シャマン、遙家に滞在 2
ここで、黙って話を聞いていた美恵が口を開いた。
「シャマンさん、大変だったのねぇ。どうかしら、しばらくウチでゆっくりしていかれたら?月から地球へやってきて、きっと不慣れなことも多いでしょうから、ね?」
美恵は優しく慈悲深い微笑みをシャマンに向ける。困っている人を見ると放っておけないタイプなのだ。
「良いのですか、お母様!!」
シャマンは嬉しさ満面で立ち上がった。
「ええ。せっかく大地を頼って来られたのですから…ね、大地もいいでしょ?」
「うん、いいけど…」
大地もこんなシャマンを無情にほったらかしにできないと思っていた。
が、友達という仲でもないし、この先どうなることやら…と正直不安も感じていた。
そんな大地をよそにシャマンは遙一家に挨拶をしている。
「申し遅れました。私シャマンと申します。お父様、おじい様、先程のご無礼をお許しください」
ペコリと頭を下げるシャマン。
「いや…最初は驚いたが…」
「こっちこそ突然竹刀で殴ってしまって、すまんかったのう」
「あれは効きましたよ、ハハハ!!」
大地は声を上げて笑うシャマンなど一度も見たことがなく、とても驚いた。
美恵はその様子を見てクスクス笑い、大空は謎の訪問者が珍しくて、無邪気にはしゃいでいる。
「そろそろお昼ご飯の時間ね」
時計を見ながら美恵が呟いた。
「もうそんな時間か」
寝坊した上に朝からの珍客騒動で朝ごはんも食べていない大樹が、新聞を手にしながらひとりごちた。
「今から作りますからちょっと待っててくださいね、シャマンさん」
「ありがとうございます」
シャマンはキリッとした表情で礼を言った。
昼ご飯ができるまでの間、大地はシャマンを連れて自分の部屋で待つことにした。
大空も一緒に話したいと言っていたのだが、久しぶりに逢ったのだからと美恵に止められ、大地とシャマン2人きりになった。
大地は何を話してよいか迷ったが、先程のシャマンの話で引っかかっていたことを聞いた。
「…シャマン、月での闘いの後、すぐに地球へやってきたって言ったよね。邪動帝国へは帰らなかったの?」
シャマンは座布団に座ったまま、ベッドに腰掛けている大地を見つめた。
「…あのまま邪動帝国に帰った我々を待っているのは、再度闘いの日々か、もしくは…死だ」
大地はぐっと息を飲んだ。
そうだ、邪動帝国は闇の力が支配している。光の力に負けたシャマンとエヌマを穏やかに迎え入れる訳がない。
それに、まだ邪動族達が闇の闘いを考えているということが大地に少なからず衝撃を与えた。
「私とエヌマは、もう戦うことをやめたかった。闇が光を負かすことはもうないだろうと、君達と戦ったことではっきりと分かったからだ。
だから故郷を捨てて、地球という新しい星で生きていこうと決めたのだ」
大地はあの時、ラビルーナに平和が訪れて本当に良かったと思っていた。それは今も変わらないのだが、シャマン達のように居場所を失った者の存在を知り、ショックだった。
でもここで自分が謝るのも何かシャマンに悪いことのような気がして言葉が出ない。
そんな大地を見て、シャマンが微笑む。
「そんな顔をするな、遙大地。私やエヌマはこれで良かったと思っている」
そして大地の膝をポンと叩いた。
大地はシャマンが気遣ってくれているのが分かって呟いた。
「なんか…シャマン変わったね」
「ラビルーナの私は、闘いの中で生きていた。もうその必要はない。これが本来の私なのだ」
そう言ってシャマンは端正な口元をキュッと上げる。
大地はシャマンの言葉にホッとしてニッコリ笑った。
シャマンは大地の笑顔を見て顔が赤くなっている。
大地が不思議に思っていると下から美恵の声が響いた。
「ご飯できましたよー!シャマンさん、大地ー、下りてきてーー!」
「はーい!」
2人はそろって1階へと向かった。
「うまい!!お母様は料理がお上手ですねー!」
シャマンは出されたオムレツを食べながら心底感激している。
「ふふ、シャマンさんみたいなハンサムな人に褒めてもらえて私嬉しいわ♪ささ、もっと食べて」
美恵も料理を褒められてウキウキしている。大樹はちょっとおもしろくなさそうだ。
大地はそれを見てやれやれ、と言う顔をしている。
「でもシャマンさんの彼女…エヌマさんだったかしら、その方の手料理もおいしいんでしょう?」
シャマンのおかわりのご飯をつぎながら美恵がそう言った途端、シャマンの表情が曇った。
「いえ、彼女という存在でもないんですが…あいつの料理は食えたモンじゃない。訳の分からないものを次々と入れるんです」
大地はエヌマが料理をしているところを想像した。
シャマンの言うとおり、料理上手なイメージではないかも知れない。
「訳の分からないものって?」
興味津々な様子で大空が聞く。シャマンは一層顔色を悪くして答えた。
「…ヤモリとか…靴の底とか…」
シャマンの返事に、遙家は全員硬直してしまった。
「ヤモリ…」
「靴の底…」
大樹と大河は呆然とシャマンを見つめる。
シャマンはボソリと呟いた。
「本当に…お母様の爪のアカを煎じて飲ませたいぐらいですよ」
美恵は努めて明るく振舞った。
「なかなかユニークな人ね、エヌマさんって。ほらシャマンさん、スープもおかわりあるからね」
シャマンは嬉しさで涙ぐんでいた。
