百華煉獄46
 大地は突然、すごい力で口をふさがれた。
 一瞬のできごとで何もできずにクロマサのなすがまま、頭と身体を畳に縫いつけられる。
「っ!?」
 驚きのあまり目を丸めてクロマサを見た。
 クロマサは大きな身体全体で覆いかぶさってきており、大地の自由を完全に奪っていた。
 そして血走った目で大地に告げた。

「尺八練習の予定を急遽、挿入練習に変更だ」

「っ…!!!!!」
 大地はまん丸の瞳でクロマサの目を見つめ返した。クロマサはさらに目を血走らせて続ける。
「これはあくまで挿入の練習だからな、別にセックスするって言ってんじゃねェんだ。でもちんぽこ突っ込んだ後、しばらく出したり挿れたりして
動くかもしれんが、それはお前の狭い菊門をちんぽこに慣らすためにやることなんだ、絶対セックスじゃねェからな」
 切羽つまったようなクロマサは、息を荒げて大地に擦り寄った。


 この男は何を言っているのだろうか。
 何やら言い訳めいたことを早口でまくし立てているが、それは並木が言っていた教育係が行ってはならない禁止事項ではなかったか。

(いやだ、なんでこの人そんなことするんだよ…いやだ!!!)
 大地の瞳から大粒の涙がこぼれた。
 クロマサはそんな大地を見て、眉を八の字にしてたまらないといった様子で呟いた。
「あーもう、お前のそんな顔がこっちの理性ふっ飛ばしちまうんだよ…嗜虐心そそられるっつーか…内緒にしててくれよ、中じゃ出さねェから、
ちんぽこ突っ込んでちょっと動くだけだから。午後の授業で菊門見たシャマンがなんか聞いてきたら、『急な挿入練習で傷がついただけです』って
口裏合わせといてくれな。オレが動いたなんて正直に言ったりしてみろ、デビューできなくなって困るのはお前だぞ」

 大地はそれを聞き、ミナトの言葉を思い出してハッとした。
 『手篭めにされちまったら、被害者とは言えもうキズモノになったってことで、ここで陰間デビューはできないんだと』。

 今からクロマサがしようとしていることは無理矢理セックスに及ぼうとする、それと同じではないのか。
 この場合はどうなるのだろう。教育係が無理矢理手篭めにしようとしているこんな場合は。

 『ご法度だ』『口裏合わせといてくれ』と言うクロマサの言葉から、彼にとってもこのことが明るみに出るのはまずいようだ。
 彼は大地にデビューできなくなるかもしれないという危機感を抱かせ、それを利用して欲望を満たし、秘密裏にその事実を闇に葬ろうとしている。
 大地は愕然とした。


 クロマサは大地の口をふさぐ手にぐっと力を込めた。
 そのまま顔の間近に迫る。昂りを抑えきれないようで、震える声でクロマサは続けた。
「ここは実技の部屋だから、ガキがひぃひぃ泣き叫んでも別段問題ない場所だが…突っ込んで揺さぶったら、さすがに声の調子でバレるかもしれねェ。
すまねェがこうさせてもらう」
 それからぐっと前かがみになり、片方の手で魔羅を支えて大地の菊門にあてがった。

「……!!!」
 ひく、と大地の胸がわななく。
 クロマサは大地が大声で悲鳴を上げることを怖れているようだが、口をふさがれずとも喉につめものをされたように少しも声が出なかった。


(いや、いやだ、怖い、いやだ)
 大地の恐怖心を悟ったのか、クロマサが大地の首筋に口づける。
「だーいじょうぶだ、優しくしてやるから…」
 そして心の準備を整えるように『ふぅーん』と大きく鼻息を噴いて、菊門を捕らえた魔羅の頭に圧力をかけた。
(……!!!!!)


