芽生え2 〜コンプレックス〜 1
「大地くん、ラビくんっ!いつまで寝てるんですかっ?」

 ガスの不満気な声に、ラビはハッとなった。

 眠い目をこすりながら枕元を見上げると、さわやかな朝陽の下、ガスがエプロン姿で仁王立ちになっている。

「…おう…」

 なんとか返事をするものの、起きたばかりで反応の鈍いラビに、ガスは怖い顔のまま一気にまくし立てた。

「今日はラビ君の食事当番の日なのになかなか起きてこないものですから、私が代わりに作りましたよ?もう、これで何度目だと思ってるんですかっ」

「…朝っぱらからうるせーなァ…」

 ラビはうっとうしそうに頭をかいて、のっそりと毛布から這い出る。

 ガスはなおも小言を続けた。ラビに対する不満がそうとうたまっていたらしい。

「グリちゃんやオババ様がお腹をすかせてるんです。女性を大事にしないとバチが当たりますよ」

「へーへー、すみませんでした〜〜」

 言葉だけで反省の色を見せないラビに、ガスはフンッと鼻息を荒げる。

「スープが冷めちゃいますから、先に食べてますよ。ラビくんも大地くんを起こして、早く来てくださいね」

 ガスの説教から解放されたくて、ラビは大人しくうなずいた。…眉間にしわを寄せながらではあるが。

 ガスはそのまま、マジカルゴのそばにいるV−メイ達の元へと帰っていった。



「食いモンがからむとやたら機嫌がワリーよなァ、ガスのヤツ…」

 ただでさえ寝起きが悪いラビなのに、ガスのお説教というありがたくないモーニングコールを食らって一人ぼやく。

 昨晩ラビは、なかなか寝つけなかった。

 寝つけなかった原因は−…コイツ。

 隣でスピスピと気持ちよさそうに寝息を立てている大地だった。



 初めて経験する性器の現象に戸惑いを隠せない大地に、ついつい調子に乗って色々とやらかしてしまった。

 大地が何にも知らないのをいいことに、あんなことやこんなこと…。

 その上キスまで。

 女のコ大好きで、いつかは女のコと…なんて野望があったのに、ケンカばかりしているこの小憎らしい大地がファーストキスの相手だなんて…!!

 しかもそれが案外悪くなかった上に、ハマりそう…なんて不覚にも思ってしまったラビは、自分で自分が分からなくなり、なかなか寝つけられなかったのだ。

 昨晩のことを思い出すと、カーッと頬が熱くなる。

 冷静な気持ちになると、あの時の自分はどうかしてたとしか思えない。

(何でこのラビ様が、大地ごとき相手にこんなうろたえなきゃなんねーんだ)

 そんな自分の気も知らず、のんきな顔で夢の中にいる大地が急に恨めしく思えてきた。

(コイツのせいでいらねぇこと考えて寝坊して、ガスに怒られた…くそっ)

 普段の自分の行いの悪さを棚に上げて、ラビは大地のおでこに強烈なデコピンを食らわせてやった。

「あいてっ!!」

 鋭い痛みが額に走り、大地は驚いてガバッと身を起こす。

「おら、ガスが腹ペコでおかんむりだ。とっとと朝メシ食いに行くぞ」

 ラビは昨夜のことがあるため大地の顔をまともに見られず、そう一言残して、そそくさとガス達の元へ向かっていった。



「〜…」

 指跡のついたオデコをさすりながら、大地は涙目でラビの後姿を睨んだ。

「もっとマシな起こし方できないのかよー…」

 そう呟いて、大地もまた昨晩のラビとの出来事を思い出す。

 よく分からないながらも、ラビに自分の性器を触られて、ラビとキスして、それで…。

 大地は火を噴きそうなぐらい、ボボボッ…と顔を赤らめた。

 ラビは大地に、「白いの出るまで面倒見てやらないと」なんて言っていた。

 口が滑ったような感じだったが、確かにそう言った。

 心臓がドキン、ドキン…と大きな鼓動を立て始める。

(ど…どんな顔してラビと話せばいいんだよー!!)

