大地がため息をつきながら蹴り飛ばされたクッションを拾っていると、食堂の入り口からミナトの声が聞こえてきた。
「大地、大地!」
ミナトは満面の笑みで、配膳トレイには目もくれずこちらに駆けてくる。
「オレ、受かった!合格したぜ!!」
「…ミナト!!」
大地の手を取って喜びを全身で表現するミナトに、大地もつられて笑顔になる。
「おめでとう、おめでとう!やったな!」
ミナトの夢がひとつ叶った。大地は嬉しくて嬉しくて、取られた手を強く握り返した。
「へへへ、オレ、明日から中村屋の陰間だぜ!?大金稼げるんだぜ!!」
「うん、うん!」
実技には自信があっても礼儀作法系が大の苦手だったミナトはやはり不安だったようで、合格したことが嬉しくて興奮気味にまくしたてる。
喜びと希望に満ち溢れるミナトに触れていると先ほどまでの憂いがたちまち消し飛んで、大地も幸せな気分になれた。
そんなふたりを他の見習いたちが羨望と嫉妬の表情で遠巻きに見ている。
特に今しがた大地に意地悪をしてきたグループは、忌々しげな態度を隠さない。
だが大地はそんなことなどいっさい気にしなかった。
親友が夢の一歩を踏み出すのだ。
こんなに嬉しいことはない。
「緊張してたからオレすっげェ腹減ったー!今日は…え、トンカツ?やったー!」
夕食のメニューが大好物だったので、喜びが最高潮に達したミナトはその場で飛び上がる。
「食べよ食べよ!」
ふたりは揃って夕食を配膳係から受け取り、食べ始めた。
「ミナト、合格祝いにトンカツお裾分けするよ。どれがいい?」
大地はカットされているトンカツを見せながらミナトに尋ねる。
「マジで?」
食欲旺盛なミナトは大地の申し出に目を輝かせた。
「端っこがいい、脂がうまいんだよなー」
「どうぞ」
大地は脂がたっぷり含まれている両端のトンカツを取って、ミナトのお皿に分けた。
「ふ、ふたつもくれんのかよ〜ありがとー!!」
「ここでふたりで食べる最後の食事だからね」
大地はそう言った後、胸にツキンと小さな痛みが走ったのを自覚した。
ここでの生活は、ミナトがいなければまるで違ったものになっていただろう。
そんな明るく前向きで優しい彼と明日から会えなくなってしまう。
さみしい。さみしい。
シャマンの大ファンである他の見習いから嫌がらせされたばかりというのも手伝って、ミナトがいなくなることが不安でさみしくてたまらなかった。
「大地」
ミナトは大地からもらったトンカツをごくん、と飲み込む。
少し改まった様子で、大地を真正面から見た。
「すぐデビュー寮で一緒に飯が食えるようになるよ。今度はオレがお祝いしてやるからな」
「…うん」
がさつに見えて、ミナトは繊細に人の気持ちを察した言動ができる。
こういうところはしっかりとお兄ちゃんなのだ。
大地はミナトの気遣いが伝わってきて、少し泣きそうになった。
だが親友のめでたい門出に涙は禁物だ。大地は湿っぽくなるのを拒むように明るく言った。
「お祝い…じゃあオレはハンバーグで!丸ごと一個な!」
「丸ごとォ!?おいおい、それじゃオレのメインがなくなっちまうじゃねーか」
「えー、いいじゃんケチー」
「ケチって、お前が図々しいんだよッ」
ふたりはそう言って笑い合った。
その後、ふたりはそれぞれの部屋に戻った。
晴れて明日から中村屋の陰間になるミナトには、この後デビューのための準備として写真撮影やプロフィールを元にしたカタログ作成、またデビュー寮への
引っ越しが控えている。
別れを惜しむ間もなく、彼は中村と並木に連れられて見習い寮を去っていった。
バタバタしている中でミナトは大地を見つけて『じゃ、近いうちにあっちで会おうな!』と明るく笑っていた。
さみしさは消えないものの、大地は力強くうなずいた。
ミナトがいない喪失感は大きいが、彼の言う通りデビューすれば毎日会える。
そう思うと、前向きにがんばれる気がした。
また、彼とはしばらく会えなくても、ここにはシャマンがいる。
デビューすればシャマンに会えなくなってしまうけれど…と憂う気持ちも芽生えてくるが、そんなわがままを言える立ち場ではないことも大地は理解していた。
ミナトに妹がいるように、大地にはライタやカイトたち、『太陽』の子どもたちがいる。
愛しい弟たちのためにがんばらなきゃ、と気合いを入れた。
