殿の誕生日 32
 その日。

 鑑導が昼下がりにうとうとと奥の部屋で居眠りをしていると、突然寺中に轟音が響き渡った。

「なっ…なんだぁっ!?」

 飛び起きて辺りを見ると、大音響と共に寺全体がミシミシと揺れている。

 地震か!!と慌てて外に飛び出すと、そこには百人近くはいるであろう、大勢の大工たちの姿が見えた。


 ハッと気づいてその者らを見ていると、なんと鑑永寺を遠慮なく取り壊し始めているではないか。


「!!お、お前ら―――っ!!オレの寺に勝手に何しやがる、やめねぇか―――――っっ!!」

 何者か分からないそいつらを鬼の形相で止めにかかっていると、鋭い声が響いた。

「やめろ!!」

 目の前の大工ののこぎりを力ずくで奪った鑑導が振り返ると、そこにいたのは五代だった。


「…なんでお前が」

 わけが分からず五代をよく見てみると、その後ろには豪華な装飾が施された乗りものがあった。

 そして取りつけてある引き戸を他の侍たちがおもむろに引くと、中から現れたのは…。


「鑑さん!」

 愛しの大地之助が困った顔で駆け寄ってきた。

「ごめんね、僕がここへ通っていい条件の一つがこれで…鑑さんに一度説明してからじゃないとダメだって僕は止めたんだけど、殿がどうしても

今じゃないとって…」

「へ?」

 大地之助に謝られても、まったくもって状況が理解できない鑑導。


 混乱する頭でただただ大地之助を見つめることしかできないでいたが、ふとその後ろに一人の男の脚元が見えた。

 その脚は手づくりのわらじを履いている。


「大地之助が世話になったな」

 鑑導がゆっくり視線を上へ移すと、丸顔で白髪交じりの上品な人物だった。

 一目で上等だと分かる生地のきらびやかな着物を身にまとい、たおやかで柔和な顔立ちの中、微笑を浮かべている。

 だが、よく見ると目は鋭く、どこか自分に敵対心を持っているような気がした。

 周りの侍たちはおごそかに身を引き締めて、その男の一挙手一投足を見守っている。

 もしかしないでも、この人は。


「もう、殿ったらホンット失礼だよ」

 大地之助は鑑導を背にして、頬をぷくっと膨らませて男を睨んだ。


「と…殿サン…」

 鑑導が呆然とつぶやく。なんで徳代家のお殿様が、わざわざこの寺までおいでになられたんだ。

 大地之助が世話になったと言っていたが、それを言いに来ただけにしては殿サンの様子がなんだか変だ。


 そうしていると、背後からガターン!!と木材が倒れる派手な音がした。

 鑑導は殿の出現で一瞬忘れていたが、寺が大工たちに壊されていたことを思い出し、振り返って叫んだ。


「こ、こらぁ!!やめろって言ってんだろ、何なんだよお前らは!!」

 殿のことは後回しにして再び大工たちを止めにかかろうとした時、殿が口を開いた。

「おー、お前ら気をつけて作業しろよー。怪我のないようになー」

 なぬ!?と鑑導は殿を振り返る。

 殿は笑顔で大工たちに手を振っており、逆に大工たちは背筋を伸ばして頭を下げていた。


 頭が整理できないが、必死に考えてはじき出した答えを、怖る怖る聞いてみる。

「…これは、殿サンの指示なのかい…?」

「ああ、そうだ。大地之助が習字を習いに通うこの寺が、随分傷んでいると聞いてね。それじゃ危なくて大地之助に怪我でもされたら大変だと、補修ついでに

綺麗に改装してやろうと思ったんだよ」

 殿はニッと不敵に微笑んだ。家臣長の中条が、厳しい顔で言い渡す。

「殿の御厚意だぞ。鑑導、ありがたく感謝しろ」



 誰も頼んじゃいないのに、長年慣れ親しんだ住まいをいきなり取り壊されている。

 しかも殿のこの態度は、大地之助と仲良くなった自分に対する嫉妬心むき出しだ。補修や改修にかこつけて、嫌がらせをしているとしか思えない。

 それを考えると、偉い人とかどうとかは置いておいて、鑑導は猛烈にムカッ腹が立ってきた。


 大地之助はそんな鑑導の気持ちをおもんぱかって殿を責めた。

「ほら、鑑さんびっくりしてるじゃないか。だから前もって説明してって言ったのに」

 大地之助が鑑導に味方するようなことを言うので、殿は面白くなかった。大地之助の手を取って、自分の方へ引っ張る。


(…子どもっぽ…)

