スリーパーズ1
「バァちゃん!来ったよ〜!!」

 V−メイの営むカフェに笑顔全開で入ってきたのは、遥大地という11歳の少年だった。


「おやおや、あんたはいつも騒がしいねェ」

「へへー、ごめんごめん」

「別にいいじゃねーか、客なんて1人もいねェんだし」

 謝る大地の後ろで憎まれ口をきいているのが、ラビという名前の少年。大地と同じ学年の10歳だ。


「まだ開店前なんだよ!…ラビ!そんなこと言ってると、あんたには何も出してやらないよ」

 V−メイはカウンターの中で大きな瞳をぎょろりとさせてラビを睨んだ。ラビは肩をすくませて弁解する。

「冗談だって。いっつも大繁盛の『ヤロレパパ』だからこそ言える冗談じゃねーか。本気にすんなよ〜」

「ラビ、お世辞も度を超すと嫌味だぜ?」

「そうそう、大地の言うとおりだよ。うちはそんなに儲かってないんだから…って、これ、大地まで!」

 V−メイのノリツッコミに大地とラビは噴き出した。

 2人の顔が屈託なくあまりにも楽しそうなので、V−メイもつられて微笑んだ。


 カウンター前の椅子に、少年たちは腰掛けた。


 大地はくりくりした大きな瞳に太めのまゆ毛が特徴の、元気で明るい少年だった。

 黒い髪は短めでツンツンと立っており、少し広めのおでこがあどけなさを強調していた。

 正義感が強く、可愛らしい顔立ちの中に凛々しさを同居させている。いつもニコニコと元気で、ムードメーカー的な存在だ。

 機械関係にあかるく、ヤロレパパの電気系統のトラブルや故障が発生すると、大地はよく修理をかって出て、直していた。

 どんな複雑な壊れ方をしているものでも、この小さな『メカの天才』は、なんなく修理してしまう。V−メイはいつも感謝していた。


 隣に座るラビは耳長族の少年だ。

 ここラビルーナは様々な耳長族がすむことで有名な街だ。かくいうV−メイも耳長族の1人である。

 長いウサギ耳を金髪からピンと伸ばすラビは、涼しげな碧の瞳を持つクールな美形だった。

 左頬に大きなバッテン傷があるが、ラビの容姿にはそんなものは何の影響も及ぼさないほど、整った顔立ちをしていた。

 あまのじゃくで生意気な性格だが、ラビは人一倍優しくて友達思いだった。V−メイは大地といるラビを見て、それをよく知っていた。

 ラビは5歳で両親と死に別れ、それからは親戚の家に引き取られている。その家は医者の一家で、口が悪く喧嘩っ早いラビのことを良く思っていなかった。

 冷たくされて居心地の悪いラビは、ついつい親友の大地の家に入り浸っていた。


 大地とラビは同じ小学校で、いつも一緒だった。時にイタズラをして周りの大人たちを少々困らせることはあったものの、それは常にやんちゃ盛りの少年らしい行動の1つとして

みな微笑ましく見守っていた。


 この『ヤロレパパ』というカフェは、ラビルーナに昔からある老舗の1つだ。オーナーのV−メイという老婆は働き者で、1人でここを切り盛りしていた。

 大地やラビはああ言っているが、面倒見がよく優しい人柄のV−メイがいるおかげで、ラビルーナの人間みんなから愛されている店だった。


 ただ、子供たちの間ではV−メイに関してまことしやかに囁かれている噂があった。

 それは、V−メイが『魔女ではないか』ということ。

 少し暗い店内には、魔法書や魔法陣、ほうきやステッキなど怪しいグッズが所狭しと置かれていた。一度大地が不思議に思って尋ねてみると、V−メイの返事は

『店の演出だよ』ということだった。

 大地たちはそれ以外でV−メイが魔女っぽいと思うところはなかったのだが、ついついこのヤロレパパに用事もないのに立ち寄りたくなることを思うと、この小さな魔女に

魔法をかけられてるのかもなァ、と思うのであった。


「バァちゃん、ハイ」

 大地がリュックからそう言って取り出したのは、ビーフシチューが入っているタッパーだ。

「お母さんから」

「いつもすまないねぇ」

 ビーフシチューは大地の母・美恵が、V−メイへのおすそ分けとして大地に持たせたものだ。日頃から息子ともども世話になっているため、美恵は感謝の気持ちから

よくこういったことをしていた。

「バァさん、このシチュー半端なくうめェんだぜ!オレ、さっき食って感動したんだからっ!」

 朝ごはんがわりに大地の家でシチューを食べたラビが、興奮気味にV−メイに教える。大地は母親の手料理を褒められて嬉しそうだ。

「どうれ、そんなに言うならひとくち頂いてみようかねぇ」

 V−メイは手近なスプーンで、シチューをひとくちすくって食べた。

「うん、美味しい!甘さがちょうどいい加減だ。美恵さんの料理はどれも美味しいけど、またこのシチューは格別だね!」

「だろ!?」

 V−メイとラビは意気投合している。その横で大地は微笑みながら、照れくさそうに腰で丸椅子を左右に揺らせていた。

「うちの店のコックに欲しいぐらいの腕前だよ」

「あー、そんなこと言うとうちのお母さん本気にするよ?」

 おっとりして見えるが、意外とチャレンジ精神が旺盛な母親を思い浮かべながら、大地は苦笑する。

「本気にしてもらって結構さ。うちのメニューを一新して、美恵さんの美味しい料理でお客さんをバンバン呼び込んでもらうんだから」

「えー、マジ?」

 大地がやや真剣味を帯びた表情になるのを見て、V−メイはニヤッと笑った。

「ああ。そうなりゃ大繁盛間違いなしさ。あんたたちの相手も出来ないぐらいのね」

「…バァちゃん!」

「そりゃねぇよバァさんっ」

 2人の落胆ぶりに、今度はV−メイが噴き出した。

 大地とラビは顔を見合わせ、同じように笑った。


「あんたたち、何飲むんだい?」

 V−メイに聞かれ、大地とラビは元気よく答えた。

「クリームソーダ!」

「オレ、コーラにしよー」

 手際良くグラスを2つ取って、V−メイはオーダー通りの品物を作りにかかった。


 ここのオーナーは子どもたちから代金をとることは一度もなかった。

 払おうとしても『ツケとくから』『じゃあ出世払いで』なんて言って、まじめに取り合ってもらえない。もちろん親たちに請求するなんてこともなかった。

 子どもは子どもらしく、お金なんてことを気にせずに気兼ねなくここで楽しんでもらいたい。

 そんなV−メイの想いを大地たちは感じ取っていて、ことあるごとにここへ来ていた。

 2人ともV−メイが大好きだったし、V−メイもまた、可愛い2人の少年が大好きだった。