夕刻。
大地はひとり、デビュー寮の自室のベッドに腰掛けていた。
先ほど、同じ建物内にある医務室で目が覚めたところだ。
最初はその場所がどこで今がどういう状態なのかすぐにはわからなかった。
そこに医師だと名乗る男たちが数人現れて説明を受け、現状を理解した。
中村屋ほどになれば、客との性交渉がきっかけで心身ともに傷つくことが多い陰間のために、 彼ら専属の高い専門知識を持つ
医療チームを抱えていた。
ナブーの蛮行にひと晩晒された身体がいかほどにダメージを受けているのか、現状を把握した時はその度合いを考えると大地に戦慄が走った。
医師のひとりから体調を尋ねられた際に、自覚症状がどんな具合かおそるおそる確認してみる。
しかし、菊門に少々の異物感、そして全身にやや熱っぽさを感じる以外は特に不調を感じなかった。
不思議そうに戸惑っている大地に医師たちが説明してくれた。
大地はどうやら、意識を失っている間に風雅からここに連れて来られ、今目覚めるまで彼らによって手当てを受けていたらしい。
菊門の損傷は入り口も内部もひどいものではなく、少し炎症が起こっているため今はそれを抑える座薬を入れているだけだと言われた。
それもこの時間になればすっかり溶けて効能を発揮し、症状は落ち着いているだろうとのことだった。
凌辱された身体のダメージに戦々恐々としていただけに、医師たちの言葉は大地を少しの安堵へと導いてくれた。
しかしそんな大地に、彼らはにっこりと笑って菊門を再度検査させてくれと言う。
理由は『今夜ひと晩休めば座敷に上がれる身体になっているかどうかの確認がしたいから』。
どんなに壮絶でも、水揚げが終われば時間を空けず客をとらなければならない。
それが陰間なのだ。
それが中村屋で勤めるということなのだ。
ひとつの仕事が終わってもホッとする暇などないぞ。どんどん客をとって金を稼げ。
中村のそんな声が聞こえてきそうだった。
医療スタッフだって、大地のために献身的な医療行為を行っているわけではない。
オーナーの中村から金を得るためのビジネスとして大地の手当てをしただけだ。
大地がそんな無情に打ちひしがれていることにも関心を示さず、医師たちは菊門の検査の準備に取り掛かる。
医師のひとりが、大地の尻を自分に向けるよう促しながら着物の裾をはぐって気分はどうだと聞いてきたが、大地は小さな声で
『…最悪』と答えるしかなかった。
その検査で次の客がとれるという医師たちの許可が降りた。
大地は自室のベッドの上で、静かに昨晩のことを思い返す。
思い出したくはないが、思い出そうとしても水揚げ時の記憶が曖昧だった。
ひどい凌辱を受けたという印象はもちろんあったが、ことこまかにどういうことをされたか、どういうことをしたかほとんど覚えていなかった。
あまりのショックの連続に、脳がメモリーのスイッチをオフにしていたのだろうか。
しかし、シャマンが広縁にいることでナブーが興奮の極みに達し、あの時間を実に有意義に愉しんでいたことは強く印象に残っていた。
きっと少年を飽きるほど犯してきたナブー。
そんな彼だが、昨晩はシャマンの存在があることで大地とのセックスに猛烈な愉悦が生じていたことだろう。
下衆なあの男は大地だけでなく、シャマンの精神も存分に蹂躙したのだ。
十年近く前、シャマンはナブーにレイプされて中村屋の陰間になった。
そんな彼がどんな想いで、ナブーが大地を揚々と犯すさまをあんなに近くで聞いていたのだろう。
(…シャマンさん…)
大地の胸に、ズキンと鋭い痛みが走る。
先ほど医師たちから聞いた話では、大地を医務室に運んできたのはシャマンということだった。
彼は今何をしているのだろう。
どんな気持ちでこの半日を過ごしたのだろう。
シャマンに侮辱を与え続けるナブーに我慢できず思わずたてついてしまった時、『オレのことはいいんだ!』と悲鳴のように叫んだ声。
それは広縁から出ることを許されないシャマンが唯一起こしたアクションだった。
大地がシャマンをかばえば、刺激されたナブーがどう行動するか。
ナブーをよく知るシャマンは、ナブーの嫉妬の矛先が誰に向くのかわかっていた。
少年を力ずくで犯そうとする男たちを忌み嫌うシャマンが、広縁ではじっと静かに耐え忍んでいただろうに。
そんな彼の努力を無にするような行動を、自分は何も考えずにとってしまった。
『オレのことはいいんだ!』
大地はもう逢えなくなってしまった大好きな人の悲痛な声を再度思い出して、震える口唇を小さく噛んだ。
滅入る気持ちを切り替えようと、自分の部屋に設置してある浴室でシャワーを浴びることにした。
その時、自分の身体にいくつもつけられたナブーの凌辱の跡を目にすることになった。
(オレ…男に抱かれたんだ。セックス…したんだ)
ここに来たひと月近く前に初めて知った陰間という仕事。
昨日の今頃、自分が陰間として男とセックスしたら何かが大きく変わるだろうと思って少し怖かった。
うまく説明はできないが、陰間というものにまったくの無縁でいられたひと月前の、ただ無邪気な子どものままでいられた頃に持っていた
何か…それが純潔とか清らかさとか、そんなご立派なものかどうかはわからないが、とにかく自分の中の大きな根幹をなすようなものが
失われるのではないかという恐怖が生じていた。
(…でも…)
特別に何も変わらない気がする。
デビューするまでひと月ほど怖れていたものは、実際経験してみれば当初考えていたそれより、もしかするとずっとあっけないもの
だったのかもしれない。
失くすかもしれぬとあんなに怖れていたのに、現実はこんなものだったのか。
首筋や胸元、下腹部についたナブーの痕跡を見てそう感じながら、大地の胸に大きな虚無感が広がっていった。
シャワーを浴びている間、お腹が減って減って仕方がなかった。
いろんなことが起こり過ぎて忘れていたが、食事を丸一日以上していない。
(そうだ、ミナト…!ミナトに逢いたい)
デビューしたら唯一楽しみだったのは、ミナトと毎日逢えることだった。
彼がこの時間どうしているのかわからないが、ひとまずデビュー寮の食堂など、陰間が集まるであろう場所へ行こうと大地は腰を上げた。
