百華煉獄40
「初めての実技研修は、誰に担当してもらったんだ?」
 ミナトが明るい顔で尋ねてきたので、大地は答えた。
「シャマンさんだよ」
「あー、あの色男ね。見習いのヤツらがキャーキャー騒いで大人気の。確かにツラ綺麗だもんな」
 ミナトはシャマンの顔を頭に思い浮かべているのか、視線を上向けてふんふん、とうなずいている。

「あの人、ぶっきらぼうっぽく見えて優しいってみんな言ってるけど、挿入練習の時は結構手厳しいんじゃない?」
「…うん、そうだけど…」

 確かにミナトの言う通り、練習の際は容赦がなかった。
 しかしそれは大地の身体や気持ちをおもんぱかった上で、早くデビューできる身体にしようといろいろ考慮してくれてのことである。
 シャマンの厚意を感じていた大地は、はっきりと答えた。
「すっごい痛かったけど…優しい人には違いないよ」
 大地がきっぱりそう言うので、ミナトは少し冷やかし気味な口調で笑った。
「え、お前、他のヤツらみたいにあの人に興味あんの?」
「ち、違うよ!」
 大地は赤くなってミナトに反発した。
 突然大地が興奮気味に否定するものだから、ミナトは驚いている。
「なんだよ急にムキになって」
「…別に…ムキになんかなってないよッ」
 大地はミナトに図星を指されたので、恥ずかしかった。軽く睨みながら枕に口元を伏せる。
 ミナトはそんな大地を見て、首を傾げて肩をすくめた。


 そうしているとふと、挿入練習が手厳しいと知っていることは…と気になって、ミナトに尋ねた。
「そういうミナトは、シャマンさんに挿入練習してもらった?」
 ミナトは首を振った。
「いいや、オレはない。実技部屋であの人に担当してもらってた見習いが大変そうにしてるのをチラホラ見かけただけ」
「そう…」
 なんとなく、シャマンがミナトを担当していなくてホッとした。
 シャマンと接点を持った見習いの少年たちはみんな彼に夢中になると思ったからだ。


「オレ、あの人とあんまり話したことないんだよ。他のヤツらはどうにか関わり持ちたいって必死みたいだけど…なんか謎が多くて
ミステリアスってことでも興味そそられるみたいだな」
「ヘぇ…」
 大地は初めこの部屋に来る時に、シャマンに対して生じた疑問をミナトにいくつか尋ねてみようかと思っていた。
 だが、この様子では大地とほぼ同じぐらいか、もしくはそれ以下の情報しか知らぬようだった。

「他のヤツらとは違って、オレあんまり興味ないんだよなー。シャマンさんだけの話じゃなくて、こういうところで惚れた腫れただのって
いう恋愛的な感情持つこと自体考えられないっつーか」
 ミナトの言葉に、陰間として彼が割り切ってここにいるのだという意識が垣間見えた。彼はミライ以外はあまり眼中にないようだ。


「しかし、こんな閉鎖された空間で超絶イケメンから優しくされたら、ついそういう感情持っちまうのも不思議じゃないけどな。ここの
トップに拓海さんって陰間がいるんだけど、あの人なんかご主人様がいい加減キレちまうんじゃないかってぐらい、シャマンさんにお熱だよ」
「……」
 知ってる。
 それはこの目で見たから知ってる。
 ミナトの話に、やはりシャマンは拓海をはじめここの陰間や見習いたちにモテモテなんだ…と改めて思い知ることになって、大地は少し落ち込んだ。


「オレ…デビューできたら拓海さんを追い抜いて、中村屋のトップになりて〜!そんでいっぱい金稼ぐんだー!!」
 伸びをしながら野望を絶叫するミナトは、本当にたくましかった。
 なんだかこのミナトなら実現しそうな気がする。

 なのに、次の瞬間ハッと目を見開いたかと思うと、急に脱力して上げていた両腕をだらりと下げた。
「でもなー…オレ…明日の礼儀作法の授業がユウウツだ…」
 珍しくミナトが泣き言を言っている。大地は意外に思い、尋ねた。
「礼儀作法の授業が?なんで?」
「オレ…言葉遣いとか立ち居振る舞いとか、ああいう形式ばってんのすんげェ苦手で…もうずっと怒られてばっかりなんだよー」
 力なく布団になだれ込んで来て、情けない顔をして大地の目の前でやだやだと首を振っている。


 良く言えば自然体でやんちゃな魅力に溢れるミナトも、裏を返せばがさつで洗練されていないと取られかねず、確かに折り目正しく
優雅な所作は苦手そうだ。
「でも中村屋じゃァそこクリアできなきゃ店に立たせられないって言うし…どんなに品良く振る舞ったって最終的にはセックスすんだろォ、
ケツの穴が使えればいいんだからさァ〜」
 身も蓋もない言い方をするミナトに、大地は赤くなりながら苦笑した。


「オレ、実技は挿入も尺八も一発合格したんだから、その辺見逃してくれたっていいのに」
「え、実技は一発合格だったの?」
 よほど礼儀作法の授業で厳しく叱られているのか、腹立たしげにぶーぶー文句をたれているミナトに大地は驚いて目を丸めた。
「おう、だってオレ、十二の頃からこの道入ってんだぜ。今さら練習する必要なんてないさ、実務経験ありまくりなんだから」
 気を取り直してぱっと起き上がり、ミナトはえへんと胸を張った。
「ヘェェ…すごいや!」
 ペニスどころか、指一本迎えるのがやっとといった大地は、尊敬の眼差しでミナトを見上げた。


 長年第一線で陰間という仕事をバリバリこなしていた頼もしいミナトに、大地は自分の不甲斐なさを感じつつ教えを乞うた。
「あのさ、オレ…どうも菊門が狭いみたいで、指挿れられるだけでもんのすごく痛いんだ。シャマンさんには呼吸のコツを掴めって
言われたけど、ミナトは他に何かちょっとでも痛くならない方法とか知ってる?」
「痛くならない方法?ん〜…今はだいぶんその辺楽になってはきたからな…最初はどうだったか…確かにシャマンさんが言うように、
呼吸はまァ大事だな。けど他にってなると…ん〜…」
 腕を組んでミナトは本格的に考えている。大地は真剣にミナトの答えを待った。

 うんうん唸って、ミナトが口を開く。大地は何を言ってくれるのかと前のめりになった。
「……わっかんねェや、ごめん」
 人のいい困ったような笑みを浮かべて、ミナトはへらっと笑う。
 期待していた分、大地はずっこけそうになった。
「たぶん、頭で考えてねェんだよ。なんとなくその時のフィーリングっていうか、まァ早い話、適当に相手に合わせてこなしてる感じ。
何よりも経験だよ、何回かハメられてるうちにわかってくるって!」
「ハハ…ありがと」
 アドバイスと呼べるのかどうなのかはわからないが、彼らしい言葉で進言してくれるミナトに、大地は力なく笑いながら礼を言った。


「そんなお前は明日の実技…尺八か?」
 ミナトの問いに、あのスキンヘッドの男を思い出してため息をつきながら答えた。
「うん。クロマサって人に担当してもらうんだ。なんかちょっと嫌な感じの人だったから…オレも憂鬱だよ」
「そうか、クロマサか…」
 クロマサの名前を呟いて、ミナトは何か考えているような顔をした。
 だがそれは一瞬のことで、明るく言った。
「明日もお互い大変だろうけど、がんばろうな」
「うん」
 ミナトの目を見て大地は力強くうなずいた。励まし合える仲間ができて嬉しかった。