大地はすぐに、シャマンに言われた通りシャワールームで汗とローションを流した。
菊門の中や周辺に塗られたローションは、粘度が高くなかなかとれなかった。
シャワーで流したぐらいでは素肌や内部に纏わりつくヌルヌルとした不快感は拭えない。
かといって菊門の入り口を試しにタオルで軽くこすってみれば、慣れない異物挿入で腫れているそこに焼けつくような鋭い痛みが走る。
大地は敏感になっている菊門をあまり刺激しないようにボディソープを泡立てて優しく洗い、なんとかローションを落とした。
初めての実技研修に無我夢中で時間の経過を意識していなかった大地は、中庭に出て空が薄暗くなっていることにびっくりした。
気づけば時刻は五時を迎えようとしている。
どうやらこの時間にはおのおの受けていた研修が終わるらしく、見習いの少年らがぽつぽつと廊下や中庭を歩いていた。
「よっ」
背後から驚かすようにミナトが現れ、大地にニッカリといたずらっぽく笑い掛けてきた。
「お疲れ〜。オレ腹減った…なんか食いてェ!」
両腕を大きく伸ばしてぐーんと背伸びをしながら奔放に願望を口にするミナト。それを聞いて、大地も急に空腹感を覚えて同意した。
「オーレも〜…つっ!!!」
ミナトの真似をして背伸びしたものの、その拍子に菊門を中心に腰全体にズキン!と激痛が走って、大地は固まった。
「…ぁ…ぃたた…」
「あ〜あ」
大地の硬直の理由を察知して、ミナトは呆れて八の字眉毛になった。
「初めて長々とケツいじられた日に、無邪気に負担掛けるような恰好すんな」
「うん…」
痛いのと情けないのとでしゅんとする大地をハハッと笑い飛ばしてミナトは明るく言った。
「お前も腹ペコならもう晩飯にしようぜ。さァ、ゆっくり食堂へ参りましょう、大地姫。僕がお供いたします」
うやうやしく頭を下げ手を差し伸べてくるミナト。大地はキッと睨んでその手をはたいた。
「ありがとう。そのお気持ちだけ受け取るわ、ミナト王子」
次の瞬間、ふたりは同じタイミングで吹き出した。そして笑顔のまま食堂へと歩き始めた。
パラパラとまばらではあるものの、もうすでに食堂には見習いの少年たちがテーブルに着いていた。
仲の良い者と数人でおしゃべりしている者、ひとりで本を片手に食事している者など、思い思いに過ごしている。
リラックスムードが部屋全体に漂っていて、それぞれがくつろいでいる様子が伝わってきた。
「午後の授業が終わった後は、消灯時間の十時まで自由時間なんだ」
ミナトの説明にこのゆったりとした雰囲気の理由がわかった大地も、ホッとひと息ついた。
昨日から今まで、知らないこと、わからないことの連続でずっと緊張しっぱなしだったのだ。
大地はミナトと配膳のコーナーに行き、食事を受け取った。
メインのおかずがハンバーグだったため、ふたりとも大喜びだった。
テーブルに着いたのち座ろうとした大地に向かって、ミナトがテーブルの下をゴソゴソと探ってあるものを取り出した。
「椅子に座る前にそれ敷いとけ」
渡されたそれは円形の座布団だった。真ん中に穴が開いていて、ドーナツ状になっている。
「挿入練習してるヤツらはケツが痛くて座るのもひと苦労だから、テーブルの下に常備されてんだよ。ほら、結構使ってるヤツ多いだろ?」
ミナトが振り向いて、後ろにいる見習いの少年たちをあごで示す。
言われるまで気づかなかったが、半数以上の者がこの座布団を使っていた。
「ホントだ…ありがとう」
大地は彼らと同じようにそれを椅子の上に置き、その上にゆっくりと腰掛けた。
「……」
お尻をつけるのが怖かったが、ドーナツ座布団のおかげで思ったほどの痛みは走らなかった。
大地はホッとした。
「この座布団メーカー、最初は痔持ちのヤツ向けに作ってたドーナツ座布団を、陰間向けにいいんじゃないかってネオ湯島天神境内とか
