百華煉獄103
「……!」
 シャマンがナブーに猛抗議しようとした時、ひと足先にいきり立つ人物がいた。小泉だった。
「どこの誰だが知らんが勝手なことを抜かすな!この子がここ中村屋にやって来たその日、もう二十日以上も前から私がデビューの予約をしているんだ。
いきなりやって来て横からかっさらおうなどと虫のいいことを言うでないっ!!」 
 小泉はナブーに食ってかかった。
 明らかに堅気の人間でないのはわかっていたが、それよりも自分がひと月近く前から予約していた大地を取られてしまうことの怒りに性的興奮も手伝って、
小泉は感情が高ぶっていた。

 もちろんそんな小泉をナブーの手下が黙って見ているはずはない。彼らは小泉に素早く近づいてすごんだ。
「黙らんかいジジイ!!」
「おうおっさん、おめェいい度胸してんじゃねーか」
「ぶっ殺されてェのか!」
 口々につめ寄られて、小泉はその勢いにたじろいで中村に救いを求めた。
「な、なんなんだお前らは品のない。中村殿、言ってやってくれ。私は小泉建設の会長だと」

 下品なお前らとは違う、私は有力者なんだぞ、と言わんばかりの小泉に、中村はにっこりと微笑んで答えた。
「では小泉様にもこの方をご紹介せねばなりませんね。この方は、邪動組組長のナブー様でございます」
「な!」
 小泉はナブーの正体を知って真っ青になった。


(邪動組組長…!!!)
 それはシャマンの後ろにいる大地も同じだった。
 邪動組など、子どもの自分でも聞いたことのある裏組織ではないか。
 目の前にいるこのスキンヘッドの大男がその名を天下に轟かす大きなマフィアの組長だなんて。

 今の話を聞いてもシャマンに動揺は見られない。このことは知っていたのだろう。
 きっと子どもの時分から、裏社会に生きるナブーと接していたのだ。

「ナブー様…などと言うのはなんだか調子が狂うな」
 中村はナブーの方を見てクスリと笑った。それを見てナブーもクッ、と口の端を上げる。
 親密な様子を見せながら怖れで震える小泉に中村は続けた。
「ナブーとは中村屋創業以前から懇意にしておりましてね…つきあいはもうかれこれ十年近くになりましょうか」
 小泉に出会うよりも前の話だ。それをアピールしつつ、中村は厳かに頭を下げた。
「小泉様とナブー、富と権力を存分にお持ちのおふたりに、うちの見習いをそれほどまでにお気に召していただき光栄の限りでございます。しかし…」
 中村は眉を八の字にして、上目遣いに小泉を見た。
「困りましたねぇ。陰間にとって一度きりの水揚げを、そのようなおふたりがご所望とは…」


「…っ」
 小泉は悔しかった。
 ひと月も前から予約して、その身体を堪能できることを待ち望んでいた大地の水揚げを突然別の男にかっさらわれた。
 腹わたが煮えくり返って仕方ない。
 今すぐにでもこの少年をひん剥いて、ふやけるほどにその菊門を舐め回したくて仕方ないのに。

 が、相手が悪かった。
 邪動組は国内どころか世界に名を轟かせている選りすぐりの凶悪組織だ。
 逆らえば社会的地位はおろか命さえも簡単に奪われてしまうだろう。
 こういった陰間茶屋ではデビュー予約が反故になるなどまれであるし、本来は起こってはならぬことだ。
 だが自分より権力が上の者には譲らなければならぬという暗黙の掟があった。
 この先、天下の邪動組に睨まれることを考えたらここは泣く泣く断念するしかなかった。


 小泉は悔しさと情けなさで声を震わせながら、邪動組に逆らう気は毛頭ないということを伝えるために口を開いた。
「中村殿…残念だが大地は…この子の水揚げはナブー様にお譲りする。か、代わりと言ってはなんだが別の新人を紹介してくれ。来週に入れいてる拓海の
予約の時に、拓海と新しい子、三人で楽しみたい」
「ええ、小泉様には大変申し訳ないことを致しました。ですので次回ご予約はご希望通り拓海と新人、ふたりセットで…もちろん新人の分の料金は頂きません。
ですのでどうかご容赦を」
 中村は小泉に再度頭を下げる。しかしこれは形だけ、中村が本心から謝罪などしていないことは明白だった。

 ハハ、と力なく笑う小泉だったが、この場にいるのが気まずくて逃げるように帰っていった。
 ナブーはそのやりとりを間近で見聞きしてはいたが、興味がなさそうに手下が差し出したキセルをふかしていた。


「……」
 シャマンは中村を見た。
 中村は今日、最初からナブーと小泉を引き合わせることが目的だったのだ。
 それは小泉に大地をあきらめさせるため。
 そしてナブーと自分を会わせて、大地の水揚げをナブーが行うことを知らしめるためだ。


 シャマンの全身から冷えた怒りが静かに放たれた。大地は背後でその瞬間をしっかり感じ取った。
 しかし、あまりのことに大地は考えがまとまらなかった。
 自分が初めて身体を売る相手がこの邪動組組長のナブーに決まった。
 それは理解できるものの、いろんな感情が追いつかずに実感が伴わなかった。

 シャマンの鋭い視線を受けてもなお中村は涼しい顔でナブーに大地を紹介した。
「昨日も話したが、この大地は中村屋初の名門を持つ子どもでね。それ以外にも皆様に可愛がっていただける素質は十二分にあるんだが、名門ゆえに
菊門が狭くて…そこをシャマンが熱心に開発している最中なんだよ」
 ナブーはくっ、と肩を一度揺らせて愉快そうに笑った。
「開発なんてまどろっこしいことなんかせずとも、無理矢理突っ込みゃいい話じゃねーか。もったいねェ、ガキが泣き叫んで犯されてるサマがおりゃあ
股間に一番クるんだからよォ」
「っっ…」
 この男もクロマサやアカベコと同じ嗜虐趣味の持ち主とは。大地はゾッとした。


 シャマンがさらに憎悪を募らせた瞳でナブーを見た。それは軽蔑と不快感を内包したものだった。
「…相変わらずお前は下衆の極みだな」
 シャマンが口にすると、再びナブーの手下たちは今にも飛びかからんかのごとくシャマンを見た。
 しかしナブーは笑い飛ばした。
「こういう趣味は早々変わらねェ。そんなことぐらい身をもって良ォく知ってるだろう。お前こそ可愛気がないのは相変わらずじゃねェか、お互い様だ」

 そう言っていたかと思うと、ナブーは突然シャマンの背後にいる大地の首根っこを捉えた。
「ひっ!」
 太い腕で有無を言わせず、ずい、と自分の前に引っ張り込んで大地の顔の間近に迫る。
「お前の水揚げは明日だ。明日、このオレ様がお前を犯してやる」
「っ!」
 怯えて固まる大地を見て、満足そうにナブーは微笑んだ。
「くく、可愛い顔が恐怖で歪むのを楽しみにしてるぜ。…あン時みたいになァ、シャマン」

 そう話し掛けられても、シャマンはナブーの方を見なかった。
 ただしそのこめかみには筋が走り、握りしめた拳にも血管が浮き出ていた。
 すがるように見上げた大地にはシャマンの強い怒りが伝わってきた。


「ってことで中村、明日のことはまた後で部下に連絡させる。じゃあな」
 言いたいことを言って、ナブーは手下を連れてその場を去っていった。