百華煉獄60
 視聴覚室を出た大地はすぐにトイレに走り嘔吐した。
 楓のしていることを今後していかなければならないシビアな現実に対する拒絶反応に加え、完膚なきまでに大地を従わせようとする中村の姿勢にも
不快感が極限に達していた。

(…確かにオレはまだこの期に及んで肝が据わっていないかもしれない)
 手洗い場の鏡に映る真っ青な自分の顔を見ながら大地はがっくりと肩を落とした。
 デビューできるとあんなに喜んでいたミナトに続けと、気持ちを新たにしたところだったのに。
 ここへ来て何度嘔吐し、何度こんな風に自己嫌悪に陥ったことだろう。


 もう昼食の時間だ。
 吐き出したせいかお腹はすいていた。
 しかし胸のムカムカのせいで食欲はほとんどなかった。
(この後はアカベコと尺八の練習か…また吐くかもな。最初はみんなそうだって言ってたし)
 口内で放たれた精液を満足そうに誇示して飲み込む楓を思い出してまた胸が悪くなったが、惰性で食堂へ向かった。



 メニューは八宝菜定食だった。
 比較的好物だったのに、今の状態ではおかずを少量つまむのが精いっぱいだった。



 早く食べ終わったので実技研修室に行く前にリラックスルームへ立ち寄る。
 そこにはまだ誰もおらず、大地は漫画雑誌を手に取って読み始めた。
 しかし、先ほどの楓の痴態、またこれからのことが気になって内容が頭に入って来ない。
(あー、ダメだ。やめたやめた)
 現実逃避しているのに嫌気が差して、少し早いが実技研修室に行くことにした。



 しかし開始までまだ二十分ぐらいあるから、ひょっとして実技研修室には見習いたちはまだ誰も来ておらずアカベコだけがいるかもしれない。
 あんな男とふたりきりになるなんて考えただけでゾッとする。
 大地はなるべく遅く歩いた。


 そうしていると、いきなり背後からドン!と何かがぶつかってきた。
「いっ…!」
 大地は衝撃に耐えきれず、廊下に突き飛ばされてしまった。

 いったいなんなんだよ、と大地が振り向くと、昨日食堂でからんできたあの見習いが仁王立ちでこちらを睨んでいた。
「トロトロ歩いてんじゃねーよ!」
 まただ。
 大地がシャマンに気にかけてもらっているからと、嫉妬心のあまりわざとぶつかってきたのだ。

 不意打ちで暴力的な行為を働くのは昨日と同じだったが、彼は見習い仲間を誰も従えておらずひとりだった。
 普通に歩いていただけなのに再び難癖をつけてくる彼に大地は当然ムッとしたが、今ここでこいつのケンカを買える気分ではなかった。
 その見習いは大地が何も言い返さないのを鼻で笑った。
「へっ、臆病者が」
 そして忌々し気な視線を大地に寄越しながら実技研修室に入っていく。


(『臆病者』か…)
 いじめめいたことをしてくるヤツの言葉などと思ってはいても、意外にも心に深く突き刺さった。
 午前の視聴覚室のことからますます男の性的欲求を受け入れ難くなっている大地。
 それゆえいつまでもビクついていることを指摘された気がして、どんより気分のところに追い打ちをかけられてしまった。



 とぼとぼと研修室に入ると、大地に嫌がらせした少年をはじめ他にも見習いたちが三人ほどいた。
 教育係は誰ひとりいなかった。ゆえにアカベコの姿はなく、大地は少しだけ安堵する。
(シャマンさんは…いないのか)
 知らず知らずシャマンの姿を探してしまう大地。
 昨日ここで実技練習をした以来顔を見ておらず、その間いろいろあったので恋しさがさらに募ってしまった。


 アカベコがいないのでホッとしたのも束の間、実技研修室前の廊下から嫌に大きな声が響いてきた。
「楽しい楽しい実技のお時間だぜ〜」
 この声はアカベコだった。
 どすどすと下品に歩いてくるさまに近くにいた見習いたちは瞬時に警戒心を全身に纏って、関わりたくないと一歩下がった。

 今日の標的の大地をさっそく見つけて、クロマサと双子のような大男は足音を響かせながらこちらに近づいてくる。
 少年たちよりもはるか頭上にあるその顔はクロマサと同じ低俗な笑みでいやらしく歪んでいた。