 大地がぐっと身を強張らせたその時、クロマサの動きが止まった。
 大地に分け入ろうとしていた魔羅にかかる力もそれ以上加わることがない。

「…?」
 大地はおそるおそるクロマサの顔に視線を移した。
 彼は何かを察して、その動向を窺うように一点を見つめ静かにしている。
 そして、ピク、と小さく反応した後、急いで身を起こした。


「ほら、お前も起きろッ」
 大地は立ち上がるクロマサに腕を取られ、寝転んでいた状態から無理矢理座る体勢に戻された。
「ッ…?」
 わけがわからずされるがままになっている大地の耳に、外の廊下からかすかな足音が聞こえてきた。

 クロマサは大慌てで着物を羽織っている。
 勃起した魔羅の先から透明な滴が垂れているのが覗き見えて大地は目をそらした。
 その時、静かに実技研修室の扉が開いた。
 現れたのは中村であった。


「クロマサ…ここにいたんだな」
 中村は冷ややかな目でクロマサを見つめる。そしてちらりと大地にも一瞬視線を送った。

 どうやらクロマサを探してここへやって来たのであろうが、そのことには触れずに冷たい眼差しのまま言った。
「朝から実技研修とは感心だな」
 そう言うものの、口ぶりは彼を非難するようなものであった。


 経営者に呆れた口調で嫌味を言われ、クロマサは慌てて弁解した。
「や、この大地が、相当あの…実技研修に時間がかかりそうって思ったんで、早めの…ほら、スケジュールを組んでやらないと、デビューが
遅くなるのもアレなんで、ちょっとね」
 いそいそと股間を隠しながら言い訳するクロマサに中村はぴしゃりと返した。
「見習いの研修スケジュールはすべて私が決める。お前らが口を出すことではない」
 怒鳴っているわけではないのに、威圧的な声音は相手をたちまち委縮させる迫力があった。

 大地の周りにある尺八練習グッズを一瞥して中村がチクリと指摘する。
「尺八練習なのにグッズを使用してないみたいだが」
「あ、ああ、これはね、何も知らない大地に、セックスの流れを少しばかりレクチャーしようって一心であって…やましい気持ちなんて
これっぽっちもありやせんよ」
「…あんなにマーキングしておいて、どの口がほざいてる」
 薄くて白い少年の身体についたいくつかの内出血の跡を見て、中村は忌々しげに吐き捨てた。

「一時の欲望で人気陰間になれる逸材をつぶすような真似をする者はこの中村屋に必要ない。私の言っていることがわかるなクロマサ」
 裸に剥かれた身体にいくつものキスマークをつけられ泣き明かして呆然としている大地を見て、中村はここでクロマサがどんな行動を取ったかを
しっかり把握しているようだった。

 クロマサは大きな身体を縮こめて、俯きながら返事をした。
「へぇ、へぇ。それは重々承知しておりやす。あっ、オレ決して最後までなんて…レイプしてやいませんからね!?」
「当たり前だ、中村屋を辞めさせられたいのかお前は!」
 取り繕うクロマサを中村は鋭い目で睨む。
 これ以上弁解するとヤバいと感じたクロマサは、ひゃっ!と肩をすくめて詫びた。
「そ、そんなこと…!出過ぎたことをしやしてすいやせん」

 中村ははぁ、とため息をつき、この話をやめてクロマサをここへ探しに来た理由を話した。
「今から新入りの面接が数件入ったから、私と一緒に来い」
 そう言ったもののクロマサの着物の股間部分が隆起しているのに気づいて、再びため息をついた。
 やれやれ、といった様子でクロマサの旺盛な性欲にほとほと呆れているようだった。


「ソレ、今ここで早々に大地に手淫で処理させろ」
「ヘェ、じゃあ少しお待ちいただくとして…ほら大地、オレのちんぽここすれ」
「っ」
 大地は腕を取られ、初日に小泉のモノにさせられたように、グロテスクに勃起したクロマサの魔羅を握らされた。

「ぐっ…」
 カチカチに勃起した魔羅の先からにじんでいる透明な汁は、その竿の部分にすでに伝い落ちている。
 あの独特の嫌な感触が掌全体に纏わりついて、大地は鳥肌が立った。