 大地之助も家臣たちも、おまけに鑑導まで、殿以外のその場にいた全員が同じように内心呆れていた。


 その時大地之助の視界に、鑑永寺の表札を外す大工たちの姿が飛び込んできた。

「あーっ、それは壊さないでっ!!」

 大工らはハッとしてこちらを見た。

「なんでだ、あんなにボロボロなんだから、この際新しいものに変えれば…」

 殿が横からぶつぶつ言うが、大地之助は反論した。

「ダメだよ!あれは鑑さんが書いた大切な表札なんだ。長い間お寺の顔だったんだ、むやみに捨てたりなんかできないよ」

 そして『ちょっと待って―――っ』と叫びながら、大工たちの元へと走って行った。


 残されて二人になった殿と鑑導。

 鑑導は大地之助が表札を大事に想っていくれていることに感動していた。

 それと同時に、端から見ればボロ寺でも自分は愛着があった寺を、徳代家の殿サンに何の断りもなくめちゃくちゃにされて、腹の虫が治まらない。


 殿は殿で、大地之助がまたもや鑑導に肩入れするので、ますます不機嫌になる。

 恋敵同士、妙な空気が二人を包んでいた。


「――殿サン、寺ぁ綺麗にしてくれなんて一言も言ってねぇのに、わざわざありがとよ」

「鑑導!!とっ、徳代家の殿になんて口のきき方だっ!!」

 思いっきりイヤミをかます鑑導に、五代が真っ赤な顔でいきり立った。殿は余裕の表情で首を振る。

「いや、いいんだよ五代。彼は大事な大事な私の大地之助のご友人なんだ。肩ひじ張らずにしゃべればよい」

 『大事な大事な私の大地之助のご友人』をことさら強調して微笑んでいる。

 だがその目は笑っておらず、おまけに『自分は大地之助と惚れあっているが、お前は違う。ただの友達ではないか』と物語っていて、鑑導はムカついて仕方が

なかった。


「徳代家の殿サンはお優しいと有名だが――…どうかねぇ、実際会ってみて…そんなこともないような、むしろ真逆な気がしてきたな。あてにならんな〜、噂ってのも」

 怒りをこらえて、う〜〜んとわざとらしく考え込むような仕草をしてみる。

 家臣たちは鑑導の物言いにヒヤヒヤしていたが、殿は肩を揺らせて笑った。

「そうか?お前は噂にたがわず『ガラの悪い変わり者の住職』そのものだな。実際会うとそれを実感して、大地之助をここへ通わせるのがイヤになってきたよ」


 カッチーン!ときた鑑導は、平静を装いつつ切り返す。

「あいにく、大地之助が来たい来たいと言ってきかないんだ。残念だったな」

 殿はこめかみに青筋を立てて言い返した。

「大地之助は、お前のようなヤツのどこがいいのかね」

「それはこっちのセリフだ」

「フフフ…」

「ハハハ…」

 二人はくぐもった笑い声を上げているが、まさに一触即発。周りの者は仲裁に入るに入れず、凍りついていた。


「何話してんの?」

 そんなことになっているとはつゆ知らず、大地之助がのんきそうに帰ってきた。その腕には表札を大事そうに抱えている。

 鑑導は殿とのイヤミの応酬を一旦忘れて、大地之助からそれを受け取ろうと手を伸ばした。

「大地之助、ありがとな。重いだろ、どれ」

「うん」

 礼を言われて照れながら表札を差し出す大地之助は嬉しそうで、殿は心中穏やかではなかった。


「大地之助、怪我はないか?」

 横からズイッとやってきて、殿は大地之助の両手を手に取った。その勢いに少々圧倒されつつも、大地之助は笑いながら答えた。

「してないよ〜。表札持っただけだもん」

「だがトゲなどがお前の可憐な手に少しでも刺さろうものなら、私は辛いぞ」

「大丈夫だって」

 大地之助の手をスリスリと愛しげに自身の手で愛撫する殿。

 鑑導は先ほどの当てつけとすぐに気づいて、殿の子どもっぽさにムカつき、小刻みに拳を震わせていた。


「でもさぁ、向こうから走ってくる時、二人が仲良さそうに笑い合ってるのが見えて嬉しかった〜」

 大地之助の思いもかけない唐突な発言に、殿や鑑導だけと言わず、家臣たち一同全員、ずっこけそうになった。

 みんなの様子がおかしいので、大地之助はきょとんとしている。


「なっ…仲良く見えたか?」

 鑑導は大ボケをかますお小姓に尋ねてみた。

「うん、そう見えたけど…」

 殿は大地之助の言葉を受けて、鑑導に視線を寄こす。鑑導も同様に殿を見る。


 先ほどの言い合いと、今の大地之助の言葉。

 そのあまりの相違に、二人は無性に可笑しくなってきて笑いだした。

「ふっ…」

「くくっ」

 まったく真逆の殿と鑑導。

 だが、大地之助を心から愛する者同士という共通意識と、なかなかに骨のある恋敵が現れた喜びとで、大笑いした。

「わはは!」

「ガハハッ!!」

 大地之助は急に二人が笑い始めて驚いたが、楽しそうだったのでつられて笑みを浮かべた。


 お殿様とお小姓と寺の住職。

 この奇妙な三角関係が今後長きにわたって続いていくとは、ここにいる誰一人として予想することができなかったのであった…。


 −終わり−



後書きという名の言い訳

  長い長いお話を最後までお読みいただいて、どうもありがとうございます。

  思えばこの殿×大地之助シリーズを初めて考えたのは、グラン本放送の終了間近で、その時たまたま見ていた時代劇がエロくてこんな妄想に

 行きついたんですがw、改めてこうやって考えるともうほんとに中2病的な設定とお話でwww ワロスwww

  大地好き好き〜vというたぎる思いを、殿をはじめ様々な男性キャラクターに託している最たるものだと思って、開き直ってます。

  今回は鑑導というお坊さんが登場。

  この人、最初は意識してなかったのですが、なんとなくルックスをはじめイメージがナブーっぽいかも。

  実は書いてて、殿より鑑導と大地之助をくっつけたくなる自分がいました。殿ごめんwww

  鑑導のぶっきらぼうながらも心優しいキャラクターは書いてて楽しかったので、また次の話(まだ考えとんのかオノレ)にも

 出てきてもらおうと思ってます^^