「……!」
 想像した通りで大地も他の見習いと同じように警戒した。
 しかしアカベコは気にも止めず、目の前に来るとすぐさま大地の小さな肩を自身の胸に抱き込んだ。

「ぁっ…」
「お前、午前は教習動画を見たそうだな。どうだ、興奮しておちんちん大きくなっちゃったか?」
 顔に向けられていた視線が次に自分の股間部分へと移動するのを感じて、大地は無意識に身をよじる。
「ははは」
 アカベコは嫌がる大地の反応を笑った。
「まァ昨日まで男が怖い怖いって泣いてたからなー。無理ねェか。それよりオラ、これ見てみ」
 そう言って腕にかき抱いた大地の頭を俯かせたアカベコは、反対の手で自身の股間を着物の上から握る。
 アカベコの魔羅は勃起しており、そこを嬉しそうにさすりながら自身の興奮状態を大地に誇示した。

「昨日、お前がシャマンに突っ込まれてヒンヒン泣いてんの見てからよ、ずーっとこうなってんだぜェ?今からお前に尺八してもらえると思うと
シコってもシコってもいくらでもデカくなりやがる。これは存分にお世話してもらわないとなァ」
「…!」
 大地はまたしても多大なる嫌悪感と恐怖心に包まれた。
(こんなヤツのちんちん舐めなきゃいけないのかよ…!!)
 気分の悪さを隠す余裕がなくて、とっさにアカベコの魔羅から視線を外す。
 それを見てアカベコは肩をすくめた。
「あの教習動画に出てた楓はよォ、ここの創業時にいた陰間だってさ。十年前の話だからオレはお目にかかったことはねェが、ご主人様の話では男大好き、
おちんぽ大好きでたいそう仕事熱心な陰間だったとよ」


 楓のあの姿は十年も前のものだったのか。
 では彼は今、どうしているのだろう。
 あんなに純粋にセックスすることが好きな陰間だったのだ。
 青年になった今も、別の陰間茶屋かどこかで働いているのだろうか。


 大地に鮮烈な印象を抱かせた楓だったから思わず今の状況を忘れて場違いな想いを馳せていると、アカベコがぐふふと喉を鳴らした。
「泣き虫のお前があんな風におちんぽ吸い上げるようになるために、オレたち教育係が今から心身ともに鍛えてやんねーとな。いひぃ、お前の初尺八は
このオレ様のちんぽだァ。光栄に思えよ」
 一瞬思考が遠くへ行っていた大地はアカベコの言葉にハッと我に返った。
 その隙を突いて細い首根っこを押さえつけ、自分の隆起した股間に向かわせる。
 そのまま着物の上からとは言え、大地の口元に魔羅を近づけようとした。

「ぅんんっ!」
 大地は反射的に抗った。
 アカベコの強引な誘いを振りほどいてふと周りを見ると、もうすでに他の見習いたちは尺八や挿入の練習に励み出していた。
 先ほど廊下で大地にわざとぶつかってきた少年も教育係の魔羅を頬張っている。
「……」
 当然ここはそのような練習をする場所なのだ。
 大地は周囲の見習いたちの切り替えの早さと覚悟の決め方に感心にも似た衝撃を受け、また自分がいかに遅れているのかを肌で感じてショックを受けた。

 シャマンの姿は相変わらず見えなかった。
 大地は少しだけホッとする。
 自分が尺八しているところを、恋心を抱く相手と自覚したばかりのシャマンに見られたくなかったのだ。


「グッズ…準備してきます」
 大地はそのままなし崩しに尺八させられることが嫌で、アカベコに一言告げて尺八グッズをロッカーに取りに行った。
 戻ってくるとアカベコはどこからか持ってきた椅子に腰掛けていた。
「さぁ、まずはオレの魔羅とご対面だ」
 背もたれに身を預け開脚しているため、着物の裾がはだけて毛深く太い脚が二本とも露出している。
 また先ほど見せられた勃起したモノも、現れたふんどしからしっかりと自己主張していた。

「……」
 無言で近づき、太い脚の間に跪く。
 それを見てアカベコはぐふぅ、と再び喉を鳴らして笑った。