振りほどこうともがいていると、鋭い声が響いた。
「小泉様、およしください」
良く通るその声の主はシャマンだった。
シャマンの登場でハッと我に返った小泉の腕から、大地はなんとか逃れることができた。
彼は小泉が来た方の回廊入り口からこちらへ向かって来る。
「見習い寮にはお客様は入れない決まりです」
シャマンは小泉の前にずい、と歩み出る。冷静に見えたがその表情は厳しかった。
(シャマンさんッ!)
大地は小泉の乱行を止めに来たシャマンの助けにすがるように、彼の背後にすばやく隠れた。
その様子に小泉は大地をシャマンに奪われたような気になって当然気を悪くした。
「まァたお前か。決まりも何も、私はオーナーの中村殿の招きでここへ参ったのだぞ」
「中村の?」
シャマンの目尻がピクリと動いた。それを見てさらに小泉は鼻息を荒げる。
「ああそうだ。中村殿の許可を得て大地に逢いに来たのだ。何も知らぬくせに上客の私に偉そうな口を利くなこの青二才が」
シャマンはそう言われても言い返しはしなかった。
そんな罵りの言葉よりも、中村が小泉を見習い寮へ招き入れたことの方が引っ掛かっていた。
それは大地も同じで、なぜ中村がまだ魔羅の挿入が不完全な大地の元へ小泉が来ることを許したのか疑問だった。
そうしていると、小泉がシャマンを忌々しげに睨みつけながら言った。
「しかし貴様…シャマンとか言ったな。この間から貴様には腹が据えかねているのだ」
シャマンの注意が中村へのいぶかしさから小泉に戻る。それを確認して小泉は続けた。
「この間の座敷見学の時も、教育係風情がこの私にずいぶんと生意気なことを意見しおって。失礼にもほどがあるぞ!」
若くて凛々しく、誰もが認める美貌の持ち主。おまけに日頃可愛い少年たちに囲まれて過ごしているシャマンのことが小泉は妬ましくて仕方がなかった。
金と権力をもってしても手に入れられないもの。
それらをすべて持ち合わせているシャマンは、小泉にとってコンプレックスを刺激される存在だった。
「……」
そんな小泉の想いが込められた発言を受けて、シャマンは静かに小泉と対峙した。
何も言わないが、表情には小泉に対する侮蔑が表れていた。
「…なんだ、なんだその鉄面皮は!上客にその態度…中村屋の名に恥じる行為だぞ!!」
小泉はシャマンの態度から自身への反発を感じ取り息巻いた。
大地はシャマンの背後でヒヤヒヤしっ放しだった。
座敷見学の時はシャマンへの愛で拓海がうまく助け舟を出したが今回はそうはいかない。
(どうしよう、シャマンさんの立ち場が悪くなっちゃう…いつも助けてもらってるのに、オレ…どうしたらいいんだろう…!!)
大地が困惑していると、ゆらりとした声が聞こえた。
「おや、小泉様…いないと思ったらこんなところにいらっしゃいましたか」
教養室側に伸びる回廊入り口からゆっくりと中村がこちらへ歩いてくるのが見える。
この緊迫した状況に似つかわしくない、のんびりとした言動が目についた。
「中村殿!なんだこの教育係は!!一度ならず二度までも私に恥知らずな行為を働いたぞ!!」
中村の許しでここへ入って来たのだからとがめられることなどないという思いが強くある小泉は、中村の登場でヒートアップする。
中村はそんな小泉に指差されているシャマンをチラ、と見て、ぽつりと言った。
「それはそれは大変失礼いたしました。後で良く言っておきます」
「…?」
大地は違和感を覚えた。
座敷見学の際は、小泉を牽制したシャマンをかなり強く叱っていた。
それと比べると今の中村は淡白で、この事態をほとんど重視していないように見えた。
それは小泉も同じだったようで、中村の言葉にさらに興奮状態になり怒りを露わにした。
「無礼な真似を再三働くような若造は中村屋にいらんだろう、辞めさせろ!!」
「……」
中村はそう言われても、何も答えずに少し考え込む様子を見せた。
大地は小泉の言葉を聞いてシャマンが辞めさせられるかもしれないとドキリとしたが、中村が特別それについて言及しないのでどうしたんだろう…と
不思議だった。
小泉は小泉で、VIP客の自分がいかに屈辱的な思いをしたかがいまだ中村に伝わっていないと見て、さらに中村につめ寄ろうと息を吸った。
ズカズカという回廊を歩いてくる大人数の足音が教養室の方から響いてきた。
何かただならぬ気配を察して、大地もシャマンも小泉も一斉にそちらの方を振り向いた。
回廊に現れたのは何やら異様な集団だった。
まず一番に視界に飛び込んできたのは、図体のひときわ大きなスキンヘッドの男だった。
クロマサやアカベコなどお呼びでないほどの体格で、上半身は筋肉の鎧をまとっているようにがっしりとしていた。
筋骨隆々としたいかつさに加え、ごつごつとした顔立ち、また口やあごに悠々と蓄えたひげがなんとも言えない迫力を醸し出していて、大地はまるで
サイのような男だと思った。
彼の周りには一目で堅気の者ではないだろう物騒な連中が十人ほどおり、守るように取り囲んでいた。
無論スキンヘッドの男がそんな輩の上に立つ者であろうことは、眼光鋭い強面と全身から放たれる只者ではないオーラから、瞬時に判別することができた。
大地は小泉に加え、正体不明の来訪者に怯えた。
少年愛者が中村屋の見習いを犯そうと集団でいきなり殴り込んで来たのかもしれない。
大地はシャマンにさらに身を寄せようと、不安気に彼の顔を見上げた。
「っっ!」
大地は驚いた。
いつもクールで感情が読み取れない表情を浮かべているのに、今のシャマンは眼光が鋭く眉をひそめ、ヤクザの親玉を睨んでいた。
今まで何度かシャマンの怒りに触れたことはあるが、それとは比べ物にならないほどのすさまじさだった。
シャマンに寄り添う大地は、憎悪と呼んでもいいほどのただならぬ嫌悪が彼の身体を取り巻いていると気づいた。
また、そんなシャマンの身体が小さく震えていることにも。
こいつらがただの闖入者であれば、いくらヤクザ者でも勇敢で頭のいいシャマンなら涼しい顔で対処できそうなのに。
目の前にいるスキンヘッドの大男のことをシャマンは知っているのだろうか。
そう思うと、大地の鼓動が早鐘を打ち始めた。
ドキン、ドキン、ドキン。
このサイ男はシャマンの過去に関係がある人物かもしれない。それもシャマンの相当深い部分に触れる人物。
(シャマンさんの様子を見ると、この男とはいい関係では決してない。どんな風に関わっていたんだろう…!)
大地は思いがけず知ることになるかも知れぬシャマンの過去に対し、決して生半可な気持ちで相対してはいけないと感じた。
