部屋の時計が九時を指していた。なんだかんだと二時間ほど話していたらしい。
大地はミナトと一緒にシャワー室に行き、再び自分たちの部屋に戻ってきた。
そろそろ消灯の時間なので、大地はミナトと別れ、自分の部屋に帰ることにした。
と言っても彼の部屋はすぐ隣だから、互いの部屋の前でおやすみの挨拶を交わした。
「あっ」
上がりかまちに片脚をかけて襖を開け、中に入ろうとしたミナトが小さく声を上げた。
同じく自室の襖を開けていた大地は、なんだろうとミナトのいる右側に顔を向けた。
「内鍵。部屋入ったら閉めとけよ」
「内鍵?」
そう言われてみれば、襖の内側に鍵がついていたのを思い出した。
引き違いになっている二枚の襖を交差面で繋げるねじ式のつまみがついている簡単なものだったが、昨晩は閉めずに眠っていた。
「ここって、陰間やその見習いの子どもが何人も寝泊まりしてるところだろ?時々、少年愛好者が忍び込んで来るらしい。オレらに無理矢理
いたずらしようってな」
「っ」
大地の身体がびくりと反応する。
昨日たて続けに男どもの欲望に晒された身では、その話がリアルに響いて怖ろしかった。
「他の陰間茶屋に比べて陰間の質が段違いにいいから、躍起になって入り込もうとするヤツらが後を絶たないらしい。侵入者を発見して
対処したものの、他にも壁や勝手口に忍び込もうとした形跡が残ってたり、必死に覗こうとしてた痕跡があったりとか、そんなのも含めると
結構な数になるって話だ。もしそんなヤツらに見習いが手篭めにされちまったら、被害者とは言えもうキズモノになったってことで、ここで
陰間デビューはできないんだと」
「……」
大地はごくりと唾を飲み込む。
中村と橋本の間には取り決めがあった。
それを考えると、そんなことでここを出るはめになるのは大いに困る。
深刻な表情で固まる大地に、ミナトは心配しないように明るく言った。
「ま、この中村屋は莫大な財力があるから強固なセキュリティを敷いてはいるけどな。がんばって忍び込めたとしても、実際は警備員に捕まるから
陰間や見習いに指一本触れられねェって言うし。でも自衛するに越したことはねェ。オレは隣にいるから、なんかあったら壁にもの投げつけるか
なんかしてすぐに教えてくれな」
「うん、わかった。ミナトも同じだよ、そんな時はすぐに知らせてね」
「おう!」
ふたりは笑って、それぞれの部屋に帰った。
大地はミナトに言われた通り、すぐに内鍵をかけた。
集団生活に慣れ、自分の部屋を持ったことのない大地には、鍵をかける感覚が抜け落ちていた。これからは気をつけようと思った。
何気なく窓の外を見てみると、昨日と同様、行燈風ライトに照らされた緑が美しく揺れる中庭が見える。
しかし今の話を聞いた後では葉蔭に不審者が潜んでいるような気がして怖ろしく、大地はすぐさま窓の前に設置してある障子を閉めた。
時間が経過するごとに痛みは軽くなっているようだったが、ミナトがくれた軟膏を菊門に塗っておこうとふんどしをほどいた。
そして、菊門がどうなっているのか鏡で見ることにした。
もともとこの部屋に置いてあった手鏡を前に、床に寝転んでお尻をやや持ち上げ、大きく開脚してみる。
その間もじくじく、ずきずきという響きが絶え間なく痛みの信号を発している。
菊門が痛々しいことになっているのではないかと、見るのが少し怖かった。
「……」
鏡に映ったそこはやや赤みがかってはいるものの、思っているほど傷ついていなかった。菊門周辺の腫れも少しだけだ。
大地はホッとしながら、緑がかった半透明の軟膏を指にとって、優しくその部分に塗り込んだ。
「っんっ…」
ひやっとした感触が熱を持っている菊門に触れる。ぞくりとして思わず小さく声を上げてしまった。
中もきっと腫れているとは思うが、そこに指を挿し込む勇気は出なかった。
なんだかすごい恰好だなァ…と自身のあられもない姿勢を客観的に考えて苦笑してしまう。
しかし今日は恰好どころか、菊門そのものまであのシャマンにまじまじと見られたのだ。
その上指を挿れられて、中を拡げられたなんて。
(今さらだけど、穴があったら入りたい…!!)