 大地が困っていると、ガスの声が遠くから響いてきた。

「大地くーん!起きたんなら早く食べましょーう!!」

「う…うんっ!」

 大地は気を取り直し、みんなのいる食卓へ向かった。



「後片付けは、ラビ君がしてくださいね」

「ハイハイ、分かってますって」

 まだガスに責められているラビの隣に、大地はいそいそと腰かけた。

 なんとなくラビも大地もお互いを意識していることが分かったが、どうにか自然でいられるよう努力する。

「ラビ、食事当番サボりすぎグリ」

「るっせー!何もしないお前に言われたくねー!!」

「きゃわ〜ん!!」

 大地は普段通りのラビに、少々ホッとした。

 怒られてしゅん…となるグリグリの隣で、V−メイが笑いながら大地に援護射撃を要請した。

「まぁラビがサボりすぎなのは本当のことだと私は思うね。大地もそう思うだろう?」

「え?」

 急に自分にフラれて、大地は焦った。隣にいるラビも、ビクッと身体を強張らせている。

 なんだか気まずくて、2人は食卓の上で視線の先のみを交わらせていたが、ラビが寝坊したのには自分にも一因があると大地は思い、困ったような笑顔で言った。

「ま…まあいいじゃない。ラビも疲れてる時があるんだよ」

「!?」

 こういう時、いつもの大地なら「その通り!」なんて言ってくれるのに、今日はなんだか様子がおかしい。

 ラビはその理由が分かり過ぎるほど分かっていたが、何も知らないV−メイ達は呆気にとられた。

「大地がラビの肩入れするなんて…一体どういう風の吹き回しだい?」

「大地くん、熱でもあるんじゃないですかっ?」

 みんなの視線が集中し、大地は慌てて取り繕った。

「や…やーだなー、熱なんかないって」

 そう言いながら、誤魔化すように目の前にあるおかずを口に放り込む。

「あっ…大地くん!?」

 大地はもぐもぐと口を動かしながら、目を丸くするガスを見た。

「何?」

 すると隣でラビも、ガスと同じようにポカンと口を開けている。

「お前それ…ニンジン…」

「!!!!!」

 大地は知らず知らず、大嫌いなニンジンをほおばっていることに気づき、喉をつまらせた。

「うえっっ!!」

 真っ青な顔で、テーブルの下にニンジンを吐き出す大地。

「げ〜、きったねぇな〜〜〜!!」

「だっ、大地くん大丈夫ですか!?ラビくんひどいですよ、肩を持ってくれた大地くんに対してっ」

 大地のそばに駆け寄るガスと顔をゆがめるラビ、その光景を見ながらV−メイはぽつりと呟いた。

「やっぱり今日の大地、どこか変だねぇ…」

 ギャアギャアとやかましい食事風景はいつものことだけど…と心配していると、隣でグリグリがマイペースに朝食を続けながら言う。

「ニンジンさん、もったいないグリねぇ」

 それを聞いて、V−メイは苦笑した。



 そしてその朝、近くに綺麗な湖があるというので、ここらで水浴びでも…という流れになった。

 いつでも邪動族に攻撃される恐れがあった為、V−メイとグリグリが先に身体を清めている間、大地たち3人は見張り当番をする。

 そこでも大地とラビは昨日のことで頭がいっぱいで、普通に話せなかった。

「…大地くんもラビくんも妙に静かですね。どうかしたんですか?」

 何も知らないガスが、不思議そうに2人を見つめる。

「っ…!…別にどうもしてねーよ。なぁ大地?」

「う、うん」

 動揺しながら答えるラビになんとか返事を返すものの、大地はそれ以上何も言えず、また静かな時が流れる。

 ガスは首をひねりながらも、だまって見張りを続けていた。

 そうしていると、V−メイとグリグリがさっぱりした表情で魔動戦士たちの元へ帰ってきた。

「気持ちよかったグリ!」

「噂どおりホントに綺麗な湖だったよ。あんた達も早くお入り」

 そう促されて、3人は湖に向かった。



