百華煉獄43
「あ、そうだそうだ」
 クロマサは嬉々とした様子で、部屋の隅にある用具入れから何かを持って大地の元へ戻ってきた。
 手にしているのは蓋つきのバケツと、水の入ったペットボトルが数本。
 そしてマウスウォッシュにタオルも数枚ほどあった。

 大地の横へそれらをぽんぽんと手際よく並べてクロマサは身を起こした。
「尺八練習するにあたっての基本セットだ。慣れないヤツはゲロ吐いちまったり、口ん中に出された精液を飲み込めない場合がある。
そんな時はこのバケツに吐き出してくれ。水やタオルはそん時に使うのさ。マウスウォッシュもな」
 クロマサの説明に、大地は青ざめていく。

(最初からこういうのが用意されてるってことは、大勢の見習いが尺八に苦労してるってことだ…)
 隣に並べられた尺八練習グッズをじっと見つめる大地の心に、ますます尺八への恐怖心や嫌悪感が募っていく。


 クロマサはあからさまに怖気づいている大地に手を伸ばした。
「まァまァ、相手の男を気持ち良くしてあげたいって気持ちがありゃァそんなに難しいことじゃない」
 大地の頬に大きくて分厚い手を添え、ゆっくりと撫で回している。
 やんわりした感触はいやらしく、ぞくりと寒気が走った。
 クロマサは空いているもう一方の手で、自身の魔羅をまさぐっていた。
「ぎへへ…」
 興奮気味に鼻息荒く笑うと、こらえきれないといったように自分の着物の裾を左右にはだけて下半身を露わにした。


「っ」
 その勢いに恐怖心を刺激され、大地は一歩退いた。
 現れたふんどしの前袋は隆起している。もうすでにクロマサの魔羅は大きくなっているようだ。

「……」
 初日にこすらされた小泉の魔羅を思い出す。
 今度はアレを口に含んで、舐めるのか。

 陰間になるための第一歩。
 これを乗り越えなければ、客の前に出られない。ここは覚悟を決めてやるしかないのだ。
 大地は口を引き結んだ。


 昨日、クロマサに尺八を行っていた少年の姿を思い描く。
 彼は畳に膝立ちになって、クロマサの股間に顔をうずめていた。
 頭に浮かんだその姿のあまりの無情さに大地は一瞬眉根を寄せたが、嫌悪を振り払うように小さく頭を振って、同じ姿勢をとろうと跪いた。

 ふゥン、と悦びか興奮かわからぬ鼻息をクロマサはひとつ大きく噴いて笑った。
 そのまま畳に座る大地の前に一歩大きく踏み出すので、勃起した魔羅がふんどし越しとはいえ大地の目の前に迫ってくる。
「っ…」
 反射的に肩をすくめる大地の顔の前で、クロマサは自身の勃起した魔羅をふんどしの上から片手でさすった。
 時折前袋の生地が突っ張って、亀頭の形を浮き彫りにする。大きくなった魔羅を見せつけるようなクロマサに大地は何も言わず目を伏せた。


 クロマサはそのままじれったそうに自分の着物の帯をスルスルとほどいた。
 自然に衿が開き、胸に施された阿修羅像の刺青が剥き出しになる。その精巧な細工が異様な迫力を醸し出していた。

 羽織るだけになった着物を素早く脱いでふんどし一丁になったクロマサは、大地を追いかけていきなり畳に跪き、抱きついてきた。
「っ!?」
 クロマサの力は強く、抱きついてきた勢いによって畳に押し倒された。
 そして大地の耳元に熱い息を吐きながら言った。
「…っ、尺八だけじゃなくて…セックスのお勉強もしないとな」
「ぇっ」
 大地は小さく声を上げた。クロマサは口元から垂れた涎を手の甲で拭った。
「お前、なんにも知らないんだもんな〜。オレが直々にセックスの流れってもんを教えてやる。ふたりきりだ、濃密にスケベできるぜ〜?」
「…!!!」


 大地に戦慄が走った。
 誰の目もない、実技研修室。
 この男は研修にかこつけてセックスに及ぼうと言うのか。


「ひっ!」
 あまりのことに身体を強張らせる大地を見てクロマサは笑った。
「ちんぽこ突っ込みゃしねェよ。客がどんな風にお前の身体を堪能するのか、ここでしてみせてやろうってんだ。実践として肌で知ってた方が
何かといいんだよ。ありがたく思え」
 そう言ってクロマサは大地の口唇にむしゃぶりついた。
「んっ!」
 小さく叫ぶも、その拒絶の声はクロマサの口内に吸い込まれ、消えてしまった。


