ガチャリ、と突然部屋の扉が開いて大地は心臓が跳ね上がった。
扉の向こうには思った通り中村がいて、大地に声を掛けてきた。
「大地、行くぞ」
「…!」
ついにこの時が来た、と大地はさらに表情を固くする。立ち上がったが緊張のため少しふらついてしまった。
中村はそんな大地を見ても何も言わなかった。
大地の前にある弁当がほとんど減っていないのにもきっと気づいている。
陰間がふらつこうが食事をしてなかろうが、中村にはいずれも大したことではないのだろう。
大地はデビュー寮から外へ連れ出された。
時刻は十九時を回っていてすっかり日が暮れており暗かった。
大地は中村屋の店舗に行くと思っていたのだが、中村は反対方向へと進んでいく。
ずんずんと店の方から離れていくに従って、広大な庭園へと入っていった。
十分ほど庭園を歩くと、品の良い二階建ての日本家屋が見えてきた。
風流でありながら今風のハイカラな要素をふんだんに取り入れており、上品で洒落た外観をしていた。
ここへ来るまでの日本庭園の素晴らしさもさることながら、この建物の周りには小高い丘や木立のある小さな森などがあり、少し離れたところにはあずまやの
ようなものが見える。
見学時に連れられた中村屋の店舗が母屋とするならば、ここは離れと言ったところだろうか。
母屋の中村屋の方を振り返ると、店舗の灯りが小さくかすかに見えるだけだ。
大地が心細そうにそちらの方を見ていると、中村が説明した。
「中村屋はあの本館以外に、ひと棟が客室になっているこういった建物が五棟ある。それぞれがこの敷地に点在している」
「っっ」
大地は仰天した。
母屋である本館だけでもすごいのに、それを上回る豪勢な建物が目の前のもの以外にまだあるとは。しかも、それらがこの一帯に存在するなど、敷地がいかほどに
なるのか見当もつかなかった。
呆気にとられている大地を気にする様子もなく中村は続ける。
「その五棟はSランクのVIP客…中でも相当な者でないと使うことを許していない。ナブーはVIP客の中でも特別中の特別だ。ゆえにお前のデビューは離れの中でも
最高ランクのここ『風雅』で行うことになった」
落ち着いた照明でライトアップされた玄関。
中村と大地が到着したら、中から三名の世話人が出てきてふたりを招き入れる。
大地の心臓はひっくり返るのではないかと思うほどバクバクとうるさく早鐘を打ち始めた。
世話人と中村に誘導されるまま廊下を進んでいくと、奥座敷に通された。
「ナブーの到着はもう少し先だ。ここで待っていろ」
中村は部屋に入るなり大地にそう言い放つと、三人の世話人とともに部屋を出ていった。
彼らの話し声を聞くと、中村はナブーの出迎えのためにこの場を去るが、世話人らはここで待機するように命じられているようだった。
「ふぅ……」
大地はまたしても待つことになってため息を吐いた。
そして、近場に敷かれている座布団に脱力ついでに座り込む。
朝から緊張の連続で心身ともに持ちそうになかった。
待ち時間ができたことがありがたく、しかし一方で延び延びにされて翻弄されていることに疲れを感じる。
ふかふかの座布団の感触を感じ取れる余裕ができた頃、チラ、と周りを見渡してみた。
この奥座敷は、外観と同じくセンスのいい調度品で彩られていた。
洒落た陶器に生けられた花はとても美しく、緊張が和らぎ始めた大地の心を少しだけ癒してくれる。
中村屋で最高級だと言われるだけあって、この部屋は何もかもが素晴らしかった。
しかし隣の部屋に気づいた途端、大地に戦慄が走った。
そこにはドン、と大きな布団が敷かれていたのだ。
(っ…オレ、あそこでナブーとセックスするんだ…)
ナブーと大地がセックスするために用意されたそれに否が応でも生々しさを覚えてしまい、直視するのが耐えられない。
大地は目をそらした。
その瞬間、ふと奥の一角から物音が聞こえた気がした。
「…?」
どうやらそちらには庭に面する広縁があるらしいが、障子に遮られているためはっきりとしたことはわからない。
きっとさっきの世話人以外にも、護衛などで何人もがここを出入りしているのだろう。誰かがいても不思議ではない。
大地はそう思い、気に留めなかった。
そうしていると、豪華な食事が乗った膳が運ばれて来た。
ナブーと大地ふたり分。酒も日本酒やワイン、シャンパンなど、ナブーの気分で選んでもらえるように最高級のものが種々多様に届けられた。
(いよいよだ…!!)
料理が来たということは、ナブーの到着が間近になっているということだ。
落ち着いていた大地の心臓が再び猛烈に動き出す。
ナブーに抱かれる。大好きなシャマンではない、あの野獣のような男に。
大地はゾッとした。身体が自然に震えてくる。
正直逃げ出したかった。しかし、ライタやカイトのためだ。
(怖いけど、すっごい怖いけど…ここは耐えるしかないんだ…!)
大地は覚悟を決めた。