「…本当に綺麗なところですね。空気もおいしいですし!」

 ガスは服を脱ぎながら、陽光に照らされた湖を眩しそうに見つめて笑った。

「そうだね。地球じゃなかなかこんな場所ないよ」

 大地は気を取り直し、ガスに微笑み返す。

 ラビは水が苦手なので、ガスや大地のようにはしゃぐ気にならず、フンッとした表情で水辺にふんぞり返っていた。

「ラビくん、入らないんですかー?すごく気持ちいいですよっ」

 一足早く湖に入って、その心地よさを実感しているガスがラビを誘った。

「オレはいいっ」

 そう言ってラビはなんとなく、隣でタンクトップを脱ぐ大地に視線をよこした。

 …昨日、おもしろがって自分が触れたその身体。

 あの時は夜だったが、こんなに明るい場所で見ると妙に生々しく感じられて、イヤでも昨日の出来事が目の前に浮かんでしまう。

 適度に日焼けしている顔や腕と違い、日の当たらない下腹部は驚くほど白くて、触れるとすごくスベスベで…。

 そんなこと思い出したらダメだと自分に言い聞かすのだが、なぜか視線を大地からはずせない。

 一方大地だって、あんなことの後だ。ラビの前で裸になるのはすごく恥ずかしく、気になってなかなか以前のようにポンポンと服が脱げないでいる。

 トランクスに手をかけたもののたじろいでいると、やっとラビの視線を感じて大地は真っ赤になって言った。

「なんだよっ…。そんなじろじろ見るなよっ」

「!…見てねぇよ!」

 自分が見ていたことを大地に気づかれて、ラビも赤くなってあからさまな嘘をついた。

「見てたじゃないか!ラビのスケベーっ」

 大地は恥ずかしさを隠すため冗談で言ったのだが、ラビは自分の心を見透かされたような気になって、耳まで真っ赤になった。

「〜〜…。見てねぇって言ってんだろ!お前みたいなガキの身体見て、喜ぶバカがどこにいるってんだ!」

「…ガキって言うな!ラビだって同い年なんだから、オレがガキならラビだってそうだろ!?」

「いいや、違うね!昨日の夜だってオレが色々教えなきゃお前は何も知らなかったし、まだ白いの出ないクセにっ」

「っ!!!」

 ラビはその時大地の顔を見て、傷つけてしまったことに気づいた。。

 大地は昨晩、射精できなかった。それを気にしている大地に、単に発育の違いだけなんだからそのうち出るようになる…と言ってやったのに、

売り言葉に買い言葉でついバカにするような物言いをしてしまった。

「……」

 大地はあからさまに顔を暗くして、落ち込んでいる。

 ラビはまずいと思ったものの、そこで大人しく謝れるような性格ではない。どうしようか困っていると、ガスが後ろから2人に声をかけてきた。

「何を話してるんです?大地くん、早く入りましょうよ」

「−…。オレはバアさんのとこ戻るからなっ」

 それを機会にラビは大地を残し、悪いと思いつつ詫びることを放棄してその場から離れた。



 それからというもの、大地の様子がおかしくなった。

 洗濯や食事等、ラビと大地が2人の当番と決まっているところを1人でやると言い張ったり、しなくてもいいのにガスの当番を手伝ったり、極力ラビと2人になるのを避けている風だった。

 そうかと思うと、コソコソと一人でどこかに行き、暗い顔でため息をつきながら帰ってくる。

 いつも元気で明るい大地がそんな風なので、ガスをはじめV−メイやグリグリも心配していた。



 ラビは、水浴びの時のケンカが原因だと分かってはいるのに、謝りそびれていた。

 大地と2人になろうと思っても避けられているのが分かっていたし、こういうことは時間が経てば経つほど難しくなる。

 何より、大地に対して「ごめん」の一言を素直に言える自信がなかった。また何かの拍子でケンカになって、大地をこれ以上傷つけてしまうかも…と思うと、その勇気が出なかった。

(あいつ、あんなこと言ったオレのこと嫌いになっちまったかな…)

