百華煉獄37
「あまり無理をすると身体に障る。今日はこのぐらいで終わりにしよう」
 シャマンは笑いが一段落したようで、大地の菊門から薬指をそっと抜いた。


 今までシャマンの指が奥まで出入りしていたそこは、じんじんと熱を持って異物が挿入されていたことを主張していた。
 もう何も入っていないのに感触が生々しく残っている。
 大地は暑くて、着崩れた着物の前を合わせるよりも先に足元に掛けられていた毛布をはぐった。
 その拍子にしどけなく投げ出していた脚が丸見えになったし、角度によってはちんちんも見えたかもしれない。
 でも研修を終えた今となっては、シャマンに裸を見られることに対する羞恥は後回しになっていた。
 極度の緊張や力んだことの反動で身体がだるく、また今日の練習が終わったという安堵感もあった。
 いろんなことを気にするのがひどく億劫だった。

 シャマンはそんな大地を気に掛ける様子もない。だからこそ大地も自然でいられた。実技研修の後の見習いたちはみんなだいたいこんな感じ
なのだろうか。


 シャマンは手にまみれたローションをタオルで拭いながら口を開いた。
「明日は…」
 翌日の練習内容を告げようとした時、その言葉が途切れた。

「?」
 向かい合うシャマンの視線が大地を通り越した場所を捕らえている。
 それはやや遠くに向けられているようで、先ほどの笑顔とはほど遠い厳しい色を纏っていた。
 シャマンが何を見ているのか気になった大地は、何気なくその視線の先を辿ろうと振り返った。


 すると、研修室の入り口近くに、昨日大地が身体検査を行った際にいたスキンヘッドの男がいるのが見えた。ちょうど今しがた部屋に入ってきた
ばかりのようだ。
 彼の後ろには、背のすらりと高い陰間見習いの少年がいた。きっと今からこのペアで実技の練習を行うのだろう。

 大地はもう一度シャマンを見る。
 その視線の距離感からすると、どうやら彼が見ているのはこのスキンヘッドの男に間違いないようだ。
 同僚と仲良くするタイプでないのはなんとなくわかるものの、シャマンの変わりように驚いていると背後から声を掛けられた。


「ようよう、大地くん。どうだい?初めての実技研修は」
 スキンヘッドの男がそう言いながら大地目当てにニヤニヤと近づいて来るとわかると、シャマンはすかさず大地がはぐった毛布を素早くその足元に
再度掛けた。

(?)
 大地はなんだろうと思いながら、シャマンの突然の行動に驚いた。
(暑いんだけどな…)
 挿入練習の直後で身体全体が火照っていたため、大地はさりげなく毛布から逃れようと身をよじる。だがシャマンは毛布を大地の太ももごと上から
掴んで、それを許そうとしなかった。

 シャマンの視線の先はスキンヘッドの男を捕らえたままである。
(なんだよ、どうしたんだ)
 戸惑いつつ大地はスキンヘッドの男の方を振り向くと、立っていると思っていたのにいつの間にか彼は腰を下ろしていて、真後ろで自分の顔を
覗き込んでいたので心底驚いた。

「っ!!!」
 スキンヘッドの男は、自分に気づいた大地を見てうへへ、と笑った。
「痛かっただろー。お前の菊門ったらずいぶんと狭そうだったもんなー。いい菊門持ってるってのは辛いねェ」
 笑みを浮かべたまま、スキンヘッドの男の視線はゆっくりと大地の顔から首筋、胸元を経て、足元に移される。


 またあの目だ。
 昨日広場で強引に宿屋に連れ込まれそうになった中年男と、座敷で会った客の小泉と同じ、あの嫌な目。
「んん?どうだァ?シャマンはこう見えて容赦ないから辛かっただろう」
 見習いの少年たちに大人気のシャマンに対する嫉妬なのか、スキンヘッドの男は嫌味くさい口調で大地に近寄る。
 気持ち悪い上にどう答えていいかわからずに、大地は怯えた目で男を見つめるだけだった。


「明日お前に尺八を教えるのはオレだからな。よろしく〜」
 スキンヘッドの男は、さらににた〜っと口の端を左右に伸ばして大地に笑い掛ける。
「……」
 ウキウキするような様子を見せるスキンヘッドの男に反して、大地は嫌な気分がより一層増した。
(この人か…)
 この男のペニスを咥えなくてはならないのか。
 そう思うとその生々しさに言葉が出ず、大地は俯いた。
 すると男はその隙を見計らったかのように、大地の足元に掛けてある毛布の端に手を伸ばした。指先は小さくつまむような形を作っていた。

