百華煉獄4
 この時代は、男色ブームが隆盛を極めていた。
 男が男を恋愛、性愛の対象とすることは公然となり、街には男同士で親密に腕をからめて歩く者が数多くいた。


 かつての武家社会のように権力を持った者が少年を囲ったり、『兄弟契約』を行うことが社会通念のひとつに自然に組み込まれていた。
 それが表わす通り、中でも特に人気があったのが少年愛であった。
 成人男性が思春期前後の少年と性愛関係を結ぶという、いわゆるお稚児趣味と呼ばれるものだ。

 むろん、肉体・精神ともに未発達で判断力に乏しい少年を性的ターゲットにすることは絶対に許されないと、児童愛護団体や
いくつかの人権組織がデモや署名などの反対運動を起こしてはいた。
 だが、少年愛は市民の支持が圧倒的に高く、ほとんどの人間が聞く耳を持たなかった。

 その理由のひとつに、国の権力者の多くが少年愛好者であることが大きく影響していた。
 当然、児童愛護団体や反対派の政治家からは猛反発を食うも、大物政治家の何人かは大の少年好きであったため、自身の趣味を
邪魔するようなものはすべて撤廃していた。
 国民にも『お稚児趣味は昔の武家社会の契りという、美しい絆を結ぶ実に崇高なものだ』と唱えてはばからなかった。
 彼らは可愛い少年を連れて接待を行うことも、公然と行っていた。


 そんな少年愛は、大人たちの間では数年前から認識されている性的嗜好であったが、性愛の対象にされる当の少年たちはというと
大部分はその存在を知らなかった。
 知人から肉体関係を持つよう誘われたり、またレイプやレイプまがいの被害に遭った者でないと、そのような世界があることを
知る者は少なかった。

 そんな中、爆発的に需要が高まる一方の少年愛に対して供給を行うべく出現したのが、少年売春を行う店『陰間茶屋』であった。
 店にもよるが、陰間茶屋は料理屋や宿も兼ねていて、その店に所属している少年が客に肉体を提供する。
 その陰間茶屋街の有名どころは『ネオ芳町』『ネオ芝神明社門前』『ネオ湯島天神境内』で、三大男色色街として人気を博していた。


 中でもネオ芳町は質の高い少年を多く抱え、規模が大きいと名高かった。
 少年を買ったことのある者なら必ず足を踏み入れる街と言われるほどであった。

 『太陽』に現れた中村という男は、そんなネオ芳町の中でも『最高峰の陰間茶屋』と謳われる、『中村屋』という店を営んでいる
男だった。
 今あるこの陰間ブームと、ネオ芳町という陰間茶屋街を作ったのはこの中村だ。
 三大男色色街の残りふたつはネオ芳町の成功に続けと二匹目のドジョウを狙ってできたもので、この男が現在の陰間業界の
すべての始まりであり、牽引者だった。
 わずか三十歳過ぎで陰間茶屋と茶屋街の構想を持ち、十年足らずで大物有力者の顧客を数多く持つほどの大店のオーナーになった中村。
 彼のことを皆『ネオ芳町の王者』と呼んでいた。

 その王者は、自慢の店で売り物になりそうな男児を仕入れるため、さまざまな手を使って子どもの情報を手に入れていた。
 大地のところへは店のスカウトマンの一報を受け、『太陽』の内部を調べ上げて直々に参ったというわけだ。


 陰間になるにはこういったスカウトの他に、経済的に苦しい状況の家庭の親が我が子を売りに来るというケースも多くあった。
 自身の志望もまれにはあるが、そのふたつに比べると微々たるものだった。

 陰間茶屋で働く子どもに対し、表向きにはこう言われていた。
 『彼らは自分から望んで陰間になった者だ』。
 『子どもたちだってセックスをしたいという気持ちがあるのだから、性の自主性を持たせるべきだ』。
 『自分の身体を売ることと引き換えに金を得ているのだから、子どもと言えど搾取されるだけの存在ではない』。

 だがこれらは陰間茶屋に通う政治家や有力者が、非難を浴びないために体のいい理由をつけて捏造したものだった。
 実際は借金や生活苦のカタに、何も知らず男に身体を売ることを強要されている者がほとんどだった。


 みなしごの大地。
 彼も他の多くの少年たちと同様、ギャンブル依存症を患う院長が借金帳消しと今後の遊ぶ金欲しさに、何も知らずに陰間茶屋に
売られる悲しい運命を辿ることになった。