辿り着いた場所で大地は息を荒げながら、あんぐりと口を開けて再び圧倒されていた。
そこには中年の女が教えてくれた通り、ネオ芳町の入り口があった。
その入り口のおかげで、ただただ長く連なっている壁がやっと途切れている。
だがそのかわりに現れたのは、壁よりももっと重厚で堅牢な門であった。
おまけにそこには十人ほどの門番が、槍や銃を持ちいかめしく立っている。
さらに、高くそびえる壁に沿うように何段にもわかれた櫓が門の両脇に設置されており、上部からおのおの三人の門番が同様の武装をして
通りを見下ろしていた。
門の幅は約五メートルほどで広くはなかった。
だがそれゆえ門番がひしめき合っていて、異様な光景だった。
たかがひとつの街に入るだけのことに、なぜここまで厳重な態勢を敷いているのか。
大地はこのものものしさの理由が分からず、寒気がした。
今から行く街が得体の知れない怖ろしいところのような気がする。
だが、先に進まねばならない。もう後戻りはできないのだ。
見れば、他に男がひとり、門番に対して中に入るための交渉を行っている様子が見えた。
大地は勇気を振り絞って、近くの門番に声を掛けた。
「僕、この先のネオ芳町に行きたいのですが…」
「…君の名前と行き先を教えなさい」
門番はとっつきにくい無愛想な表情を変えず尋ねてきた。
「『太陽』という孤児院から来た、大地といいます。行き先は中村屋です」
大地の言葉を受けて、その門番は胸元に入れていた帳面を広げ、何かを確認しているようだった。
そして袖から小さなマイクを覗かせ、それを口元に近づけて言った。
「中村屋へ向かう大地という少年一名」
どうやら誰かに大地がこの街へ入ろうとしていることを知らせているようだ。
よく見れば、その門番はイヤホンを装着していた。
他の門番も皆同じ装備だった。
大地が尋ねている門番はイヤホンに注意を向けたまま、小さくうなずいている。
通信先の相手から、イヤホンを通して何か指示が出たらしい。
「十時二分、ネオ芳町へ通す」
そう言って、大地へ告げた。
「では、入ってよし」
すると門がギギギ…と音を立てながらゆっくりと開いた。
(ただ街に行くだけなのに、ものものしいな…)
そう思いながら、大地は門を通った。
先ほど見掛けた、この先に入ることを門番に交渉していた男とともに進んでいく。
その時ふと、あの高い壁の厚さが五メートルほどもある分厚いものだと初めて知った。
通り抜けた先にも表と同じように、たくさんの門番を置いての警備態勢が敷かれていた。
その規模は入り口以上のものではないのか。
大地は面食らった。
この街に出入りできる場所をここ一ヶ所にし、このように厳重にする必要はどこにあるんだろう。
疑問は尽きなかった。
(ネオ芳町って変なとこ)
大地は少々うんざりしながら、その異様な街に入っていく。
大地と男、ふたりが通り抜けた途端、背後で門が閉じられた。
その低く重々しい音に、何故だかとてつもなくイヤな気持ちになった。
今までの暮らしが一気に遠く離れてしまった気がした。
分厚くて高い壁とはいえ、たったそれがあるだけのことでまったく違う世界に来てしまったような感覚に陥る。
危うく身体が固まりかけ、一歩踏み出すのも勇気がいるありさまだった。
しかし、ここで新生活を始めると決めた大地は、気を引き締めた。
(オレは、施設の子どもたちに少しでもいい暮らしをさせてやるためにここに来たんだ)
そう思うと、不安が広がる心に力がみなぎり始めるのがわかった。
ライタたちの顔を思い浮かべるとやる気が出て強くなれる気がする。
大地はこれからのここでの日々を前向きにがんばっていこうと、発奮して歩き出した。
取り囲む高い壁や門は平常と言い難いネオ芳町も、一歩入れば人がざわざわと雑多に行き交っている普通の街に見えた。
繁華街特有のにぎやかな雰囲気は馴染みがあるものと変わりなく、大地は安堵した。
ネオ芳町の条例で決められているのだろうか、あまり高い建物はなく、せいぜい三階建てまでだった。
目線を上げずとも、さわやかな青空が視界上方に広がっている。
(なァんだ、普通じゃん)
そう思いながら、橋本から渡された地図を頼りに通りをいくつか進んでいると、ふと違和感を覚えた。
「…あれ?」
大地は気づいた。
道行く人たちが全員男ばかりなのだ。
今まですれ違った人も、正面から歩いてくる人も、少年やらおじいさんやら年代はさまざまだったが、視界に入る人はみんな男性だった。
(女の人がひとりもいないの?まさかァ!)
大地はぐるりと周りを見渡してみる。
やはり通行人だけではなく、通りに面して構えられている商店の中にも、ひとりとして女性の姿は認められなかった。
「……」
行き交う人をよく見てみると、しなを作って男性に寄り添って歩く少年や、複数の少年を自慢げに引き連れている男性もいる。
大地のようにひとりで歩く者より、そういったふたり組や集団がほとんどだった。
仕草がやたらと女性的で薄化粧を施している少年も少なくない。
テレビで見る『おかま』みたいだな、と大地は思った。
少年らは平均して大地より少し年上の、十五歳ぐらいが多いように見える。
自分より幼い者はここにはいなさそうだった。
