通りを抜けると広場に出た。
そこにはいくつかの商店が軒を連ねてはいるが、噴水やベンチ、植え込みなどが設置されており、ちょっとした公園のようになっている。
町内の憩いの場として作られているようだった。
大地は思わず立ち止まった。
その広場には相変わらず男同士や数人の少年を引き連れて闊歩する大人がいたが、先ほどとは違う点があった。
広場の隅の建物脇に、たくさんの少年たちがちりぢりばらばらに点在していたのだ。
立っている者、壁にもたれている者、中には地べたに座り込んで食事をしたり、タバコを吸っている者もいる。
おのおの自由にその場所で過ごしていた。
少年たちの年齢は、大地より少し年下から十七、八歳ぐらいまでのように見えた。
大地が住んでいた地域でも、若者がこうやって街中でぶらぶらとたむろしている姿を何度か見かけたことがあった。
けれども、その時見たものとはまったく違う印象を受けた。
ここの少年たちはそれぞれ、通りを行き交う年長の男をとても意識している。
話し掛けられるのを待っているのか、みんな小さく笑顔を浮かべていて、どこかへつらうような印象を受けた。
反対に少年たち以外の年長の男たちは、少年らを遠巻きに見ている者や、懸命に声を掛けている者がいた。
年の頃は若かったり中年だったり、こちらもさまざまだった。
何を話しているのかわからないが、成人している男に話し掛けられた少年たちは二言三言言葉を交わすと、そのままうなずき合って一緒に
広場から出ていく者が多かった。
中には少年が首を振って男ががっくりと肩を落として立ち去ったり、また逆に少年が必死な様子で男にすがっているようなパターンも
見受けられた。
そんな様子を見ながら、それにしても男ばっかりだなァ、と大地は改めて思う。
壁にしても出入り口にしてもここにいる者にしても、なんだか妙な街という印象は拭えないままだ。
それらに圧倒されかけたものの、中村屋に行くために通りを抜けようと歩き出したその時、大地目がけて一直線に駆けてくる男がいた。
それは四十代半ばくらいの、メガネをかけた太った中年男だった。
無表情でまっしぐらに走り寄ってくるので大地は怖かった。
最初は自分ではない別の人に用があるんだろうと思い周りを見渡したが、この近辺には自分しかいなかった。
男の迫力に自然におずおずと後ずさってしまう。
目の前に来た中年男は、走ってきたせいか息をハァハァと荒げながら、血走った目で大地を凝視した。
まったく見知らぬ人だしなんの用だろうと思っていると、中年男はさっきの表情とは打って変わって、口元をゆるめ笑い掛けてきた。
「新顔だね。君、いくら?」
「え…?」
訳がわからない大地に、中年男は袖の下にしまっていた財布を抜きながらさらに続ける。
「いくらなの?」
『いくら』とはどういう意味なのだろう。
財布を持ち出したということはお金のことを言っているのだろうが、繰り返されてもなんのことかまったくわからない。
大地は困惑してどう答えたらいいのか迷っていると、中年男が眉をひそめた。
「んーどうしたァ?ひょっとして聞こえてねェのかな?」
そう言いながら、大地の肩に手を伸ばしてきた。
そして自分の腕の中にがっしりと大地を抱き寄せた。
出会ったばかりの人にそんなことをされて大地は仰天した。
すると男は今度、肩に置いた手をその細い腰に伸ばしてきた。
そしてすぐに大地の顔を覗き込んで、ニヤニヤと笑ったまま言った。
「値段の話は後でいいか。さァ、行こ行こ」
腰に伸ばした手にぐっと力を込め、強引にどこかに連れていこうとしている。
大地があまりのことに動けないでいるのをいいことに、さらに左手首を掴み、腰の手は右尻のふくらみをはっきりと揉み始めている。
大地は怖くて、そして気持ち悪くて、慌てて男の腕から逃れ叫んだ。
「は…放せっ!」
すると中年男はいくぶん驚いた様子を見せ、意外そうな顔をした。
「なんでェ、聞こえてんじゃねェか」
中年男は大地の耳が聞こえないと思っていたようだ。
大地は警戒しながら男を睨んだ。
初めて反抗的な態度を見せた大地に、中年男は呆れたように言った。
「おいおい、人が買ってやろうってのにその態度はなんだよ。ここで立ちんぼしてるガキのくせに」
(『買ってやる?』それって、オレのこと?それで『いくら?』って聞いてきたっての?)
