百華煉獄20
 大地はぎゅっと目を瞑った。
(っ…ダメだ、もうオレ…!!)


「小泉様」
 激しい恐怖心から意識を失う寸前の大地の耳に、凛とした男の声が届いた。
 空気を打ち破るような鋭さに、呼び掛けられた小泉ばかりか中村と拓海も同様にハッとした。

「…?」
 涙で濡れる瞳を小泉の下でうっすら開けると、シャマンが客座敷に上がりすぐそこまで来ていた。
 大地に夢中でそのことに気づいていなかった小泉は、唖然としてシャマンを見た。


 シャマンは布団の傍で両手をつき、頭を小さく下げて言った。
「誠に失礼ながら、大地にそれ以上の行為を行うのはお控え下さるよう、お願い申し上げます」
「シャマンさん…」
 大地はシャマンの出現に驚いて、小さくその名を呟いた。


「っ…なんだ貴様はっ…なんと無礼な!」
 今まさに大地の身体を堪能しようとしていたのに、それを邪魔されて小泉は憤慨した。
 シャマンはスッと顔を上げ、小泉を正面から見据えて静かに名乗った。
「わたくしはここで陰間見習いの教育係をしております、シャマンにございます」
(かげま見習いの教育係?かげまって言葉はわからないけど、シャマンさんはここでそういう立ち場なんだ…)
 いろいろなことが起こり考えが及んでいなかったが、シャマンがこの中村屋で就いている職分を大地はこの時初めて知った。


「陰間見習いの教育…そうか、ここにはそんな制度があったな」
 はっ、と忌々しげに吐き捨てる小泉は、シャマンを睨み返している。

「た…大変申し訳ございません!シャマン、お前…小泉様になんて無作法な真似を!謝罪しろ!!」
 中村は大切なVIP客を激昂させてしまったシャマンに大慌てだった。
 謝るよう必死に身振りで示すが、隣にいるシャマンの視線はそちらを見ようとせずに、じっと小泉を捉えていた。


「小泉様、今一度お願い致します。大地に対してこれ以上の行為はおやめ下さいませ」
 シャマンが引く気がないのがわかって、小泉は頬をピクピクと引きつらせている。
 客の怒りの矛先は店の主人へも向けられた。

「中村殿、一介の教育係風情が座敷に上がり、客のまぐわいを妨害するとは…どういうことだ。中村屋はどうなっているのかね」
「誠に申し訳ございません、後で良く言って聞かせます。彼と私は出ていきますので、どうぞ大地と…」
 小泉の問いにあわあわと機嫌を取りながら答える中村を無視してシャマンは告げた。
「中村屋の陰間は、わたくしども教育係が見習い時期にさまざまな指導を行い、すべての行程において修了と認められて初めて、客座敷に
上がるというシステムを設けております」


 シャマンは布団の上で震える大地をちらりと見た。
 怖れがありありと浮かんでいる当惑した顔の大地と目が合い、再び小泉に向かって言った。
「この大地は小泉様にもお伝えした通り、先ほど入ったばかりの少年です。礼儀作法がまったく身についておりませんし、まぐわいに
関する知識もまったくございません」
「だからなんだと言うんだッ」
 小泉は鼻を鳴らしてシャマンに反論した。
「むしろ私は、そういう者が見せる新鮮な反応を愉しんでいたんだ。何も知らない子どもを好きなように犯せる、こんなことはめったに
味わえるものじゃない」

 小泉の言葉にシャマンの身体が強張った。
 拳に力が入り、つま先がガリ…と畳の目を引っ掻いた。
「ですが小泉様、ここはそう言ったサービスを提供している茶屋ではありません。この中村屋は、わたくしども教育係がきちんと手ほどきを
行った者のみを座敷に上げるという決めごとがございます。陰間見習いはまず第一に、わたくしどもの手でお客様を受け入れられる身体の
準備を、時間をかけて行わねばなりません」
「身体の準備?そんなもの、そっちの都合だ。子どものためではないか。客は私だ、私が金を払うんだ。私の好きにさせろ」
 小泉はそう言って大地の膝を割り、脂の乗った腹ごとその間に入り込もうとした。

「っひっ…!」
 大地は凍りついた。
 だがその瞬間、覆いかぶさってくる小泉をシャマンが手で制した。


「小泉様、陰間見習いに行う身体の準備というのは、小泉様のためでございます」
 従業員に牽制されて、小泉はあからさまに不快な顔をした。
「私のためだと?どういうことだ、いい加減なことを言うもんじゃない」
「いいえ、とても大事なことでございます。まったくの未経験、しかも性的知識のない少年の菊門は、最初から魔羅をすべて受け入れることは
困難でございます。またたとえ挿入できたとしても、子どもは恐怖心と痛みからしめつけてしまい、お客様側に大変な苦痛を与える場合が
あるのです。ここへ来るまでにこの大地を少しばかり検査したところ、小泉様のご立派な逸物を受け入れるのは、極めて難しいとわたくしは
判断いたします」

「っ…」
 小泉は、無作法なシャマンへの怒りは依然としてあるものの一理あると感じた。
 怖れおののいて泣き叫ぶ大地を無理矢理犯すのも一興と思っていたが、挿入できないのでは意味がない。
 また『ご立派な逸物』と若者に評されるのは気分が悪いものではないなと、近年著しく老いを実感し始めた小泉は、悲しくも喜んでしまう
自分を否めなかった。

「素人同然の子どもに座敷で手淫させるということ自体、異例中の異例でございます。それが大切な顧客様の小泉様に、中村屋からできる
精いっぱいのお引き立てでございました。このようなことを小泉様に申し上げるのは心苦しいのですが、わたくしどもの意向をお汲みいただければ
幸いでございます」
 シャマンの頭は、畳につきそうなほど深く下げられていた。
 小泉はしばらくの間その様子を見ていた。


 大地は布団の上に転がされたまま、そんなふたりを見ていた。
 シャマンが言った理由は陰間がどういうものかわかっていない大地には理解不能だったが、これはもしかして自分を小泉から助け出そうと
しているのではないかと感じた。

 シャマンの説明に小泉は納得したのだろうか。
 大地は小泉がどう思っているのかわからず、肝が冷える思いだった。