百華煉獄33
(口にちんちん入れて舐めるなんて…)
 大地は小泉のペニスの感触を思い出す。
 触れるだけでも全身が総毛立つほど気持ち悪かったのに、口に含むことなど考えたらたちまち胸がムカムカして気分が悪くなった。


「初めはほとんどの陰間見習いに、ペニス挿入・尺八の経験がない。ご主人様が身体検査とその後の反応を元に作ったプロフィールによると…
お前もそうらしいな」
 並木は手元にある大地のプロフィールに目を通しながら尋ねてくる。
「はい…」
「んん?これはこれは…かなりの名門の持ち主だそうじゃないか!」

 身体検査の時、そのような話で中村たちが喜んでいたような気がするが、それがどういったことか大地はいまだに理解できずにいた。
 大人たちの言葉から自分が未経験にしてもどうやら特殊な身体らしいということだけはなんとなくわかったものの、それが褒められることなのか
ダメなことなのかの判断さえつかなかった。
 ゆえに感嘆の面持ちで興奮気味に大地を見つめる並木にどう答えていいかわからない。


「ご主人様が名門と評価した者はいままでひとりもいなかったんだぞ。今後の活躍に大いに期待だな!」
 ワハハ、と笑う並木を見て、『めいもん』ということが陰間にとって喜ばしいことであるのはなんとなく理解できた。
 でも手放しでいいことだと思えるような気もしない。
 大地の複雑な戸惑いにまったく気づいていない並木は、そのまま笑いながら再びプロフィールを見た。
「ああ…相当…指一本の挿入でもかなり痛がったとあるな。名門ゆえにだろうと書いてある」
「………」
「『入り口が狭くて中指の半分以上入らなかった』か。こりゃなかなかに厳しいな」
 プロフィールを読みながら感想を言う並木に、大地はなんだかいたたまれなくなって肩をすくめて俯いた。


 並木は教壇から大地を見下ろして言った。
「初めはみんな、多少の差こそあれ菊門に何かを挿入されると激しい苦痛を感じるものだ。ましてや子どもにとって勃起した大人のペニスを
菊門に迎え入れるなど、簡単なことじゃない。どうしたって耐えがたい痛みと恐怖心を伴ってしまう」
 指一本でかなりの痛みを覚えた大地は、それを聞いてびくりと身体を強張らせた。

「客が無理矢理ペニスを挿入しても、陰間が痛みのあまりすごい力でしめつけてしまったり、それ以前にペニスの挿入自体を菊門が拒んで
しまうこともある。それでは客が満足できず、陰間茶屋は商売あがったりだ。だから客・陰間の両面から考えて、中村屋は実技の研修を取り入れているんだ」
 大地はここで並木の説明を受けて初めて、シャマンが小泉を説得していた内容の意味がわかった。
「実技研修にはペニス挿入・尺八のふたつがあって、ことペニス挿入は時間をかけて徐々に慣らしていく。早い者だと一週間、遅くとも
二週間ほどで挿入可能な身体になる。そう言った実技研修とともに礼儀作法などを身につけて、そこで晴れて陰間デビューと言うわけさ」


「……」
 一週間から二週間。
 なるべく早くデビューしなければ給料が出ない。
 給料が出ないということは、橋本に金が渡らないということだ。
 『誰も大地と同じような目には遭わせない』と約束した橋本だったが、それは大地がここでちゃんと陰間として働くことが条件である
口ぶりだった。
 大地がデビューできずに金を渡すことができなければ、遊ぶ金欲しさにライタやカイトをどんな目に遭わせるかわからない。

 いきなり何も知らされずに客の前に出るのと、並木が今話してくれたことを聞いて客の前に出るのとでは、どちらがいいのだろうか。
 それは大地にもわからなかった。
 だが実技研修制度があることはいいことなのかもしれないと思った。
 何も知らずに客座敷であのまま小泉に想いを遂げられていたならば、もしかしたら自分は苦痛と怖ろしさのあまり寝込んでいたかもしれない。
 辟易しながら並木の話をずっと聞いていた大地だったが、覚悟を決めた。


「この授業の後、午後からさっそくペニス挿入の実技研修に入ってもらうから。昼食後に直接実技研修室に向かいなさい。今日のお前の
教育係はシャマンだ」
「えええ!!!」
 大地は思わず大きな声を上げてしまった。

(実技って…ちんちん入れる練習、シャマンさんとするの…?えええ!?)
 ここでまったく予想していなかったシャマンの名前が出て大地はとてつもなく驚いた。
 そりゃあ教育係と言っていたが、あのシャマンと実技研修の内容が似つかわしくないというのもあり大きく混乱した。


「?どうした?」
 並木はまたしても大地の反応ぶりに目を丸くしている。
「…いえ…ちょっとびっくりしちゃって…」
「シャマンには昨日会ってるらしいな。まったく知らない相手より少しは安心だろう」
 そりゃ安心は安心だし、それどころか彼が担当してくれることに嬉しさも感じている。
 が、今朝あんな態度をとってしまった直後だけに顔を合わせづらかった。


