次の日の朝はお互い眠たくて仕方がなかったが、なんとか起き上がって身支度を済ませた。
ミナトは珍しく緊張気味に礼儀作法の部屋へ向かう。
「ミナト、大丈夫だよ。昨日あれだけがんばって復習したんだ。今回だっていつものミナトらしく、カッコ良く乗り切れるさ!」
「へへ、いつものオレらしく、か。ありがとな大地、元気出た!行ってくるな!」
別れ際に勇気づけると、ミナトは明るく大地に手を振りながら並木の待つ礼儀作法室へと消えていった。
(きっと大丈夫さ。ミナトなら、大丈夫)
大地は何度もそう思いながら、自身も文字や手紙の書き方の基本的な部分を改めて教わるべく、教養室へ向かった。
大地はまずまずの進み具合で、教養や礼儀作法の授業をこなせている。
知識や教養などにはてんで自信がなかったが、この感じだとどうにかミナトのように手こずらなくて済みそうだった。
だが大地は大地で、別の大きな問題を抱えていた。
それは。
「午後の君の授業内容は、実技研修室でペニスの挿入練習だ。担当の教育係はシャマンだぞ」
教養室を出る際、そこの教育係から告げられたまさにそのこと。
ペニスの挿入が大地にとって大きく立ちはだかる壁だった。
シャマンが相手ということだったが、やっぱり大人の男の太い逸物が挿入されることが、純粋に怖かった。
考えただけで昨日クロマサが魔羅を菊門に押しつけてきた感覚が生々しく蘇ってくる。
激痛とその恐怖を、ちゃんと乗り越えられるのか。
どんどん不安が高まってしまった。
午前は筆記試験だったミナトと食堂で落ち合い、昼食を食べた。
試験の手応えとしては、ミスもしたけど自己採点では余裕で合格ラインを越えているとのことだった。ミナトの話を聞いて大地もホッとした。
午後はいよいよ一番苦手な所作の試験だからとても緊張するとミナトは漏らす。
大地も初めての挿入練習を行うことを告げ、とても怖いし緊張していると打ち明けた。
ミナトは、お互い大変だけどやりきろうぜと励ましてくれた。
彼らは再び、お互いの課題を乗り切るため解散した。
そして。
大地は実技研修室の窓際にいた。
目の前にはシャマン。
「前みたいに頭をあっちにして、ふんどしをはずして寝転べ」
彼はそっけなく指示を出す。大地は無言でそれに従った。
昨夜シャマンに対していろいろ考えていたから、今日も顔を合わすとドキドキしてしまって仕方がなくなるかもしれない、とさっきまではそう思っていた。
確かに会う前はドキドキしたし、実際顔を見ると昨日の優しさが思い出されて胸が高鳴った。
だが今はそれに加えて、挿入に対する大きな不安や恐怖が大地の中に増幅していた。
このドキドキが『恋愛的な感情』のためか恐怖のためか、はたまたもしかしてその両方のせいなのか。
自分のいろんな感情に振り回されて、大地は少々混乱しつつあった。
そんな大地に、シャマンのそっけなさはかえって安堵感を覚えるような気もした。
が、混乱していく頭では実際のところ良くわからなかったし、やはり不安だった。
シャマンは前回同様、毛布を足元に掛けて大地の脚の間に入り込む。
「…はっ」
ローションをつけた指が菊門に触れた際、クロマサにここを舐められた感触を思い出し、反射的に声を上げてしまった。
(思い出すな、あいつのことは思い出すな)
大地は何度も何度も自分に言い聞かせた。
「ふっ…ん、ふぅー…、」
菊門に指が入り、ほぐすために動いている。
教わった呼吸を大地は懸命に繰り返すものの、おととい以上に身を硬くしていた。
(や、…やっぱり痛いし…怖い…)
『思い出すな』と唱えても、もうその時点でクロマサのことを脳裏に描いてしまっているのだ。
大地はぎゅっと目を閉じた。
そうすることで、あの男のことを頭から振り払えるような気がしたからだ。
シャマンは精いっぱい我慢している様子の大地に気づいてはいたが、淡々とことを進めていった。
とうとうペニスを挿入する時が来た。
シャマンは自分の勃起したペニスを毛布で見せないようにし、大地に声を掛けた。
「魔羅を挿れるぞ」
「っ……!!!」
「指の時と同じように呼吸を調節しろ」
毛布のおかげで見えはしないが、シャマンが大地の脚の間に身体を進めてくる。
クロマサと違い上半身を起こしているため、身体の密着はほとんどない。
だが大きく割り拡げられた脚の間に男がいて、挿入の体勢に入っていることがやはり怖ろしかった。
静かにシャマンのペニスの先が菊門にあてがわれた。
(っ……!!!)
大地の身体がなお一層強張る。
(思い出すな、思い出すな、思い出すな)
そう何度も言い聞かせるが、次の瞬間、耳元でくぐもった声がした気がした。
『だーいじょうぶだ、優しくしてやるから…』
(!!!!!)
クロマサがごちゃごちゃと言い訳をしながら自分を犯そうとしたあの脅威がたちまち大地を包み込んだ。
「やっぁ…!」
大地は無意識に叫んでいた。
クロマサから植えつけられた絶大な恐怖感。それらが瞬時に蘇った。
それは圧倒的な素早さでたちまち大地の全身を襲う。
相手が好意を寄せるシャマンだから大丈夫、などと考えられる余裕はなかった。
あのトラウマは簡単に拭えるような生半可なものではないのだ。
シャマンは大地の反応に動じずいったん菊門からペニスを退かせ、その顔を見つめた。
反対に同じ研修室内で挿入の練習に励む少年たちや教育係は、大地の声に驚いて視線を寄越してきた。
慣れない挿入練習に多くの少年たちは苦しみから多少なりとも悲鳴を上げる。
ゆえに彼らは自分や他の見習いのそのような姿には慣れっこになっているはずだった。
この部屋では日常茶飯事のシーン。教育係となればなおさら間近で目にしている。
なのにそんな彼らが一様にハッとさせられるほど、大地の叫びは悲痛で痛々しかった。
ペニスの先が菊門に触れただけの状態だった。
それだけで大地は間近に迫るクロマサの顔がフラッシュバックしてしまった。
「…っ!!!」
見開かれた瞳はたちまち涙でうるんでいく。
身体は硬直し、かつ小さく震えていた。
表情は恐怖におののくそのもので、硬く強張っている。
「あ…っ…ぁ、あ…!」
視線はシャマンの方に向けられているが、そこにいる人物がシャマンとはもう認識できていないようだった。
「……」
シャマンはそんな大地を落ち着いた様子で見下ろしている。
大地の涙はその長いまつげを濡らし、両の耳側へ流れていく。着物越しに薄い胸が浅い呼吸を必死で繰りかえしているのがわかる。
シャマンの胸が鋭く痛んだ。
男の強引な性的欲望に、無情にも晒されてしまった大地。
少年のこの恐怖は、この苦しみは。
今では遠い彼方になってしまったところで、シャマンが触れたことのあるものと同じだった。