そうしていると、ミナトの部屋に着いた。
彼によると見習いの子どもらは、消灯時間までなら他の少年の部屋に行ってもいいとのことだった。
ただし、消灯時間には自室に戻らなければならないことも教えられた。
消灯時間は十時なので、まだ三時間ほどあった。
「座るの辛いだろ。布団敷いてやるから待ってな」
いそいそとミナトは部屋に上がり、押し入れから布団を引っ張り出している。
「ごめんね、手伝うよ」
大地がミナトに手を貸そうと一歩大きく踏み出した途端、また菊門に激痛が走った。
「……!!!」
「だーから、無理すんなって。気遣い無用さ」
ミナトはぷっと吹き出して、ひとりで手際よく布団を敷いている。
「ありがと…」
大地が腰をさすりながら礼を言うと、ミナトは微笑んで首を振った。
「いいって、いいって」
ミナトは歳下の子や新参者の面倒を良く見る少年だった。
その気配りは自然で、彼の本質が優しく思いやりのある人物だから、おのずとそう振る舞えるのだろう。さすが『兄妹の兄』だと思わせた。
初めての研修で心身ともに疲れていた大地だったが、ミナトといると明るい気持ちになれるため、一緒にいることができて嬉しかった。
ミナトが布団を敷いてくれている間、部屋をぐるっと見渡してみる。
造りは大地の部屋と一緒だった。窓から覗く中庭の景色がほんの少し違って見えるだけだ。
文机が置かれているのも同じ場所だった。
しかし、その上には教科書や文房具が散乱していた。
その左隣にある押し入れとの間にできたスペースには、ぐじゃぐじゃに放り出された衣類が乱雑に積み重なっている。
どうやらミナトはものぐさな性分らしい。
脱ぎ散らかしたものか干し終わって取り込んだままになっているのか、いずれにしてもその放り出されたままの着物を見ていると、無精者と
いう悪いイメージよりも細かいことにこだわらないミナトらしさが感じられて、大地はあたたかい気持ちになった。
「ほい、敷けたぞ。うつ伏せに寝転んでろよ」
ミナトは敷布団を整えた後、大地に枕をぽん、と手渡した。
「これ抱え込むようにしてたら楽だから」
ミナトに言われるがまま布団にうつぶせになり、枕を抱えて寝転んだ。確かに楽で、何より痛みをほぼ感じなかった。
「ああ、あとコレコレ」
文机の引き出しから何かを手にしてミナトは大地に渡す。
「軟膏。いろいろ試したけど、これが一番痛いのが早く治まるし、傷も同じで早く治る。実技の後なんかの風呂上がりに塗ればいいよ。
それ、お前にやるから」
「え…いいの?」
ミナトは文机前の座布団を引っ張り寄せて、そこに胡坐をかきながらうなずいた。
「まだあるし、オレ、今じゃほとんど使わねーから」
大地は感激した。ミナトは本当に親切で優しい少年だ。
恥ずかしがるかな、と思ったものの、彼の優しさに黙ってはいられず、改めて礼を言った。
「ミナト、ありがとう…ホントにありがとう」
座布団に座って胡坐をかいているミナトは、みるみるうちに顔を赤くして両手を振った。
「あんまりかしこまらないでくれよ、苦手なんだよそういうの。だって照れちゃうじゃん」
肩をすくめて照れ笑いするミナトが愛しくて、大地はフッ…と笑った。
ミナトはそんな大地を見てまた少し赤くなりつつ、徐々に笑いを微笑みに変えた。
それは穏やかではあるが少し寂しそうで、大地はどうしたのかな、と思った。
「…オレの妹…写真があるけど、見るか」
静かにそう言って、ミナトは文机の上にある写真立てを持って大地に渡した。
そこには、今よりまだ幼くあどけない印象が強く残るミナトと、同じく幼い女の子がいて、ふたりが仲良さそうに笑顔で写っていた。
どこかの公園だろうか、彼らの座っている下は一面の緑で、ふたりともレンゲの花冠をしている。
ミナトははにかんだような、幼女は儚いものの嬉しそうな満面の笑顔で、その様子はなんとも愛らしく可愛かった。
「この子か…名前は?」
「ミライってんだ」
「ミライちゃんか。可愛いね」
大地は写真の中の幼い兄弟につられて、知らず知らず微笑んでいた。
幸せそうなこの子らを見ていると、『太陽』のみんなを思い出し、自然に眼差しがあたたかくなる。
ミナトは写真と同じくはにかんで、得意そうに言った。
「だろだろ?それは五年前に撮った写真でさ、今はもっと可愛いんだぜ。贔屓目に見なくったって美少女だって断言できるね!」
親バカならぬ兄バカ全開のミナト。大地は笑って、うんうん、とうなずいた。
「ミライ…その一年後に体調崩して…それから今までずっと病院暮らしなんだ」
大地の持つ写真に視線を落として、ミナトが小さく呟いた。
その声は、病に倒れる前のミライを懐かしみ、またあの頃にはもう戻れないという悲しさを纏っていた。
「まだ十一なんだ…なのに、痛くて苦しい思いばっかしてきて…絶対、絶対高額治療受けさせて、病気を完治させるんだ。今まで辛かった分、
何倍も楽しい思いさせてやる。オレが、この笑顔をあいつに取り戻させてやる」
大地はミライに想いを馳せる。
会ったことのない、見知らぬ女の子。
だがミライが、生きてきた半分近くの年月を病院のベッドの上で過ごしてきたのかと思うと、同い年だけに胸が痛んだ。
「そのためにはオレ…効率よく金を稼ぐためには手段は選ばない。ミライのためならなんだってする」
ミナトの目は宙のどこか一点を見据え、強い光を放っていた。
彼のタフさは、すべて病気のミライを守りたい一心からきていた。揺るぎないミナトの想いを、大地は朝初めて経歴を聞いた時よりも
ずっと強烈に感じた。
「うん…うん」
大地もライタやカイト、また『太陽』の子どもたちを大人の魔の手から守りたい。
そのためにはここで陰間として働く、それしかない。
形は違えども、大切な者を守るためにここにいる。それはミナトと同じだった。
うなずきながら同意する大地が真摯にミライのことを想い、また自分のこの状況を自身に重ねているのをミナトはしっかりと感じとっていた。
そんな大地の気持ちを嬉しく思い、静かに見つめる。大地もそれに気づいてミナトを見た。
すると、ミナトは真剣な表情を少し和らげて、再び照れくさそうな様子を見せる。
「…お前さ」
「?」
なんだろうと思っていると、大地の手から写真を取った。そして大地の顔と写真を交互に見比べて言った。
「今朝、部屋の前でしゃべってる時からちょっと思ってたんだけどよ、ん〜…やっぱお前、ミライに似てるわ」
「え?」
「笑顔が…あとふとした拍子ってのかな…雰囲気も似てるような気がする」
「そ、そう?」
自分では思いもしなかったことを言われて、ミナトの手にある写真を覗き込んだ。
まじまじと見てみても、写真の中でしか知らない子だけにいまいちピンと来なかった。
不思議そうにミライを見ている大地の横で、ミナトはへへ、と笑った。
「ん、似てる!」
ネオ芳町から出られず逢うことが叶わない、写真でしか目にすることのできないこの世で一番愛しい存在。
幸せそうに笑うミナトはきっと、そんなミライと大地を重ね、傍にいるような気持ちになれて嬉しいのかもしれない。大地はそう感じた。
だったらなおさら泣き言を言わず、元気出していかなきゃなと、自身の気持ちをひきしめた。