 素直じゃない自分を少々呪いつつ、そんな日々が何日が続いていった。



「大地くん、ラビくんとケンカでもしたんですか?」

「えっ!?」

 不意にガスに問われて、大地はドキッとした。

「いえ、いつもはケンカしながらも仲良さそうでしたのに、このところお2人が話しているのを見ないものですから。ほら、今だって大地くん、食事当番でもないのに

私の手伝いをしてくれたりして…。なんだかラビくんと一緒にいることを避けているように見えます」

 心配そうな顔で見上げてくるガスに、大地は少し考えて呟いた。

「うん、ケンカ…してる」

「やっぱり…」

 ガスは残念そうにため息をついた。そして大地に問う。

「何が原因なんですか?いつもと違って、すごく深刻そうですけど」

「……」

 大地はまさか、ラビに思春期特有の身体の現象のことで色々教えてもらって、その時のことが原因で…などとガスに言えるわけもなく、困った。

「言いたくなければ無理に言わなくていいですよ。早く仲直りできるといいですね」

 ニコッと笑って気を遣ってくれるガスに、大地も笑顔で答えた。

「うん。ごめんなガス、心配かけて」

 シチューを作るため薪をくべながら、ガスは優しい微笑をたたえたままやんわりと首を振った。



 そんなガスを見て、大地は近頃自分を悩ませているあることを思い切って聞いてみよう、と思いついた。

 フーフーと息を吹きかけて火をあおっているガスの後ろから、声をかける。

「ねぇガス…」

「?」

 するとそこに、大地を探しに来たラビが通りかかった。

 やっぱりあのケンカのことを思うと、気にしているのを知ってて傷つけた自分がどう考えても悪い。今日こそはきちんと大地に謝ろうと心に決めたのだ。

(あっ、大地こんなとこに…。でも、何だか様子が変だぞ)

 大地は心なしか頬を赤らめていて、もじもじと恥ずかしそうだ。

「ガスにちょっと、聞きたいことがあるんだけど」

「はい、何でしょう?」

「あの…えと…」

 大地はみるみるうちに真っ赤になっていく。

 ガスはきょとんとした表情で、そんな大地を見つめていた。

(大地…何だっ?何をガスに聞こうとしてんだ??)

 ラビは声をかけるにもタイミングを逃してしまって、木陰に身を潜めながらついつい長いウサギ耳をピンと立てた。

 その時大地が、意を決したように口を開いた。

「ガっ…ガスのって、どうなってるのっ?」

(!?)

 ラビは盗み聞きながら、大地が何をガスに聞こうとしているのかいまいち分からなかった。

「私の…何がですか?」

 一方ガスも、何を問われているかさっぱり分からず、きょとんとした様子で大地を見上げている。

 大地は困ったように笑いながら、言葉を続けた。

「いやぁ、ガスも男だろ?この年だったらその…男特有の…」

 ラビはピンときた。大地が何を言わんとしているのか。

「ええ、もちろん男ですが…。何のことです?」

 大地はうっ…とつまりながら、言いにくそうに言った。

「何ってその…チ」

「ちょおぉおっと待ったーーーーーー!!!!!」

 その時突然、ラビが大声で大地とガスの会話に乱入してきた。

「ラっ、ラビっ!?」

「…ラビくん?」

 2人が驚いているのも構わずに、ラビはゼェゼェと息を荒げ、大地を引っ張った。

「大地、ちょっと来いっ!!」

 水浴びの時からろくに喋っていないケンカ中のラビが、いきなり自分を連れて行こうとするので大地は抗った。

「ちょっ…何だよいきなりっ!」

 今のガスとの話ををラビに聞かれて、大地はゆでだこのような顔色になっている。

「ガス、ワリィけど大地借りるワ」

「え…あ…はい」

 妙に迫力満点のラビに圧倒されて、ガスは素直に返事をした。

「イタッ!!」

 ラビは乱暴に大地の耳を引っ張って、有無を言わさずガスの元から連れ去っていった。

 1人残されたガスは、呆気にとられて小さく呟いた。

「仲直り…穏便にはいきそうにないですねぇ…」


−芽生え2〜コンプレックス〜2に続く!−