研修室を出た大地は、ずきずきと熱を帯びて菊門が断続的に痛むのをなんとかこらえながらシャワー室に向かった。
個室に入りシャワーを浴びながら、先ほどの挿入練習の様子を思い返す。
クロマサに生じた脅威から過呼吸を起こしてパニックになってしまった。
だが、シャマンの呼び掛けでどうにか自分を取り戻すことができた。
あの時の教育係がシャマンではなかったら、あのままどうなっていたことだろうか。
厳しいけど、優しい。
シャマンさん、大好き。
研修中に純然と抱いたこの想い。
「ぁいたっ」
うっとりとシャマンに想いを馳せていると、菊門に鋭い痛みが走って大地は思わず声を上げる。
はっきりと恋心を自覚した相手、シャマン。
この痛みはそのシャマンのものが入っていた証だ。
なのでそれが無性に嬉しかった。
しかしそれと同時に、無性に寂しくも感じる。
シャマンはどの子にも優しいから、自分と同じような想いを抱く少年たちに慕われることなんか日常茶飯事時、超慣れっこであろう。
言わずもがな、大地とシャマンの関係は、陰間デビューを目指すいち見習いとその教育係というだけ。
それ以上でもそれ以下でもない。
それでも大地は自分の中に初めて芽生えた感情が純粋に嬉しかった。
こんなひどい場所でも、優しくしてくれる人がいる。
これは陰間デビューを志す子どもには酷な感情であった。
まだ大地は幼いためその苦しさや辛さを知らない。
ただただ特別な感情を抱いているシャマンの傍にいられる今この時を、幸せだと感じるだけでいられた。
一方シャマンも、大地が自身に心を寄せたことに気づいていた。
だがその気持ちに気づかないふりをすることに決めた。
慕われるのはこれが初めてではない。最近では拓海がその代表格だ。
ここでの生活が辛くて寂しい陰間やその見習いたちが自分を慕うのは、ここの大人の中でいくらかマシに接する自分に好意を抱いただけのこと。
そういう恋心のような類のものは、こんなところでは抱かなかった方が楽な感情だとシャマンは感じていた。
大地がどんなにシャマンに恋焦がれようとも、彼は陰間デビューして無数の客に身体を売り続けなければならない身。
その時改めて陰間という仕事に嫌気が差すだろう。
それならばいっそ、何も感じずに淡々とここで毎日を過ごしてデビューする方がいくらか心穏やかでいられると思う。
クロマサにレイプされかけた大地を可哀想だとは思うが、あまり優しくし過ぎるとあいつのためにならないとシャマンは気をひきしめた。
身体を洗ってさっぱりした大地は食堂に着いた。
ミナトと一緒に夕食を摂ろうと、配膳トレイを持たずにテーブルに着いて彼を待つ。
ミナトの結果が気になって仕方なかった。
ミナトなら大丈夫だとは思うのだが、想いが強い分空回りなどしていなければいいけれど…と、近くで試験を見ることができなかった分、
ついつい余計なことを考えてしまう。
時折、ズキンと菊門が痛む。
その痛みで先ほどのペニス挿入練習の様子が目の前に浮かんできてしまった。
思い出して顔を赤らめつつ、ミナトを待った。
大地はお尻が痛いためドーナツクッションを敷いて座っていた。
すると、それを誰かにグイッと強く引っ張られた。
「いっ…!!!」
あまりの痛みに涙目でそちらの方を見ると、見習いの少年三人がうすら笑いを浮かべて大地を見下ろしていた。
「な、何すんだよっ!」
「そのクッションはオレがいつも使ってるやつだぞ。返せ」
そう言って一番手前にいるリーダー格の少年が、大地のお尻の下のクッションを再び取り上げようと引っ張ってくる。
このクッションは個人個人に与えられているものではないはずだ。
食堂を利用する者の共有物品に過ぎず、これは誰それの、あれは誰それの、など聞いたことがない。
この少年は大地が気に入らないから難癖をつけてくるのだ。
