百華煉獄105
 中村の言いつけ通り、回廊から自身の部屋に戻った大地は呆然自失の状態だった。
 ぺたりと力なく畳に座り込む。
 窓から覗く空がどんどん暗くなっていっても、灯りを点けることなど忘れてただ外を眺めていた。


 夕刻が過ぎた頃、中村がやって来た。
 陰間としての身だしなみや所作、言葉遣いなどの心得を今一度中村からおさらいした後は、カタログに乗せるための写真撮影だと言われてデビュー寮の
スタジオに連れていかれた。
 中村屋専属のスタイリストだと紹介された男に髪型を整えられて新しい着物に着替えさせられ、スタジオではたくさんの大人たちに囲まれて何枚も写真を撮られた。
 また新たに身長や体重を計測しなおし、何が好きで何が嫌いかなど簡単な質問に答えさせられた。
 その間、大地がショックのため心ここにあらずなのは中村も気づいていた。

 中村は内心笑いが止まらなかった。
 こんな大地を見れば、シャマンをさらに精神的に追いつめられる。さらに苦しめられる。
 やはりシャマンをいたぶるネタとして大地は最適だ。
 中村は楽しくて仕方なかった。



 大地はその後、再び見習い寮の自分の部屋に戻された。
 デビュー寮での大地の部屋を新たに準備するとのことだった。

 中村からはこのまま見習い寮で夕飯を済ませるようにと言われたが食欲などまったくなかった。
 そんなことよりも、先ほどの回廊でのできごとがショックだった。
 畳に直接体育座りをする。窓から差し込んでくる中庭の照明をぼんやりと身体に受けながら想いを巡らせた。


(明日オレは邪動組の組長に身体を売るんだ…)
 シャマンの身体越しに自分を覗き込んで笑う怖ろしげな顔。
「…っっ」
 大地はナブーの顔を思い出して、全身に走ろうとする悪寒を止めようと自身を抱きすくめた。

 ナブーが語るシャマンに関することがら。
 それらは皆、シャマンが中村屋で陰間として働いていたことを示唆するものだった。
 おそらく彼はナブーのお気に入りだったのだろう。
 シャマンを見つめるナブーの視線には性的な関係を持った者特有のいやらしさを孕んでいた。

 一方、ナブーと相対するシャマンには、ナブーへの反発の中に隠しきれない確かな恐怖心があった。
(シャマンさん…)
 大地の胸の奥がジクジクと痛む。
 それは大地がクロマサたちに抱く恐怖心と同じものだと気づいたからだ。


 大地は明日のことに差し迫っている自身の水揚げよりも、シャマンのことが気がかりでショックだった。
 きっとシャマンは自分が陰間をしていたことなど誰にも知られたくなかっただろう。
 ましてや明日同じ男に買われる大地などに。
(楓さんのことだって、話すの辛そうだったもんな…)
 シャマンの友達だという楓は、陰間仲間だったのだ。

 あの時に感じた漠然とした危機感。
 その正体に大地は心当たりがあった。

 シャマンが中村屋の陰間であったことはうすうす気づいていた。
 他の職員よりも以前から中村屋で働くシャマンは、まだまだ少年だったはずだ。
 幼く美しいシャマンをあの強欲な中村がみすみす教育係としてだけ従事させているわけがない。
 シャマンはきっと、大地の想像もつかない壮絶な過去を抱えている。

 しかし大地は、そういったことを現実のものとして知る心構えが自身にないこともわかっていた。
 シャマンの深い闇を、心の傷を、今の自分が知ったところでそれとどう向き合い、どうできると言うのだろう。
 自分のことさえもできかねているのに、何かできると思うこと自体とんでもない思い上がりのような気がした。


 かつて陰間として働いていた場所で、その数年後にこうやって教育係として在籍しているシャマン。
 オーナーとは明らかに不仲なのに、中村屋から離れずにいる理由はいったいなんなのだろう。
 ひとつのことがわかってもさらに深いシャマンの謎が浮かび上がってくるだけだった。

 シャマンのことが知りたくてたまらないくせに、それを知ることに怖れにも近い感情が浮かんでいる。
(…変なの)
 大地は思わずクスッと笑ってしまった。
 それは情けない自分に対する嘲笑だったのだが、こんな時に笑えるなんて。
 ずいぶんと余裕があるではないか。
 明日あんな怖ろし気なサイ男と初めてセックスすることになって、頭がどうかしてしまったのだろうか。