大地は今後、性的欲求を満たす道具として獣のような男たちに自身を提供し続けなければならない。
それは本人がどんなに嫌がろうが、避けようのない残酷な現実だった。
哀れではあったが、シャマンは冷静に大地に呼び掛けた。
「大地」
目の前で行われるシャマンの呼び掛けに、大地は応じる気配を見せなかった。
「っ、はっ…はっ…くっん、っ」
それどころか呼吸がますます速くなり苦しそうだ。
シャマンはハッとして眉をしかめた。
過呼吸かもしれない。
「大地!!」
シャマンは大地にさらに強く呼び掛ける。
「……!!」
しかし大地は返事をしなかった。
シャマンの呼び掛けに気づいているのかいないのか、目を見開いたまま強張っている。
周りの少年らや教育係はシャマンの叫び声で何かただならぬことが起こったと気づいて、ますます注目している。
「大地、大地!」
「ひっぅ、うっく、」
怖れがありありと浮かぶ瞳のまま、大地はようやくシャマンの呼び掛けに反応を見せた。
シャマンの瞳を正面から見つめ返す。
息をしようと懸命だったが、まだ元通りにはいかないようだ。
「っ、?…」
大地の顔がさらに不安に襲われた。
息がうまくできないことに気づいたようだ。
「っ…ひっ…ん、ぅ…!!」
再度パニックに襲われそうになったその時。
シャマンが大地に寄り添うように寝転んで、身体を寄り添わせてきた。
「っ!?」
ビクリ、とさらに身を硬くする大地の背中に素早く腕を回し、シャマンは華奢な肩へと手を伸ばして自分の方へ引き寄せた。
自然とシャマンの顔が間近に迫って、大地は目を見開いた。
驚く大地に、シャマンははっきりと尋ねた。
「大地、今お前に触れているのは誰だ?」
「…っ…?」
シャマンの質問の意図がわからず大地はすぐに答えられなかった。
不可解そうな顔で自分を見る大地に、シャマンは再び尋ねる。
「今お前に触れているのは誰だと聞いてるんだ。答えろ」
やや厳しい口調で促すシャマン。
大地はその瞳をじっと見つめた。
(…この人は…)
自分を見つめるブルーの瞳は、良く見ればところどころグリーンの混じるなんとも言えない美しい光を放っていた。
こんな色の宝石を施設のテレビで見た覚えがある。
北欧にある国の宝だというその宝石は国王に代々受け継がれており、戴冠式にのみ国民が目にすることを許されるほど大切にされているものだった。
何気なく見ていた大地の心を捕らえるほどその宝石は美しかった。
あれはなんという名の宝石だったのか。
そんな宝石みたいな目でオレを見て、オレに触れている人。
それは…。
「シャマン…さん」
大地は小さく、そしてかすれた声で答えた。
が、もう一度、ぐっと喉に力を入れて口にした。
「シャマンさん」
「ああ、そうだ」
そう言って、シャマンはふっと笑った。
それは優しく包み込むような笑顔であった。
「……」
大地はその顔を見てドキリとした。
シャマンの笑顔を初めて見たのはおととい。一度目はからかう時、二度目は確か挿入練習の時に『自分を追いつめるな』と言われて、
思わずじっと見つめ返した時だ。
励ますような慈しむような、とてもあたたかなものだった。
ハッとした表情のまま見つめてくる大地をシャマンは間近で見つめ返し、言い聞かせるように言った。
「今お前に触れているのはオレだ」
「…!」
「しっかり目を開けてオレを見ていろ」
今オレに触れる人はシャマンさん。
シャマンさん。
シャマンさん。
大地は何度も頭で反芻した。
その言葉を確かめるように、大地は間近にあるシャマンの瞳を見つめた。
大地の大きな瞳には涙がたまり、収まりきらなくなると大粒の塊になり下に落ちていく。
シャマンは黙ったままその様子を見守っていた。
しばらくすると、先ほどまで苦しかった呼吸がずいぶんと楽になった。
また霧が晴れるように、不安と恐怖に覆われていたどんよりとした心が軽やかになる。
「っ、ひっぅ、んぅ、っ」
気持ちも身体もずいぶん楽にはなったものの、しゃくり上げるのが止められなくて大地は焦った。
「…っ?ひっく、んっ、ひん」
どうにか止めようとしてもうまくいかない。
それなのにシャマンがすぐ傍でそんな自分を見つめてくるので、どうしようもなく恥ずかしく赤面した。
「くっん、くひっ…ううふ、ひくっ」
口元を覆うも、焦れば焦るほど変な声が出てしまい余計恥ずかしい。
大地はあたふたとシャマンの胸元でもがいた。
その時、ふっ…というふわりとした柔らかい音がかすかに聞こえ、間を置かずに大地の前髪が少し揺れた。
「…?」
大地がそっと顔を上げると、シャマンが微笑んでいる。
シャマンはそのまま大地の頭に手をやり、くしゃっと撫でた。
緑が混じる碧い瞳は、宝石に加え南国の海をも想起させ、ただただ見る者を不思議に魅了する。
「……」
大地は恥ずかしいのも忘れ、シャマンの瞳に見惚れた。
「…もう苦しくないか?」
大地の呼吸が元に戻り、しゃくり上げてしまうのも止まったようなので、シャマンが優しく問いかける。
その問いで初めて自分が落ち着いたことに気づいて、大地はホッとしたように答えた。
「…うん」
「……」
大地の返事にシャマンはふっと笑った。その拍子に、大地の前髪がまた少し揺れる。
さっきのはシャマンが笑ったからなのか。
そう思うと、こそばゆかった。
『お前に触れているのはオレだ』。
この言葉で大地はクロマサから受けた深刻な性的ダメージを払しょくできた。
シャマンは大地が昨日クロマサに過度な実技研修を受けたことを知り、午後の予定を変更してくれた。
今回だってあの時のショックが並々ならぬものであることを察知し、乗り越えるために安心させてくれたのだろう。
何も言わないで。
クロマサとの一件を言葉にしないで、行動でいつもオレを励ましてくれる。
夜中に運んでくれた食事も、研修内容の変更も、今も。
シャマンさんはいつもそうなんだ。
何も言わないで、元気づけてくれる。
自身に芽生えた不思議な感覚の正体。それにやっと自覚が持てた。
(今ので気づいた。…オレ、シャマンさんに恋してる。シャマンさんのことが誰よりも大好きだ)
そう思った瞬間、大地の心臓の鼓動が一気に跳ね上がった。
大地は心配するシャマンに肩を抱かれた体勢のままだった。
その胸元に置いた手に、自然に力を込める。
(シャマンさん…シャマンさん)
彼の存在を希い、無意識に着物の生地をぎゅっと掴んだ。
そしてそっと、わずかにではあるが、シャマンの胸に寄り添った。