人を買うってどういうことだろう。
なんのためにそんなことを言っているのだろう。
からかわれているのかとも思ったが、それにしては身体に触れてくるなどずいぶんと悪質だ。
言葉の意味は理解できないし、何をするつもりかはさっぱりわからないが、こいつは嫌いだ。気味が悪い。
こんなヤツは相手にしないのが一番だと、大地は踵を返して中年男の元から離れようと歩き出した。
だが、彼はそれを許しはしなかった。
背後から大地の腕を掴みなおし、ぐい、と引き寄せた。
「わっ…」
大地は後ろに倒れそうになり、小さく声を上げる。
中年男はすかさず後ろから抱きしめた。
そのまま覆いかぶさるようにして、耳元で囁く。
「お前…揉ませてもらった時思ったんだがよォ、小ぶりで張りのあるいいケツしてんじゃねェか。ここらじゃ初めて見る顔だし、
まだまだガキだ…今までそんなに客とってないんだろ?」
大地の耳に熱い息を吹きかける。
たちまち悪寒が走り、肩をすくめた。
「っ!」
「だったらケツの穴の締まり具合もまだまだいいだろうし、そんなおぼこい反応も新鮮だ。ますますオレ好みだぜェ」
すんすんと鼻をヒクつかせて、大地の髪の匂いを嗅ぐ。
大地は総毛立った。
「ほれ、とりあえずあそこに入ろう」
中年男は脂肪ののった頬を緩ませて、目の前にある逢引旅館へ大地を強引に連れ込もうとする。
両手首を掴まれて、凄い力で引きずられた。
「い…いゃ…」
ここに入って何をしようとしているのか見当がつかないものの、拒絶を無視して強引に身体に触れてくるこの男には嫌悪感と恐怖心しか
抱けない。
大地に注がれる中年男の視線はただただ気持ちの悪いものだった。
得体の知れない粘着質な視線。
全身に纏わりつくようで、息苦しかった。
何度も懸命に中年男の手を振りほどこうとしたが、その力はかなり強く自由になれない。
「金はちゃんと払うから。満足させてくれたら常客になってやるぞ。好きにさせてくれたらなんでも欲しいもん買ってやるから、な?」
中年男は説得しながら、ずりずりと大地を引きずって逢引旅館の前まで連れてきた。
「いや、嫌だ!放せよ!!」
嫌がって暴れる大地だったが、その意思など中年男にとってはあってないがごとくだった。
大地の必死の抵抗も意に介さず、中年男は旅館の入り口にいる受付の若い男に金を渡した。
「休憩で。時間は…ん〜…四時間で頼む」
「毎度ありー。四時間なんて旦那、頑張りますなァ」
受付の男はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、上目遣いで中年男に部屋の鍵を渡す。
「ああ、久々に好みストライクど真ん中の子を見つけられたからな。壊さん程度にはりきらせてもらうよ」
「それはそれは…どうぞお時間いっぱい、愉しまれて下さいませ」
大地は焦った。
大地が無理矢理連れ込まれている状況ということは、この番頭もわかっているはずだ。
なのに、そんなこと見えてやしないかのように満面の笑顔で迎え入れている。
その上、道に行き交う少年や男たちは中年男と大地を見てクスクス笑っておもしろがっている者や、チラ、とは見るものの何ごとも
なかったように平常に戻るといった無関心な者しかいなかった。
「…っ…!」
中村屋へ行かなければならないのに、こんな妙な男に掴まってしまい、旅館へ連れ込まれようとしているなんて。
大地は自分の身の上に降りかかった災難に、すっかり気が動転してしまった。
