スリーパーズ2
「大地ィ〜」

 その日も朝イチからラビが遥家にやってきた。夏休みなのでラビものんびり、当たり前のように訪ねてくる。


「ラビくん、おはようっ!」

 大地の弟の大空が、ダイニングテーブルで食事をとりながらニコッと笑う。

 大地やラビより3つ歳下の大空は少し身体が弱いので、ラビたちと同じように遊べない時がある。

 だがラビは、人懐っこくて甘えん坊の大空が可愛かった。大空の無理のない範囲で、遊べる時はよく相手してやっていた。

 大空もそんなラビが大好きだった。


「おはよう、大空。おじさん、大河じいちゃんもおはよう」

「ラビくんおはよう」

「おはようラビ。来たばっかりで悪いんじゃが、わしの素振りのフォームを見てくれんか?」

「ああ、いいぜ」

 大地の祖父の大河が、いそいそと竹刀を取りに行く。父親の大樹はYシャツ姿でネクタイを締めながら、ラビと目を合わせて笑った。


「ああ、あなた、もうこんな時間よ」

 奥から大樹の上着を片手に、おっとりした口調の美恵が出てきた。大樹は慌てて言った。

「うお、出る時間を5分も過ぎてるじゃないかっ。電車に乗り遅れる!」

「あらあら」

 なんて言う美恵だが、そんなに慌てている風でもない。ラビはそれを見てプッと笑った。


 バタバタとせわしなく出勤する大樹と入れ替わりのように、大地が2階の部屋から降りて来た。

 髪は寝グセでところどころピンピンと跳ね、目はボ〜ッとしている。足元もフラフラとおぼつかない。まさしく寝起きそのもの、といった感じである。

「ラビ…おあよ」

「おう、はよ。その分じゃまたお前、遅くまでメカいじりしてたな?」

 大地はダイニングテーブルの椅子に座りながら、コクッと頷いた。まだまだ眠そうである。

「今は何作ってんだよ」

「…ジェットボードの、新しいエンジン…」

「へェ〜、すげえじゃん!」

 ラビが感心していると、大空が自慢げに言った。

「そうだよ、兄ちゃんすごいんだよ!何段階も切り替えができる小型エンジンなんて、大人の人でも作れないんだから」

 兄を心から尊敬している大空は、目をキラキラさせながらラビを見る。ラビは目を合わせて小さく何度も頷いた。


 当の兄はというと、いつのまにかテーブルに突っ伏している。よく聞けばスースーという小さな寝息。よっぽど眠たかったのだろう。

「大地、起きなさい!」

 朝食を運んできた美恵がテーブルにお皿を置くと同時に声をかけると、大地は驚いた様子で飛び起きた。

「ふぁ…はいっ!」

「もう、睡眠不足になるまで夢中になって…夜の10時以降はやっちゃダメって言ったでしょう?」

 美恵のお小言に大地は弁解する。

「そんなこと言ったって、夢中になってるとついつい時間のこと忘れちゃうんだもん」

「今日から10時過ぎても機械いじりやってるようなら、次の日の朝ごはんはニンジン1本、丸ごと食べてもらうからね」

「え――――!そんな〜〜〜〜〜!!」

 世の中で1番嫌いな食べ物を持ちだされて、大地は不満の声を漏らした。美恵もラビも大空も、目を合わせて笑った。


「ラビくんも朝ごはん食べなさい。まだでしょう?」

「うん、ありがとう、おばさん」

 そこへ大河が竹刀を持って戻ってきた。大河は寂しそうな顔で言う。

「…おいラビ、わしのフォームは見てくれんのか」

「あー、飯食いながら見てやるって」

「頼むぞ、ラビ」

 大河は今度、ほくほくと嬉しそうに竹刀を持って中庭に飛び出す。

 出されたハムエッグとトーストを頬張りながら、ラビは大河の素振りをチェックした。


「じいさん、左手の軸がぶれてるぞ。身体の安定もとれてねえ」

「…こうか?」

 ラビに指摘されて、大河は自分なりにフォームを修正する。

「ダメだよ、違う。手首じゃなくて肘も意識するんだ。そんなんじゃ今にすっ転んで骨折して入院して、そのまま寂しくお陀仏…ってことになっちまうぜ」

「…相変わらずラビは手厳しいのォ」

 ふん、ふん、と力強く素振りを続けながら、大河はぼやいた。

「じいちゃん、さっきよりだいぶん良くなったよ」

 大地も朝食を食べ始めてようやく目が覚めたらしく、大河に声をかける。

「あったり前だぁ、このラビ様がコーチしてやってんだから。じいさんがラビルーナ剣道大会のシルバー部門で優勝するまで面倒見てやっからな」

「おお、そりゃありがたい。頼もしいコーチじゃわい」

 得意そうに言うラビに、満面の笑顔で答える大河。

 それを見て、大地も美恵も大空も、みんなが目を細めた。


 大地とラビはそれぞれ、これからもそんな楽しい日々がずっと続くと思っていた。

 まさか今日、2人の人生をがらりと変える大きな出来事が起こるとは、この場にいた誰が予想できたであろうか。