大地は腹が立った。何故こんな風にからんで来られるのか理由がわからない。
「なんでそんなこと言うんだよ。これはみんなのものだろ!」
立ち上がった拍子に大地のお尻から自由になったドーナツクッションが少年の手に渡る。
少年は大地から奪い取ったクッションを一瞥し、そのまま床に放り投げた。
「!?」
大地はさらにわけがわからなくなった。
この少年がクッション目当てじゃないのは最初からわかっていたが、何故こいつにこんな風にされなきゃならないんだ。
それがまったくわからなかった。
少年が冷めた表情で答えた。
「そうだよ、みんなのものだよ」
「…え?」
少年の言動の意味がわかりかねて大地は混乱する。それを見て、少年らはみんな小馬鹿にしたように笑った。
ムッとしつつ不審な表情を浮かべる大地にいちゃもんをつけてきた少年が言った。
「シャマンさんはここの見習いみんなのものだからな」
「…っ」
唐突にシャマンの名前が出てきて大地はハッとした。
そんな大地を睨みつけながら、少年らは口々に大地を責め立て始めた。
「お前、さっきの研修室でシャマンさんにずいぶん甘えてるみたいだったな」
「呼吸困難のふりお疲れ様〜」
「ここぞとばかりに密着しやがって」
「シャマンさんの優しさにつけ込むみたいな真似やめろ」
「目をかけてもらえるようずるっこい演技なんかしやがってよォ。見てて気分ワリィぜ」
「………」
あの時息が苦しくなったのは、いまだに自分でも良くわからない。
クロマサの野獣のような姿が思い出されてただただ怖ろしかったのだ。
それをシャマンにかまってほしいがための演技だと言われるなど、大地からすると屈辱以外の何物でもなかった。
「演技なんかじゃな…!」
言い返そうとしたその時、最初にクッションを取り上げた少年がドンッと大地の肩を突き飛ばした。
その拍子に、大地は後ろによろめいて再び椅子に腰掛けてしまう形になった。
「んぅっ」
クッションのない硬い座面に結構な勢いで尻もちをついてしまい、挿入練習をした菊門に衝撃が走る。
肩をすくませ顔を歪めて痛がる大地を見て、少年たちが痛快そうに笑う。
「騙されるなよ、これも演技だって」
「おおっと、上手過ぎてマジかと思うとこだったぜ」
「お前ら…」
好き放題言われて大地も黙っていられない。
痛みをこらえて椅子から立ち上がろうとしたその時、リーダー格の少年が目の前にずい、と立ちはだかった。
そしてその少年は大地の鼻先に人差し指を突きつけ牽制した。
「忠告しといてやる。シャマンさんが目をかけてくれるのは、お前が新入りだからだ。オレたちだって最初はあんな風に…いや、もっと優しくして
もらえてた。だから自分だけが特別だと思うなよ」
「ッ……」
こいつの傍若無人な振る舞いは許せない。
しかし、少年の発した言葉は本当だ。
彼らの言う通りだ。
オレが新入りだからシャマンさんは優しい。
「……」
そんなことわかっているのに他人から指摘されると大地はショックで、椅子に縫い止められたように動けなかった。
少年らはそんな大地を見てあざ笑いながら、配膳をもらいに食堂の入り口近くへと移動していった。
大地から取り上げたクッションはそのうちのひとりが蹴り飛ばして床を滑っていった。
「……」
彼らは大地と同じようにシャマンのことが大好きなのだ。
悪意に満ちた嫌がらせをしてくるのは、新入りということでかまってもらえる大地に嫉妬したからだ。
中村は昨日、新入りの面接に向かっていた。合格すれば大地の下に新しい子どもが入ってくることになる。
大勢でひとりを標的にいじめる少年らのやり口はまったくもって気に入らない。
だが新入りが入ってシャマンがその子に優しくするのを見たら、きっとこの少年たちのような気持ちを自分も抱くことがすぐに想像できた。
