スリーパーズ3
大地とラビは朝ごはんを食べた後、大地の部屋で少しのんびりしてから街へと繰り出した。
大空も行きたいと駄々をこねたが、通院の日だからと美恵に言われ渋々あきらめた。
満員御礼のヤロレパパでV−メイを軽くひやかして、2人はジリジリと暑いラビルーナを歩く。
街沿いを流れるルナリバーに差し掛かると、楽しげな歓声が聞こえてきた。
見れば、暑さしのぎにと10人ほどの子どもたちがルナリバーで水遊びに興じている。自分たちよりみんな年下らしかった。
大地は子どもたちがあまりにも気持ちよさそうなので、川の中に入りたい、と思った。ワクワクして、自然に顔がほころぶ。
そこへラビが一言。
「オレは入んねぇぞっ」
耳長族はえてして水が苦手で、泳げないという特徴を持つ。
ラビも例外ではなく、それを大地に念を押すように言う。ラビはやや不機嫌な様子を見せた。
「…分かってるよ。それにオレ、別に泳ぐなんて言ってないじゃん」
大地は心を読まれたことが恥ずかしく、またラビが泳ぐ気がないことが少し残念で、口をとがらせながら答えた。
「お前の考えてることなんて、すぐ分からァ。顔に書いてあんのー」
ラビは大地のおでこを突っついた。
「へーそうですかー」
大地もラビのおでこを突っつき返す。
2人はなんだか可笑しくなって、目を合わせたままクスッと笑った。
「オレ入ろ―――っと!!」
大地は靴と靴下を脱いで、嬉々として川に入っていった。
陽光の中、バシャバシャと脚で水を蹴って楽しそうにはしゃいでいる。先客の子どもたちと、すぐ仲良くなって遊び始めた。
そんな大地を見て、ラビは眩しそうに目を細めた。
「…ったく、ガキなんだから」
天真爛漫な大地にラビは苦笑した。
ラビにとって、大地は無邪気さの象徴のような存在だった。明るくて素直で真っ直ぐで、みんなから愛されている。
ラビはそんな大地から放たれる、人を惹きつける強烈なオーラに魅了されていた。大地にもっと近づきたかった。
あんな素敵な家族に囲まれ育った大地。
恵まれない幼少期を過ごしたラビにしてみれば、自分にないものをすべて手に入れているように見える。
羨む気持ちがないと言えば嘘になる。だが、何より大地はとてもいいヤツだから、ラビは大好きだった。
「ぷわっ!!」
いきなり水しぶきが顔にかかって、ラビは間抜けな声を上げた。
「ラビ、ボーッとしてたから…怒った?」
3人の少年を従えた大地が中腰でこちらを見ている。その少年らはラビがどんな反応をするか、おっかなびっくりという様子だ。
それに対し真ん中の大地は目を輝かせている。
間違いない。水をかけた犯人は、このデコ助坊やだ。
顎に滴る水を手で払って、ラビは立ち上がった。
「怒んねーわけねーだろーが!」
ラビは特有の甲高い声で抗議する。川の中の少年は、まずい、という顔で身体をびくりと震わせた。
「へへ、ごめんごめん。許して?」
テヘッと笑う大地を見て、ラビは靴を脱ぎ始める。
「くそー、反撃だ!」
「わー!」
水が苦手もなんのその、ラビはすごい勢いで大地へ突撃していく。
そんなラビの顔は言葉に反して笑顔で、迎える大地もラビがノッてくれたことが嬉しくて笑っていた。
子どもたちも最初はラビの剣幕にビビっていたものの、2人がふざけているだけだとすぐに気づいて、その様子に歓声を上げはしゃいでいた。
大地とラビはキャッキャと水を掛け合いながらじゃれた。頭のてっぺんからつま先まで、もうすっかりびしょ濡れだ。
金髪が額に貼りついて、ラビはそれをうっとうしそうに手で払った。そして犬のように全身を震わせて、身体についた水分を周りに散布する。
はぁ、と大きくため息をついて、自分と同じようにぷるぷると震えて水滴を払う大地を見る。
大地もラビを見た。そのままラビにニコッと笑いかけられる。
