百華煉獄36
 そうしていると知らず知らず、シャマンを見つめていたらしい。
 ボーっとしたものとは言え、大地のその視線にシャマンはしっかり感づいたようで、青い瞳がこちらを向いた。

「っ!!!」
 その時初めて大地は自分がシャマンを見つめていたことに気づいた。
 自身の菊門に指を挿れているシャマンと目が合う。
 大地はそう思うと恥ずかしくて恥ずかしくて、みるみる顔が赤くなるのを自覚した。
 その真っ赤になった顔を見られるのがまた余計恥ずかしく、慌てて自分の着物の袖で隠した。


「……」
 シャマンはそんな大地から再び視線を毛布に移し、ゆっくりゆっくり、時間をかけて指を挿入していった。
「ぁ…ぅぅ、ん…」
 大地は袖で顔を覆ったまま指の侵入に耐えていた。
 かなり奥の方まで指が入っている感覚がある。昨日の身体検査よりも深い場所にシャマンの指があるのに、あの時と比べれば痛みは
半分以下と言って良かった。

「今入っているのは薬指だ。第二関節まではどうにか入ったが、かなり狭いから拡げるために少し動かす」
 シャマンはそう言うと、薬指を軽く曲げてぐにぐにと動かし、その周辺を拡張し始めた。
「っ!!!」
 大地は新たな痛みに襲われて、反射的にぐっ!と力を込めた。


 大地の全身が瞬時に強張ったことを、挿入した指が急激にきつくしめつけられて気づいたシャマンは拡張の手を休めずに言った。
「なるべく力を抜け。息をつめるな。意識して吐き出せ」
「…あぁう、でき…な…いぃ!」
 大地は袖で顔を隠したまま叫んだ。痛みに喘ぐ声は布でくぐもって余計苦しそうに聞こえる。

 シャマンは簡単に言ってくれるが、頭でそうしようと思っても身体が自然に力んでしまう。
「っ、うっん、ぅうふ…いっ、痛っ!」
 がんばって息を吐き出そうとするも、中で動かされる指に翻弄されて思うようにできなかった。


 指一本でこんなに痛いなんて。
 これから先、大人の魔羅を受け入れる日など永遠に来ないのではないか。
 だとすると陰間としてデビューできるはずがない。
 『めいもん』だなどと言われていたって、セックスができないのならば自分はこの中村屋にとって用無しだ。
 そんなことでは…と、大地の頭に怖ろしい考えが浮かび上がる。


 ライタとカイトが、ここに連れて来られてしまう。


「……!!!」
 大地の胸に鋭い痛みが走った。
 ダメだ、絶対にダメだ。あいつらにこのネオ芳町の門をくぐらせてなるものか。
 ライタやカイトには、子どもの性を食いものにするこんなおぞましい街に一生関わらないでいてほしい。
 そう強く願っても、菊門に異物が挿入されるこの痛みは大地にとって耐えがたいものであった。
 想いに反した反応しかできないこの身体が、心底呪わしかった。
「うぅふ、く…ふぅ…っ!!」
 大地は焦りと痛みで、自然に涙が溢れてくることを止められなかった。


 シャマンはそっと顔を上げ、大地を見た。
 顔を覆っている袖の布が、苦痛で足掻いた果てにめくれている。そのため口元が少し覗いていた。
 小さな口唇は薄く開かれていて、我慢とくやしさからであろう、歯を食いしばっている。


「…大地」
 シャマンは指を動かすのをやめ、大地にそっと声を掛けた。
 大地は何も返事をしなかったが、シャマンの呼び掛けに注意を向けたことはわかった。
 菊門の中の指が動かなくなって安堵したのか、覗いている口元から力む様子が和らいでいる。

 シャマンは凛とした声で言い聞かすようにはっきりと言った。
「焦らなくていい。リラックスしてオレの言う通りにしろ」
「っ……」
 大地はハッとして、顔を隠していた袖をそっとはぐってシャマンの目を見た。
 シャマンは大地の目を真剣な眼差しで見つめ返している。
「身体も心も楽にしていろ。今日が初めてなんだ。最初からすんなりいくヤツなどいない。自分を追いつめるな」
「…!!」

 大地は気持ちを見透かされているようで驚いた。
 『太陽』の子どもたちを守りたい気持ちが募る一方で、ペニスどころか指一本でも手こずる身体だという現実。
 その壁にぶつかって身動きできなくなり苦しんでいる大地の気持ちを、この男は瞬時に見抜いたのだ。


 大地はシャマンの目を自身の目を見開いたままただただ見つめ返すしかできない。
 シャマンはそんな大地を見つめたまま、ふ、と笑った。
「…!」
 大地はシャマンのそんな笑顔を初めて見た。
 からかいでも呆れでもない、自然に発せられたであろう優しい笑顔。
 大地は胸がキュンとした。