 次の瞬間、シャマンの声が鋭く響いた。
「やめろ」
 その厳しい口調にスキンヘッドの男や大地はおろか、男の後ろにいる見習いの少年までもが驚いて、ビクリと肩を揺らせた。
「まだこっちの話が終わってないんだ。担当中ではない見習いに触れてはならない規則を忘れたわけではないだろう」
 シャマンの手は、この男が近づいてきてからずっと大地の足元の毛布に置かれたままであった。
「……」
 スキンヘッドの男はシャマンに注意されて、明らかに不愉快そうな表情になった。そして鼻息荒く立ち上がった。


 シャマンは中村だけではなく、同僚にも強気な態度で接しているなァと大地は感じた。
 拓海をはじめ陰間見習いからは絶大な人気を誇っている半面、上司や同僚には挑戦的で疎ましがられているように思える。
 シャマンが彼らにこういった態度をとる理由が大地にはいまいちわからず、突然生じた不穏な空気に戸惑った。


「ハーイハイハイ、わっかりましたよシャマン様」
 スキンヘッドの男は不快感を露わにした返事をして踵を返した。
 そしてそのまま、ずっと背後で待っていた見習いの少年を連れて離れていった。

 その時、スキンヘッドの男の腹立たしげな声が聞こえてきた。
「なんでェ、後生大事に毛布なんかで隠しやがって。どうせ明日オレにひん剥かれる運命なのによォ」
 男は見習いの少年の肩に太い腕を掛けて引き寄せ、耳打ちするようにシャマンに対する文句を言っている。
 よっぽど腹に据えかねたのか、少年に話していると見せかけて聞こえよがしにわざと大きな声を出しているのは明白だった。


 大地は男が去ってホッとしたものの、明日の尺八練習のことを考えると大きな不安を覚えた。
 シャマンの方をちらりと見ると、彼も厳しい表情で近くの畳に視線を落としている。

 大地の視線に気づいたのか、シャマンは顔を上げた。
「明日のお前の午後の実技は、まずクロマサ…今のスキンヘッドのヤツだが、あいつのもとで尺八練習を行ってから、その後オレと挿入の練習を
してもらう」
「うん…」
 返事をしながら、大地は本当に尺八の練習が嫌になった。シャマンが担当ならどんなにいいかと思った。
 だが、並木の話ではシャマンは尺八の練習は行わないと言うことだった。
 それならどうしようもないのだろう。

「じゃあ、今日の練習は終わりだ。早く出ていけ」
「ぇ…」
 この練習で、シャマンと関係が少しだけ近くなったような気がしていた。
 なのに今の一言で大地はシャマンに突き放されたような気持ちを抱いた。
 おまけに彼の不機嫌さはますます増している。大地の胸が少し痛んだ。


「あっ…ああっ!」
 そんな大地の耳に、ふいに挿入練習している少年の声が飛び込んできた。
 必死になって自身の練習に取り組んでいたため忘れていたが、そういえばここは実技研修室で、他にも多数、見習いの少年たちがペニスを
自身の菊門に収める練習に励んでいる場所だったのだ。

「うぅぅ、あっあっ…」
「ひぃ、いたァ!」
 気づいた途端、辛そうな少年らの声がやたらと耳についてしまい大地はいたたまれなくなった。
 俯いた大地に、シャマンが再び声を掛けた。
「…こんなところ、用がなければ長居するもんじゃない。ほら、早く行け」
 シャマンの表情はさっきよりも穏やかで、少し笑顔でさえあった。
 だが、それはどことなくさみし気であった。

「この研修室を出て左に折れるとシャワールームがある。ローションや汗を流すためにみんな利用しているんだ。お前も使え」
「う、うん」
 大地はゆっくり立ち上がって、簡単に着物を整えた。
 菊門を中心に下半身が全体的にぼぅっと熱を帯びていて、自分のものではない感覚がした。

「ありがとうございました」
 脱いでいたふんどしは穿かずに、手に持ったままシャマンに礼を言った。
 頭を下げる大地にシャマンは畳に座ったまま小さくうなずいた。


 大地はどうにか足を踏み出して研修室の扉に向かった。
 出て行く途中、さっきのスキンヘッドの男が仁王立ちになっている姿が見えた。彼のすぐ手前にはずっと一緒にいたあの少年が跪いている。
 その顔はスキンヘッドの男の身体で隠れて見えない。それほど男の股間に密着していた。
 少年の頭がその場で大きく前後している様子がわかって、大地は慌てて目を伏せ、足早に研修室を出ていった。