百華煉獄102
 それにしても、何者かわからぬガラの悪い集団の登場に中村も驚いているはずだ。
 大地がそう思っていると、中村は笑みを浮かべながらサイ男に話し掛けた。
「約束の時間より少々早いお着きのようだな。迎えに行けず申し訳ない」
 どうやら中村はこの男と知り合いらしい。
 ということは陰間茶屋の上顧客だろうか。小泉と比べるとずいぶん雰囲気は違っているが。

 サイ男は微笑む中村に同じように笑いながら返した。
「七年ぶりの中村屋だ。ちょいと見ない間に店の規模がずいぶんでかくなってて迷っちまったぜ。しかし中村よ、さすがだな」
「ふふ、これもすべてナブー、あなたのおかげだよ」
 手下たちが見守る中、中村とナブーと呼ばれた男は親しそうに話していた。


 そうしている中村とナブーを見ながら、ふとシャマンが大地に小声で話し掛けた。
「大地、自分の部屋に戻れ」
「ぇっ…」
「早く!」
 強い語気とシャマンの様子から、中村や得体の知れないナブーに知られないよう急かしている感じがした。
 大地の方をいっさい見ずに、視線は中村たちに寄越したまま依然厳しい表情を浮かべている。
「ぅ、うん」
 ただならぬ様子のシャマンに、大地も小声で返事をして足音を立てずその場を去ろうとした。


 と、その瞬間、腕を掴んでくる者がいた。
「っっ!!!」
「おい、どこへ行く!」
 大地がそちらを見ると、小泉だった。
「私は今日、お前を買いにここへ来たんだ。消えられては困る」
 そう言って大地の行く手を阻もうと小泉は正面から立ちふさがった。
「やっ…!」
「ほれ、陰間デビューの時が来たぞ。お前の部屋で構わん、連れていけ」
 性欲にとりつかれた男は想いを遂げようと標的の少年を正面から抱きしめようとする。
「は…放してよ!」
 大地は必死で小泉の手を振りほどこうと暴れた。

「っ、」
 シャマンは内密に大地をこの場から遠ざけようとしたかったのに、小泉がいらぬことをしたゆえに中村やナブーたちの注目が集まってしまうことを怖れた。
 しかし案の定、小泉と大地の小競り合いに気がついたナブーと中村は会話を終えてこちらを見た。


 ナブーとシャマンの視線がその時初めて混じり合った。
 たちまちシャマンの全身からいまだかつて感じたことのない激しい嫌忌のオーラが放たれる。
 それに反し、ナブーはシャマンに笑顔を向けた。
 きっとシャマンの嫌悪にはしっかりと気づいているのだろうが、それを知らんふりしながらにやりと意味深な微笑を浮かべている。
「おう、シャマン。久しぶりだな」
「……」
「最後に会ったのは七年前か。あんときゃまだクソガキだったが…立派になったもんだな」

(七年前!?)
 大地は小泉に掴まれた腕を振り払いながら、ナブーがシャマンをそんなに昔から知っていることに驚いた。
 シャマンは今きっと二十歳ぐらいだから、七年前と言うと十二〜三歳。ナブーが言う通りまだ子どもの年齢だ。
 親し気に話し掛けられても、シャマンからは相変わらず強い警戒心が放たれている。
 ナブーは中村の方を一瞥して続けた。
「今、お前は陰間の教育係ってェ立ち場で毎日精出してんだとな。そういやオレが日本を発つ前に言ってたっけ…あの頃から心を入れ替えておとなしく
中村側についたのかシャマン」
 ナブーは肩を一度大きく揺らし、笑った。
 シャマンはナブーを見ておらず、何も答えずに視線をまっすぐ前に向けていた。


「しかし、お前が陰間の教育係ってか…」
 ナブーは何が可笑しいのかくつくつ笑いながらシャマンの傍に近づいて来た。
 シャマンはそれを見て、自分自身を盾にするように背後の大地を背中に引き寄せた。
 自然と大地を捕まえている小泉もシャマンの後ろにくっついて来る。
 小泉は明らかにタチの悪そうな男が近づいて来るのでビビりつつも、大地が逃げ出さないようにしっかりと腕を掴んで離さなかった。

 ナブーがシャマンの目の前に来た。嫌な笑いを浮かべたままシャマンの顔を覗き込む。
「仏頂面だが相変わらず整ったキレーなツラしてるよなァ。その器量なら、とうは立ったがそれなりのところに行けばまだまだ昔みてェに第一線で働けるだろうに…
好き好んで教育係なんて役職作って、変わり者ってところはそのまんまだな」
 シャマンは何も答えない。
 その背中で、ナブーの言った言葉を反芻して大地の鼓動がさらに早まった。

 子どものシャマン。
 相変わらず整った器量。
 昔のように第一線で働けるだろうに。
(…それって…)
 大地の身体は自身の鼓動の衝撃で小さく揺れる。
 シャマンに関する大きな事実が目の前に迫っている気がした。


 ここで初めて、シャマンがナブーに対し静かに口を開いた。
「…何をしにここへ来た」
「ああ?」
「部外者の立ち入りが禁止されている見習い寮へ、あんたは何をしに来たと聞いている。わざわざオレにヘタな皮肉を言いに来たってわけじゃあるまい」

 シャマンの口ぶりに、ナブーの手下たちは一斉に彼に鋭い視線を放った。
 親分にずいぶんと不遜な口を利く若者に男たちは今にも襲いかからんばかりで、まるで猛獣のようだった。
 大地は顔を伏せていてその様子を実際目にしたわけではないのに、空気が殺気立ったことがはっきりとわかりヒヤリとした。


 シャマンはそれに気づいてもいっさい顔色を変えなかった。
 ナブーは目を血走らせる手下を軽く手でいさめながら、シャマンの態度などいっさい介さないといったようにガハハと笑った。
「そうだな。目的はお前じゃない。オレが用があるのは…」
 そして突然身をかがめて、シャマンの背後をガバッと覗き込んだ。
「このガキだ」
「!!!!!」
 燃えるような眉毛の下で無慈悲な瞳が自分を捉えている。大地は心臓が止まりそうだった。

「っっ…!!」
 ナブーのこの発言にシャマンも動揺を隠せなかった。ナブーはことの経緯を説明する。
「こないだ中村と街で会ってたら、お前と後ろのガキがいるところを見てよ。聞けばここの陰間見習いだって言うじゃねーか。だったらこのオレ様が
是非水揚げしてやろうと思ったんだよ」
 大地は愕然とした。
 突然降ってわいたデビューの話、しかもその相手がひと目で裏社会に住む相手などと、大地に戦慄が走った。