大地はなんだかラビが知らない人に見えて、少しドキリとした。水に濡れたラビをあまり見ないせいかもしれない。金髪に太陽の光が映えて、大地は綺麗だな…と思った。
大地は、自分と同じ年を生きていて、さまざまなことを経験しているラビを大人に感じていた。
その経験は、ラビの望まない辛いものばかりだったと思う。だがラビはどうにか立ち向かい、毎日を力強く前進している。
そんな姿を間近で見て、大地はラビをすごいヤツだなぁ、と尊敬してもいた。そして優しくて愉快なヤツだからこそ、うちの家族のみんなに好かれてるんだ、と思った。
オレの親友だ、と胸を張ってみんなに紹介したくなる、そんなラビ。
そう思うと大地は嬉しくなって、肩をすくませて笑った。
ラビはそんな大地の笑顔を見て一瞬顔を赤らめたが、その背後に視線を移し変えて動きを止めた。
「…?」
大地が振り返ると、いつも通りの川沿いの街の景色が広がっている。たくさんの人が行き交う、いつもと変わりないラビルーナの日常があるだけだ。
「…どしたのラビ。誰かいるの?」
「あいつがいる。ほら、ホットドッグ屋の」
ラビが指差す方向を見ると、確かにホットドッグ屋の主人が屋台を広げ、いつもと同じように商売に精を出していた。
「あいつがどうかしたの?」
ラビの目が怒りを帯びていることに気づき、大地は不思議そうに尋ねる。
「あのオヤジ、こないだオレが買おうと思って近づいたら、いきなりショーケース閉めやがってさぁ。なんて言ったと思う?『金持ってない奴はお断り!』だと。そのあとずっとじろじろ、
こっちの動きをイヤな目で追っててさ。オレが盗むんじゃないかって勝手に思ってやがんだよ。ったく、ムカつくぜ」
ラビは腹立たしげに爪を噛む。一緒に遊んでいた子どもがそれを聞いて、向こうから叫んだ。
「僕もあのホットドッグ屋嫌いだよっ!」
「オレもー!」
「なんか、いつも怒ってんだよね」
大地はそんなラビたちと屋台の主人を交互に見る。そうしていると、そのお腹から、ぐ〜っ…と大きな音がした。
「お腹すいたね。ウチ帰ろうか」
お腹が鳴ったことが恥ずかしくてほんのり頬を染めつつ、大地はラビを昼食に誘う。
ラビは少し考えてから口を開いた。
「…昼飯はおふくろさんの手料理じゃなくて…あのホットドッグ食おうぜ」
「えっ」
そんな失礼な態度をとったホットドッグ屋で買うの?と大地が言おうとした時、ラビはニヤリと笑った。
「買うんじゃないぜ。盗むんだよ、屋台ごと」
「や…屋台ごとっ!?」
今度こそ仰天して目を丸くした大地。今までラビと一緒になって色々と悪戯をしてきたが、そんな大それたことはしたことがない。それどころか、思いついたこともないぐらいだ。
「そんな…ヤバイよっ」
大地は焦ってラビを止めたが、反対にラビは余裕の表情だ。
「大げさに考えることねェさ。あのオヤジが他ごとに気を取られた隙に、屋台を1ブロック移動させる。んで、ほんの少しホットドッグを頂戴する。それだけだよ」
「……」
こともなげに言うラビの計画を聞いて、大地は少し心動かされた。大地もあのオヤジの態度には日頃から不満があったのだ。
美恵と買いに行くと愛想がいいのに、ラビや大空など子ども同士で行くとニコリとも笑わない。それどころか睨みつけられる始末だ。
きっと子どもたち=万引き、という図式があのオヤジの中にできあがっているのだ。そう思うほど被害に遭っているのは気の毒だが、子どもの誰もかれもがそうだと決めつけるのは
納得できない。
人を見てコロコロ態度を変えるヤツにろくなヤツはいない。大樹がよく言う言葉が頭の中に浮かぶ。
そんなヤツには少しばかり、自分を含めラビや子どもたちの復讐をしてみても、バチは当たらないように思えた。
「ん、やろう」
ラビの目を見て、決意したように勇ましく大地は言った。ラビはウインクして答えた。
「そーこなくっちゃ!」
