この日の午前は礼儀作法の授業から始まった。
担当は並木で、ミナトと一緒に受けたことがあるので難なくこなせることができた。
午後の実技予定は尺八と挿入だった。
尺八はクロマサ、挿入はシャマンが担当するとのことだった。
(クロマサか…)
レイプされかけた日から、あいつとしっかり対面するのは初めてだった。
やはり嫌悪と怖れが蘇る。
しかし昨日はアカベコに尺八したからどうにかなる。
それに実技研修室ではあの時みたいにふたりきりじゃない。簡単にはレイプに及べないはずだ。
(大丈夫。大丈夫だ)
大地は自分にそう言い聞かせて実技研修室に向かった。
実技研修室の扉はいつも通り開いており、外の廊下から近づいていくにつれて人の気配があるのがわかった。
中からは少年らのはしゃいだ声が聞こえてくる。
「シャマンさん、昨日はお休みだったからさみしかったよォ」
「シャマンさんがいないとみんな元気ないんだぜ」
(シャマンさん!)
大地は無意識に歩を進めて実技研修室に入った。
見ればシャマンが五人ほどいる見習いに囲まれていた。
(……)
会話の様子からわかっていたが、シャマンは頬を赤らめた少年たちに熱い視線を注がれている。
五人全員がシャマンに強い恋情を持っていることが瞬時に伝わってきて、大地はおもしろくなかった。
シャマンは少年たちの熱い想いを知ってか知らずか、相変わらずクールな表情のままで応対している。
(いないと思ってたら、昨日はお休みだったんだな)
大地がそう思っていると、見習いの少年が鼻にかかった甘えた声で尋ねた。
「ずっと見かけなかったけど、どこかにお出掛けしてたの?」
「…ああ」
大好きなシャマンのプライベートに迫れる!と、五人の少年たちは一斉に目を輝かせた。
「え、どこ?どこ行ってたの?」
「オレも知りたーい!!」
「教えてくれよ」
謎の多いシャマンがどこに何をしに行っていたのか、大地もとても興味があったので耳をそばだてる。
だがシャマンはしつこく聞いてくる少年にすげない返事をした。
「…どこに行こうがお前らに言う必要はないだろう」
「…冷たいなァ〜シャマンさんってば…」
「うゥん、でもあの目がいい…」
つれないシャマンも見習いたちにとっては大きな魅力を感じる要素のひとつだった。
むしろデレデレと鼻の下を伸ばしていやらしいことをしてくるクロマサやアカベコがいる分、対比としてその冷たさが優しさから来るものだと
際立って少年らはこぞって虜にさせられるのだ。
超美形でそんな具合のシャマンだから、見習いたちの絶大な人気を集めるのは仕方がないことだと思う。
だが、目の前でモテモテになっているシャマンを見るとやはり大地は気分が沈んだ。
見習いの中でも落ちこぼれの自分はあの中に混じってはしゃぐ勇気も出ない。
(は〜…)
内心深いため息をつきながらシャマンたちを遠巻きに見ていると、いきなり後ろから肩を掴まれて引っ張られた。
「っっ!!」
「はいはい大地くん、こっちへどうぞ」
驚いてビクリと身を硬くする大地を、クロマサが自身の胸元に強引に抱き込みながら研修室の内部へ連れていこうとする。
こいつはいつも背後から何も言わずに触れてくる。
「ッ……」
「先日はすみませんでしたー、ガハハ」
焦る大地に笑いながら謝罪するのは、あのレイプ未遂の一件のことだろう。
あの日起こったことで大地はとてつもない恐怖心を植えつけられたというのに、加害者の当のクロマサはまったく反省の色を見せていない様子だ。
大丈夫と言い聞かせてもその下劣な精神への嫌悪感も手伝い、大地の中で不快感が増大する。
「さァさァ、今日は尺八だな。大丈夫だよ、ちゃんと尺八練習だけで済ませてやるから」
(当たり前だ…)
大地は何か言い返してやりたかったが、犯してやろうと組み伏せられた相手にはアカベコと違いおいそれと意思表示ができなかった。
クロマサはシャマンが見習いたちに取り囲まれているのをあからさまにおもしろくなさそうに見ながら、そのすぐ近くを通って部屋の中央へ大地を連れていく。
見習いたちにはあのクロマサが傍に来たというだけで、一瞬にしてピリピリとした緊張感が走った。
ターゲットにされているのが大地だとわかっていても、それほどまでクロマサは見習いたちに嫌な印象を持たれていた。
「……」
シャマンは大地を連れていくクロマサを注意深く見つめていた。