 こいつは、決まりを破り自分を犯そうとした。
 この魔羅で。

 そう思うと、虫唾が走るほどの生理的嫌悪感がより増大する。
 大地の瞳から再び涙が溢れてきた。


「っあ〜…気持ちいい〜。だけどもう片方の手で先っぽ弄ったり、亀頭と竿の境目に触ればお客様はもっと悦んでくれるぜ」
 クロマサは小さな手の上から自身の手を重ね、大地の動きを誘導する。
「くっ…んっ…」
「あぁ、はァ…い、いいぜ…」
 そんなふたりを中村は腕を組んで見ていた。相変わらずその瞳は冷淡そのものだった。

「あーあー、もう…出る、出るッッ」
 クロマサは長い間我慢していたこともあって、ものの数分で快楽の極みに達するようだった。


 彼は大地の手ごと自身をわし掴みにして素早くこすった。
 手の中の魔羅が硬度を増して大地を威嚇する。大地は泣きべそで、男を無理矢理絶頂へと導かされていた。
「うぅ、ひっ…ぃん、うぅっ」
「あ、出すぞぉ、大地…大地ッッ!!!」
 クロマサは大地の名を叫んで、盛大に少年の顔に射精した。
「んんっ!!!」
 頬や口元に熱いものが勢い良くかけられる。大地は突然のことに目をぎゅっと瞑った。


「あぁ、はぁ、はぁ…」
 クロマサは残りの精液を最後の一滴まで出しきろうと、自身の魔羅を大地に向けてこすっていた。
 躍り出た白い液は数回宙を舞った。最後の方は初めほどの勢いがないため、ポタ、ポタと魔羅の先端から滴って、大地の胸や太ももに垂れ落ちている。

「…ぅ…ふ…」
 顔や身体に吐き出されたクロマサの欲望。
 危うく犯されるところだった男の精液。形は違えど、穢されてしまった。
 とてつもない嫌悪感と恐怖。そしてそれに抗うことが許されない自分の宿命。
 大地は泣くことしかできないでいた。


 中村の邪魔が入らなければ本当は大地とセックスできたのに。
 男を知らない名門を、この魔羅で味わうことができたのに。
 クロマサは大地の手によって射精できたものの不本意で悔しさが残った。
 そんな中、大地の顔を精液で汚すことは征服欲が満たされると同時に、欲望が叶わなかったことに対する憂さ晴らしでもあった。
 しかし哀れにも男の欲望に翻弄され恐怖と悲しみに暮れている大地を見ると、クロマサは新たな性的興奮に包まれた。


 中村は実技研修室の扉を開いて背中越しに告げた。
「行くぞクロマサ」
 犯されそうになり、あげく手淫で顔に射精された大地の動揺などひとつも気に掛けていない、血の気の通っていない声だった。
 彼の非情さを端的に表していた。

「へい、ご主人様すいやせん。お待たせしやした」
 クロマサは気持ちを切り替え、すっきりとした表情でふんどしを手に立ち上がった。着物の前を簡単に合わせながら中村の方へ行こうと一歩踏み出す。

 ちらり、と大地に視線を移す。
 顔に濃い乳白色の精液をべったりとつけたまま、ショックの連続で大地は呆然としているようだった。
 クロマサは腰をかがめて、大地の耳元で釘を刺した。
「オレがハメようとしたってこと、他の教育係や見習いどもの誰にも言うんじゃねェぞ」
 そう言い残して、クロマサは中村の後を追いかけ、出て行った。


 広い実技研修室に大地はひとり残されて、ただそこに座ってぼんやりしていた。
 恐怖の果てに追いつめられた大地は感情が追いつかず、無表情だった。
 だが極度のショックと狼狽とで、顔色は青ざめていた。

 視線の先には中庭が見えた。
 数時間前に見た雀と同じ雀だろうか、また数羽舞い降りてきてチュンチュンとにぎやかに遊んでいる。

「……」
 表情のない大地の頬に、ほと、ほと、と再び大きな涙の粒がこぼれ落ちていく。
 それはそこに吐き出されたクロマサの精液と混じり合い、晒されている太ももにもぽたりぽたりと落ちて弾けた。


 大地はしばらくそのままで、窓の外の雀たちを見つめていた。