百華煉獄124
 夢を実現していくために、中村は具体案をひとつひとつ出していった。
 清蔵は中村のアドバイスに熱心に耳を傾けた。


 二町隣の二号店出店計画、ことチェーン化を夢見ているのならと、中村は確固とした資金作りを行わねばならないと強調した。
 そこで提案したのは、昔から取引のあった業者たちと、のきなみ取引を金輪際終了させることだった。

「な、中村さん、それは…」
 創業時からずっと世話になっている業者たちとの契約を打ち切るという中村の考えに、清蔵は困惑した。
 中村は厳しい顔で続ける。
「帳簿を見せてもらえば、昔馴染みの業者たちには取引が生じても採算のとれない金額で請求書を発行していますね。同じことが契約している業者ほとんどに
対し行われています」
「だが、私の父の代から百年近く、互いに持ちつ持たれつやってきた仲間たちだ。それを切り捨てるようなことなど…」
「馴染みは時に馴れ合いを生じます。あの時親切にしてもらったから、長い間世話になっているから…と、際限がありません」
「だが…」
「清蔵様、事業拡大のためです。私はこのやり方で何人もの取締役や資産家たちをさらなる成功に導いてきた実績があります」

 確かに、中村が今まで手がけてきた何例もの成功は、清蔵でも良く知っている会社や店がほとんどだった。
 中には夜逃げ寸前まで追い込まれていた実業家を、たったの数ヶ月で業界のトップに押し上げたと報道されたものもあった。
 当時は中村の存在がクローズアップされることはなかったが、清蔵はその実業家を羨ましく感じたものだ。


 しかし説得されても、突然の非情な提案に清蔵は応じかねた。
 渋っている当主の様子を見て、中村は数冊のパンフレットをテーブルに並べた。
「古い馴染みのかわりに、今後はこの店らと取引をしてもらいます」
「……?」
 清蔵は訝しげに一冊のパンフレットを手にする。
 それは食材を提供する会社だった。名前は聞いたことがある大手ではあったが、ここ三年ほどで急に頭角を現してきた新しい会社だ。

「食材以外にも、食器、仕出しや着物、和装小物、内装・外装関連、花、造園。それぞれ旅館経営に携わる各業者のパンフレットです。もうすでに、
各社とは話を進めています」
 自分はまだ懇意にしていた業者を切ると返事をしていない。
 なのにどんどん話を進めていく中村に、清蔵はこの時初めて気分を害した。

 意見しようかと清蔵が口を開くより先に、中村が衝撃的な言葉を告げた。
「ここに並べてある業者は、すべて邪動組の息がかかっています」
「!!!!!」
 清蔵は絶句した。


 邪動組?
 マフィアではないか。
 それも国内トップレベルの凶悪組織。

「……」
 狼狽のあまり言葉が出ない清蔵に、中村は細い目をさらに細めて笑顔になった。
「この業者たちなら馴染みだった業者の悪い甘えがない上に、いろんな面で紅屋に便宜を図ってくれることでしょう」

 邪動組の息がかかっている業者と手を組むということは、この紅屋も邪動組に関与するということだ。
 大店を経営していると、さまざまな裏社会からの誘惑や妨害に近いことを経験してきた清蔵だったが、どうにかそちらには手を染めずにやってきた。
 なのに、中村が勝手に紅屋と邪動組を結びつけてしまった。
 この関係は、自分がこの座を退いた後も、秀人やその後の代までずっと続けていかざるを得なくなる。


 心臓がバクバクと大きく鼓動を打っている。
 持病の発作が起こらないことを祈りつつ、清蔵はやっとの思いで口にした。
「そ、そんな反社会的組織と関わるつもりはない!」
「清蔵様、あなたは本気で紅屋を大きくしたいのですか?」
 中村は眉をしかめて清蔵の目を見据えた。
「秀人様やナオコ様、その弟君…ご家族にもっともっと繁栄した紅屋を継がせたいのなら、これぐらい簡単なことでしょう」
「か、簡単なことでは…!」
 きゅ…と心臓が少し痛んで清蔵は顔をしかめた。

「二号店の後の三号店、四号店。また海外にまで手を広げるとなると、土地や国、その他に認可や許可を多くとりつけなければ前に進めません。
良いショバを確保するには裏社会と繋がることが必至。邪動組と手を組めば、そこがすべてスムーズにクリアできます」
 そう言ってすっと立ち上がった中村は、向かいの清蔵の隣に腰掛け、ずい、と顔を近づけた。
「大店を発展させるには、綺麗なままではいられないのです」

 清蔵は誰もいなくなった正面のソファを見つめたまま、ぶるぶると震えていた。
 彼を正気づかせるため、その肩に手を置く。
「邪動組は世界的マフィアです。そんな大組織に便宜を図ってもらえることに感謝しないと」
 清蔵はゆっくりと隣の中村に視線を移した。その目は怖れで見開かれ、血走っていた。
「なァに、心配はいりません。すべて私の言う通りにしていればいいのですよ」
 冷や汗をいっぱいにかいて、清蔵は中村をじっと見つめている。
 そんな当主の目を見て、安心させるように中村はにっこりと笑う。

 一見頼もしく映るその笑顔は、清蔵にとって怖ろしいものでしかなかった。
 紅屋にとって悪夢のような日々が始まった。