大地は中村に連れられるまま、寮の敷地から茶屋の裏口へ向かった。
茶屋は豪華で荘厳な印象のある、和を基調とした上品で美しい構えだった。
この街でも希少な三階建てで、店構えは大地がこのネオ芳町で見たどの店よりも大きく、大層立派であった。
いや、ネオ芳町だけではなく今まで目にしたどの店よりも豪壮で見事だと言いきれた。
(すごいや、道理であんな大きな寮を持てるわけだ)
大地は圧倒されてぽかーんと口を大きく開けてしまった。
三人は裏口から中に入った。
『茶屋』という名前がつくものだから、大地はカフェやレストランのような店構えをイメージしていた。
だが、この中村屋は違った。
内部はひと部屋ひと部屋区切られており、それぞれ絢爛に彩られた襖がしつらえてある。
(個室制なんだな)
客の姿はひとりも目にすることはなく、テレビで見た高級料亭みたいだと大地は思った。
外から見ると、部屋はそれぞれ広く作られてあるようだ。
しかも各部屋はいずれもゆったりと間を取ってある。
美しく磨かれた廊下は長く広かった。
ここなら孤児院の子どもたちが雑魚寝ではなく、ひとりひとりきちんと布団を敷いて寝られそうな広さだな、と大地は苦笑した。
(こんな大きな…中村屋がここまですごい茶屋だなんて知らなかった。オレ、ちゃんと勤まるのかな…)
そんじょそこらの茶屋とは比べものにならない、これはもう高級料亭や高級旅館レベルではないか。
見れば見るほど大地の知る茶屋の範疇を逸脱と言っていいほどはずれており、さらなる緊張が走る。
店の規模の大きさに圧倒される大地を見て、中村は笑った。
「ここは店の中でも特別なお客様向け…VIP客向けの部屋だから」
「…はぁ…」
大地はVIPと言われてもなんのことやらわかっていないが、とりあえず返事をした。
大地はここへ来て不思議に思うことがあった。
客は皆個室にいるらしいので姿を見ないのはわかるのだが、従業員をひとりも見かけないのだ。
ウェイター…と言うのだろうか、客に配膳をしているような者は見当たらない。
お客様の部屋にいるにしても、持ち運びなどで出入りしている気配が感じられなかった。
(中村さんは『先輩たちが実際どんな風に働いているか、君自身の目で見るのが一番だ』って言ってたはずだけど…)
中村はその気持ちを察したようで、すぐに答えた。
「大地くんには、お客様のお相手をする仕事をしてもらおうと思っている」
「相手?」
客の相手とは、接客のことになる。
それにしては、先ほどの検査でされた内容が結びつかないんだけど…と思いつつ、大地は尋ねた。
「やっぱりウェイターさんってことですか?」
中村は口角をニッと勢い良く上げて微笑み掛ける。
「ウェイターではないんだ」
「えっ、じゃあ…」
「まァまァ、では実際にどういうことをしてもらうか、君の先輩の仕事ぶりを見てもらおう」
中村は再び大地の背中に手をやり、ぐいっと押しながらとある襖の前まで来た。
そしておもむろに廊下に膝をつく。
大地とシャマンが自分に続いて跪いたのを確かめて、その向こうに呼び掛けた。
「小泉様、中村でございます。お話しておりました新人の見学に参りました」
「…ああ、遅かったな。入れ」
襖の向こうからは、初老の男の返事が返ってきた。
その声は少し上擦っており、吐息が漏れるような感じだった。
中村は小泉の応答を確認すると、軽く一礼をした。
「では、わたくし中村と見学の陰間見習い、及び従業員の計三名、失礼いたします」
そう言ってスッと襖を開いた。
襖の向こうには誰もいなかった。
ただそこには膳や徳利が置いてあり、ここで食事をしていた形跡があった。
並べられている皿はいずれも高価そうで、そこに乗る飾り葉はさまざまな種類があり、それだけで豪勢な膳だったことが見て取れた。
この部屋には襖の対面側にさらに別の一室があるらしく、そこにも廊下以上の豪奢な襖がしつらえてあった。
さすが『特別なお客様向け』の部屋だけはある、と大地は思った。
と同時にそのことでさらに緊張を誘われた。
中村とともに、奥の襖に近づいていく。
シャマンも大地のすぐ後ろについて進んだ。
すると、襖の奥から何やら声が聞こえてきた。
「あっ…うぅん、っ…はぁ…んっ」
「?」
大地は眉をひそめた。
その声は先ほど聞いた小泉という客のものではなさそうだ。
子ども…なのだろうか?
まだ若そうな声の主は、泣いているような、また苦し気な声を上げ続けている。
襖の前まで来て中村は正座し、大地も同様に座らせた。
シャマンもそれに倣って腰を落とすのを見届けた中村は再度頭を下げた。
「…では、失礼いたします」
襖が中村によって静かに開かれた。
「!!!!!」
目の前の部屋で繰り広げられている光景。
それはあまりにショッキングで、大地は驚愕して目を見開いた。
そこには、少年のお尻にむしゃぶりつく太った初老の男の姿があった。
「あっ…んん、小泉様ァ…そんな奥…ッ、ああんっ」
「んん、なんておいしいんだ拓海のココは…っ」
少年は大地より少し年上で、十四〜十五歳に見える。
布団に四つん這いになり、小さな尻を高く掲げている。
その双丘の中心に小泉と呼ばれた初老の男が顔をうずめ、少年の菊門を犬のように必死で舐めていた。
ふたりの吐息が室内に充満しているようで、ハァハァという吐息混じりの喘ぎがやたらと大きく響いている。
(な…なんなんだこれ…この人たち、いったい何を…)
大地はあまりのことにその場に凍りついてしまった。
『大地くんには、お客様のお相手をする仕事をしてもらおうと思っている』。
『実際にどういうことをしてもらうか、君の先輩の仕事ぶりを見てもらおう』。
この部屋に入る直前に中村に言われたことが、大地の頭によぎる。
ここでの大地の仕事。
それは、目の前でこの拓海という少年がしていることに他ならないと理解した。
身体が自然にガタガタと震え始める。呼吸も苦しくなってきた。
大地は知らず知らず、身を守るように両手で着物の胸元をぎゅっと握りしめていた。
そのすぐ背後で、シャマンは大地の様子を見つめていた。
大きな動揺が伝わってきて、シャマンの胸に鋭い痛みが走った。