「今日はひとまず、菊門に何かを挿入することに慣れよう。力まず、自然に息ができるようになるまで続けるぞ」
 シャマンはそう言うと、止めていた薬指の動きを再開させた。
「っ!!!」
 中で形を変える指に、大地は身をくねらせて敏感に反応する。
「オレの言う通りにしろ。さァ、口から息を吐け」
 シャマンにそう促され、戸惑いながらも大地は『ふぅー』と口から息を吐いた。


 その瞬間、シャマンの薬指が大地の菊門の奥の壁をぐっと押して、強めに刺激した。
 大地はびくん、と身体を大きく震わせのけぞった。
「っ!あっ」
「指の動きに呼吸を合わせるんだ。痛みをこらえるあまり反射的に息を止めてしまいがちだが、そうすると身体が強張ってしまい余計辛くなる。
指が大きく動いた時は、なるべく力を抜いて息を吐け。逆に吸い込みたい時は鼻から小さく、だ。これが陰間にとって少しでも痛みを軽減
させる、一番有効な方法だ」
 そう言うと、シャマンは再び菊門の壁を拡げるように、指の先を数回大きく上下に往復させた。

「んんっ…!」
「息をつめるな、口から吐くんだ」
「んんふ、〜〜〜っ…で、できな…」
 試みるも、敏感になった菊門の感覚に気を取られて息を吐けない大地が、文字通り息も絶え絶え訴えるとシャマンは答えた。
「そうしないから辛いんだ。ほら、このままそうしている気か、息ができなくなってしまうぞ」
 シャマンはそう言って大地の呼吸を促すように、菊門に挿れた指をず、ず、とゆっくりとだがリズミカルに、その場でまた上下に往復
させている。
「…あぁっうん!」
 大地の開かれた脚は、びく、びくと小さく痙攣しながら何度も跳ね上がった。そのつま先は内側に強く折り曲げられている。


 お尻が痛い。
 熱い。
 息が苦しい。
 そう思いながら少しでも楽になるために、大地はシャマンの言う通り、指の動きに合わせて呼吸した。

「ぅうふぅ、…っ!ひん、んくっ」
 指が大きく動いたら息を吐いて、その合間に鼻から吸う。力は入れない。
 単純なことなのに最初はなかなかできなかった。
 しかし落ち着いてそのことに集中すれば、ぎこちないもののどうにかできるようにはなった。

 菊門の痛みが楽になったかどうかは正直まだわからない。
 必死で呼吸のコツを掴むべく、何度も反復するのみだ。


 そんな大地に、シャマンが声を掛けてきた。
「まだまだ中はキツイが、最初よりずいぶん拡がったぞ。呼吸は、今は意識して大きく行っているところを自然にできるようになればいい。
良くがんばったな」

「ふ〜…、んん、……、ふ〜うぅ」
 大地は苦しいながらも、シャマンが褒めてくれたことに対してうなずくことでなんとか返事をした。
 嬉しいが余裕はまったくないため、眉はひそめられたままである。

 そんな苦しい状態なのに、律儀にうなずいて返事をする大地。
 シャマンは可笑しくて思わず吹き出してしまった。
「ぷっ…」
「っ?」
 大地は痛みにこらえて顔をしかめたまま、片目を開けてシャマンを見た。
「…?」
「くくっ…」
 シャマンが笑っている。もしやと思ったが、やっぱりだ。


「な、何が可笑しいんだよ…っ」
 初めて経験する苦しさの中こんなに必死になって練習しているのに。
 笑える要素なんて何ひとつないのに、何に対してウケているというんだ。

 大地は腹が立ってシャマンを睨んだ。
「悪い悪い」
 大地の立腹に気づいたシャマンは、詫びつつもまだ笑顔だ。
(全然悪いと思ってないだろ、もう!)
 そう思いながら何か言い返そうとした時シャマンが指を動かすことを再開するものだから、呼吸法を慌てて続けた。


 シャマンからすると、さっき睨んでいたのに表情を一変させて一生懸命息を吸ったり吐いたりする大地が面白くて、いけないと思いつつ
また笑ってしまった。
 自分の脚の間でくっくっく…と俯いて肩を揺らすシャマンを見て腹は立つものの、大地は少し新鮮味を感じていた。
(こんな風に…普通の人みたいに笑えるんだ…)

 笑っている理由。
 それはきっと自分に失礼なことだろうと気づきながらも、大地はシャマンの笑顔を見ると幸せな気持ちになった。

 そんなものだからとがめる気も起きず、そのままシャマンを見ていた。