改めて今日の研修室のできごとを考えると、大地は恥ずかしくてカーッと頬を赤く染めた。
その羞恥を払拭するように、首を振りながらその体勢から起き上がった。
そうやってはみたものの、ひとりでいるとどうしても今日の実技研修に考えが及んでしまう。
それほどまで、いろいろと衝撃の連続だった。
思い返してみると衝撃だけではなく数々の疑問が浮かんだ時間だった。
それは主にシャマンの言動についてであるが、一番謎だったのは大地にさせていた服装だった。
あの研修の最中『不必要に脱がなくていい』という理由で、自分は着物を完全に脱がされていなかった。
他の子はほとんど裸だったのに。
隠すように足元を覆う毛布。
大地はあの時のことをじっくりと思い出す。
「……」
ひとつの考えが大地に浮かんだ。
シャマンは大地の肌を極力露出させないようにしていたのではないか。
そもそも挿入練習は、邪魔する布地が見習いの菊門を覆ってさえいなければ、教育係がそこに指なりペニスなりを挿れることに別段支障はない。
なのに他の少年たちは下半身はおろか上半身まで綺麗に脱がされ、その上触れられたり舐められたりしていた。
それは教育係が研修に乗じて、見習いの少年の肉体を好き勝手に愉しんでいる実態に他ならなかった。
最初に角刈りの教育係が見習いの少年の乳首を弄っている様子を見て、シャマンは不機嫌になった。
あれは、同じ教育係として角刈りの男の行動を許せなかったからではないか。
最後に現れたクロマサに対しても同じだ。
クロマサが大地に近づいてきた時、シャマンはすぐに足元に毛布を掛けた。
あれはクロマサの性的な視線に大地が極力晒されないよう、防ぐ意味があったのではないか。
クロマサが毛布の端に伸ばしてきた指の形。
今思えば、あれはきっと毛布を持ち上げて大地の素肌を覗こうとしていたのだろう。
それだけではなく、触れようと考えていたのかもしれない。
だからシャマンは非難するような厳しい口調で注意したのではないか。
窓の方を向いて寝転んでいたのを逆向きに変えさせたことだって、あのまま脚を部屋側に向けていたら、いくら毛布を掛けていたりシャマンが
脚の間にいたとしても、教育係の視線がどこかから向けられてしまう可能性がある。
またシャマンは、最初に大地の菊門を見た以外は、毛布で覆ってあえて目にしないようにしていた。
それにその菊門を見つめる目には、性的ないやらしさは一切なかった。客の小泉やクロマサが見せた下衆な欲望を纏うものとはまるっきり違っていた。
陰間になるための教育は行うが、いたずらに少年を辱めない。
そんなシャマンの主義を物語っている気がした。
これはあくまで大地の憶測ですべてがその通りかどうかはわからない。
ただし、大地は本能的にそうであろうと察知していた。
シャマンとあれだけ近くで接したゆえにわかる、確信めいた答えだった。
(シャマンさん…)
大地はシャマンの優しさに、切なくなった。
布団を敷いて、そこにころんと寝転ぶ。
ミナトがくれた軟膏のおかげか、菊門の痛みはだいぶん引いていた。
本当だったら楽になれてバンバンザイなのに、今となってはそれが少し寂しかった。
(痛いってことは、シャマンさんがここに触れてた証拠だもんな…)
もぞもぞと股間に腕を伸ばす。
前から回した指の先でふんどしの上から、つん、と菊門に触れてみた。
「っふっ…」
触ったことで軽く痛みが走ったが、大地の口からは甘い声が漏れた。
(シャマンさん…シャマンさん…今、何してんだろ…)
消えかかる痛みを心の中で手繰り寄せながら、大地は静かに瞳を閉じた。