 大地の気も知らず、並木は苦笑気味に言った。
「シャマンは少し変わっててな」
「え…?」
「彼のように、実技研修専門の教育係は五人ほどいて、尺八とペニス挿入両方を教える立場にある。だが、シャマン以外の教育係は皆一様に
ペニス挿入より尺八練習を好むんだ。理由は、射精することが許されているのは尺八練習だけだからだ」

 じっと見つめて話を聞く大地に並木は続けた。
「尺八練習には、尺八の果てに客が陰間の口の中で射精してもその精液を吐き出さずにうまく飲み込めるように、という練習も兼ねている。
一方でペニス挿入は、射精はおろかピストン運動さえも禁止されている。それは陰間の菊門…あくまでもセックスの相手は客が初めて、
いわば貞操を奪うのは客だと言う、デビュー時の価値を高める意味が強くあってな。しかし教育係だって男だ。性的快感が高まっても射精が
叶わず不満が多く残るペニス挿入より、達することのできる尺八の方をやりたがるってわけだ」
 並木は少し肩をすくめ、首を傾げる。
「なのにシャマンだけは尺八は一切教えずにペニス挿入しかしないんだ。まァ、このペニス挿入研修制度はシャマンがご主人様に強く申し出て
実現したものらしいとは聞いたから、発案者ってことでやってるんだろうが…」
「え、そうなんですか?」
 大地は先ほどありがたく思った実技研修制度の発端がシャマンと知って目を丸くした。
「ああ。私がここへ勤め始めた二年前にはすでにこの制度はあったから細かい話は良くわからないんだがどうもそのようだ。徹底して
ペニス挿入しか担当しないってんで、シャマンは同僚から変わり者だって言われてる」


 再びシャマンに対して疑問を抱く。
 シャマンはいつからここに勤めているのだろうか。
 二年前。その頃だとシャマンはまだ十代の半ばを少し過ぎたぐらいではないだろうか。
 しかもあの守銭奴の中村に願い出て費用と時間のかかる研修制度を実現させるなど、容易なことではなかったのではないか。


 またシャマンへの謎がどんどん芽生えてきて大地は考え込んでしまった。
 だが次の並木の一言で、それもどこかに吹き飛んでしまった。
「見習いの子たちは、シャマンが担当だと他の教育係にペニス挿入されるよりも熱心に励むらしいよ」
「っ…」
「彼は少年たちのメンタル面にこまごまと気遣いを見せる優しいところがあるし、何よりあの顔立ちだろう?」
 並木はくっくっ、と困ったように笑う。
「菊門にペニスを挿入されるのは痛くてたまらないけど、シャマンと触れ合えるなら…って、少年たちがこぞってひたむきにがんばるんだ」

 大地はまたもや心にもやっとした何か嫌な感情がまたたく間に広がったのを自覚する。
 やっぱり拓海だけじゃなかった。
 シャマンは他の少年たちにも大層人気らしい。


 頭の中で、シャマンが見知らぬ少年にペニスを挿入する姿を想像する。
 想像の中の少年は痛がってはいるもののとても喜んでいた。

(うわ、すごいイヤだっ…!!!)
 大地は自身に浮かんだ妄想に激しい不快感を抱いて、一気に打ち消した。

「子どもたちが一生懸命ペニス挿入練習に励むことは、ここ中村屋にとってとてもいいことだろう?だから、シャマンのことは少しくらい
生意気で扱いにくくても、ご主人様は陰間育成にひと役買う彼に一目置いてるのさ」
 シャマンと中村の間にある張りつめた緊張感。
 大地は並木の言葉を聞きながら、ふたりの関係はそんな簡単なものではないと感じた。
 根拠はないが、大地の知らないところでもっと根深い確執があるような、そんな気がした。


 並木はそれから今後のスケジュールを簡単に伝えて授業を終えた。
 大地は今後まず一週間に渡り、午前中に基本講座や礼儀作法を教わり、午後は実技練習を行う。
 その際すべてにおいて各担当の教育係に合格点がもらえたら、晴れて陰間デビューとなる。
 そうなるとパンフレットの写真撮影や寮の引っ越しを行い、次の日から茶屋で働き始めるのだ。
 一週間目で合格できない者には次の日から落第項目中心で研修を行い、合格点が出た時点で翌日から即デビュー、ということだった。


 少しでも早く陰間デビューして給料をもらえる身にならないと。
 指であれだけ痛かった自身の菊門だが、あんまりとろとろしているとライタたちの身に危険が及んでしまうかもしれない。
 それだけはなんとしてでも阻止しなければならないことだ。

 大地の陰間デビューを引き受けるのはあの小泉。
 あの男とセックスすると思うと全身が総毛立ち背中に寒いものが走るが、ここは腹をくくらないとと思った。


 シャマンが先生というのは今朝のこともあり困惑したが、同時に嬉しくもあった。
 並木の言う通り、他の教育係より幾分か安心して実技研修を受けられることは間違いなかった。