し掛ける。
「噂通り、元気で礼儀正しい子たちですな」
橋本は相変わらず男に遠慮がちな態度ながらも、笑顔を返していた。
そしてそそくさと男を連れ立って建物の中に入っていった。
何故だか理由はわからないが、大地には橋本が子どもたちとスーツの男を接触させたくないように見えた。
「初めて見る顔だな」
ひとり離れていたライタが、ボールを上に放り投げてはキャッチすることを繰り返しながら、誰に言うともなく口にした。
この『太陽』には、頻繁ではないものの来客があるのは別段珍しいことではなかった。
孤児院の院長に就く橋本の元へは、国をはじめさまざまな自治体や慈善団体の職員がやってくるものだ。
その人たちは何度となく来るので、子どもたちと顔馴染みになっていた。
だが、あのスーツの男はライタの言う通り初顔で、そのような人たちとはどこか異質な気がした。
身なりはきちんとしているし、挨拶をしたら笑顔で返してくれた。
それは他の客と共通していて、取り立てて変わったところはない。
なのに、何かが違う。
あの男に纏うオーラは、大地の知らない世界に属する者である気がした。
とその時、大地の後頭部にボールが当たった。
「いてっ」
「何ボーっとしてんだよ大地ニイ。スリー・オン・スリーするって決まったゾ」
ライタは偉そうに腰に手を置いたまま続ける。
「大地ニイはあっちのチームだかんな」
ライタの示す方を振り向くと、年少組のカイトとルイがいた。
大地は同年代の子と比べると身長はやや低かったが、運動神経は抜群だった。
なので年少の子たちやスポーツが苦手な子は皆大地と同じチームになりたがり、取り合いになるのが恒例だった。
「わかったよ。今の仕返しはこの勝負でさせてもらうからな」
大地は転がってきたボールを小脇に抱えて、ライタにほくそ笑んで見せる。
「さ〜どうだかねェ〜?」
ライタは大地の挑戦をおもしろそうに笑いながら、マークにつこうと近づいてきた。
「笑ってられるのも今のうちだぜライタ」
「その言葉、そっくりそのまま大地ニイにお返しするよ」
ピー!と審判役の少年がホイッスルを鳴らして、勝負が始まった。