ネオ芳町に売り込んだんだと。そしたら陰間の間で大人気になってよォ。痔持ち向けと陰間向け、どこがどう違うのかって聞いたら
『陰間向けはその小さくて愛らしいお尻に似合うよう、クッションタグを淡い色にしました』だとよ!痔持ち向けとそんだけの違いしかないのに、
今じゃ陰間茶屋御用達で成り上がり、左うちわで商売してらァ。まったく、商魂たくましいよなー」
ミナトは笑ってぱくぱくとハンバーグを食べている。
大地はお腹がすいていたし、好物のハンバーグだから同じように食べたかったのだが、ずきずき、じくじく、といったなんとも言えない痛みが
ずっと菊門に生じていてミナトのように快活に食べられなかった。
何か動作を起こすたびに腰全体にまで鈍痛が及んでいた。
「…辛そうだな。オレの部屋に、ケツの痛みを和らげる軟膏があるんだ。渡してやるから飯食ったら来いよ」
初めての菊門拡張に手こずっている大地を見かねて、ミナトが気遣いを見せた。
「…ありがとう。ミナトに頼ってばっかりだねオレ」
素直に礼を言う大地に、ミナトは赤くなった。
「な、なァに言ってんだ、気にすんなよ〜」
照れ隠しにミナトは大口を開けて笑った。大地もそんなミナトを見て、ふふっと肩をすくめて笑顔になった。
食事を終えて廊下を歩きながら、ミナトが指で示して言った。
「この部屋が、朝言ってたリラックスルームってとこ。テレビやパソコン、雑誌やマンガやオーディオとか、最新のゲームまで置いてる。
こんな感じでみんな自由時間に好きに使ってんだ。ちなみに、デビュー組の方はもっと充実してるって噂」
食堂の隣にそのリラックスルームはあった。
かなり広い部屋で、十代の少年の興味や好奇心をそそるさまざまなグッズが置かれている。
ここにも研修や授業を終えた見習いたちが何人かいて、談笑したり趣味に没頭している姿が見えた。
施設で育った大地はこんな風にものに囲まれた生活など送ったことがなく、それゆえとても贅沢な環境に思えた。
「へぇ…見習いにこんなとこ用意してくれるなんて、中村屋ってホントすごいんだね」
見習いはまだ店に立つことができないので、稼ぎがある者はひとりもいないはずだ。
なのに、こんな部屋で過ごすことができるなんて。この部屋は、中村屋の財力のすごさを物語るのに充分だった。
目を丸くしている大地に、ミナトは答えた。
「それぐらいデビュー組の稼ぎが莫大ってこった」
ミナトは、いつの間にか持っていた楊枝で歯の間をつつきながら続ける。
「ここのご主人はやり手だよな。自分の稼ぎを当然ながらしっかり取った上で、店の運営や従業員の給料、あげく見習い寮にまでこれだけの
金を回せられるんだから。さすがネオ芳町を『一大陰間茶屋街』に仕立てた男だけはある」
大地は中村の顔を頭に描く。
大地にここで働くよう強要した人物。
容赦も抜け目もない、大地が今まで会った人物の中で初めて『悪質な人間』だとはっきり認識した人物。
確かにあの中村なら、金を得るためにはあらゆる手を使いそうだと思った。
そして、そんな中村の誘いにまんまと乗った橋本を思い浮かべる。
父と慕っていた者から裏切られたことの悲しみが、また大地を重く覆ってきた。
大地の表情が強張っていることにミナトは気づいたが、そのことには何も触れずに伝えた。
「そんなんだからさ、ここじゃオレら見習い組はデビュー組に会うと、ずっとお辞儀してろって習わしらしいぜ。稼いでもないのに、
住むとこ寝るとこ用意してやってんだから、オレたちに感謝しろって意味だそうだ。変なとこで体育会系だよな〜」
「…ん、そうだね」
大地が少し笑ったので、ミナトは嬉しそうに続けた。
「デビュー組はこの寮に来るのはダメって決まりもあるから、あんま顔合わせることはないけど」
「そうなんだ」
そういえば今朝中庭に拓海がいた時、シャマンも同じことを言っていた。
街の中だけではなく茶屋にもいろんなルールがあるんだなァと大地は思った。