(これ…キス…?いやだ、キスされてる!!)
 大地はキスに対して、施設の年上の者たちから少し話に聞いたことがある程度だった。もちろん、これが初めての経験だ。
 昔、施設の年長の少年たちがファーストキスの相手は誰がいいかと盛り上がっていることがあった。
 ある者はテレビタレントを挙げ、ある者は学校のマドンナ的存在だった美少女の名を挙げていた。
 大地はその時まだ幼かったため楽しそうに盛り上がる兄たちを見ていただけだったが、それでも『ファーストキスは特別なんだ』という
意識がしっかりと芽生えたものだった。

 キスは好きな人へ、また恋人同士が行う、特別でいて自然な行為。
 そう思っていただけに、クロマサから一方的に口唇を奪われたショックは大きかった。


 クロマサは少年の柔らかい口唇に自身の口唇をすりつける。
 大地は首を振ってイヤイヤ、と逃れようとしたが、そうされると余計煽られるのかぶちゅぶちゅと猛烈に口づけてきた。

 気持ち悪くて息苦しい。密着する口唇に伴って、ヒゲの感触がざりざりと口元を這う。
 それは痛くて、嫌悪感や不快感が増大する。大地はどうにか必死にその攻撃をかわそうと、顔を伏せようとした。
 しかしクロマサはそれを許そうとせず、大地のあごと後頭部をそれぞれの手で掴んで動きを封じ込めた。

 大きな手で子どもの小さな顔と頭をがっしりと捕らえて、クロマサは口づけをやめた。
 身を離して大地の顔から退く。
「ハァ、はぁ…」
 キスの息苦しさから喘ぐように肩で息をしている少年。
 その口元はどちらのものともわからない唾液で濡れていて、なんとも言えずエロティックだった。
 そんな大地をじっと見て、クロマサは低く笑う。
「ぐふふふふ…」
 満足気な、それでいて今から行うことに対しての嗜虐的な悦びが混ざったような顔をして、改めて大地の口唇に接近した。


「!!!」
 大地の口唇に、ぬるっとした嫌な感触が走った。
 これはもしかして…と思った時にはもう、大地の口の中にクロマサの舌が入り込んでいた。
「あぁふ、っ…!ぅぅんんッ」
 クロマサの舌は大地の上あごや舌、またその裏をねっとりと味わっている。
 ベロベロと大地の舌の周りを大きく回転していたかと思えば、硬くした舌で歯ぐきを細かくなぞってくる。

 クロマサのこの行為は、口唇と口唇を優しく触れ合わせるキスしか知らない大地を大きな脅威をもって恐怖に陥れた。
 口の中を舐めるなど小学生の大地には不潔で気持ちの悪い変態行為としか思えない。
 こんなおかしなことをしてくるクロマサが心底おぞましかった。


「やっぁあ、あうう、ん〜んぅ」
 後頭部をしっかりと押さえ込まれ、大地は前にも後ろにも逃げ場がなかった。
 ただただクロマサの舌に責められているその口のわずかにできた隙間から、拒絶の悲鳴を漏らすことしかできないでいる。

 クロマサはいったん大地の口を凌辱することをやめて顔を上げた。
 その口唇には、大地の口とを繋ぐ透明な糸が連なっていた。
「ひひ…これはディープキスって言ってな、陰間の仕事の基本中の基本よ。最初にこれでお客のやらしい気持ちを盛り上げて、骨抜きにさせとけ。
たちまちお前の顧客になってくれるぜ」
 そう言ってクロマサは再び大地の口の中に舌を潜り込ませる。
「ひん!やーぁあ!!」
 また口の中を好きに舐めまくられるのかと思うと、大地はたまらず嫌悪の表情で強く拒絶した。

「おい、オレァお前に人気陰間になってもらいてェから教えてやってんだぜ。ちゃんと真面目に取り組め、ほらン〜ン」
 いやらしく舌を長く突き出して、固く閉じようとする大地の口唇を無我夢中で舐め上げる。
 なめくじが無数に這うようなその不快極まりない感触から逃れようとしてわずかに大地が口唇を開くと、ここぞとばかりすぐさまクロマサの舌が
乱入してきた。
「う〜えぇ、ふぅっ…いやぁ」
 柔らかく可憐な口唇をはみ、大地の舌をつつく。クロマサは野卑た口唇を歪ませて、吐息混じりに本音を吐露した。
「はァ、はぁ…ぁぁ、うめェなァ、カワイコちゃんとのキスは。しかも初めてを頂戴させてもらえるなんてありがてェ。思う存分味わわせてもらわねェとな」

「あひっ、ぁぅ、〜〜〜ッッ」
 クロマサの荒い息に大地の悲鳴がかき消される。
 このまま大地自身を食べてしまうかもしれないというぐらい、濃密で偏執的な口づけだった。
 大地は息が苦しく、頭がぼぅっとしてものが考えられなかった。