百華煉獄70
 八日目の朝、大地は眠い目をこすりながら点呼のためいつものように自室を出た。
 昨日は手紙の書き方を習ったことから、夜には『太陽』の子どもたちに手紙を書きたいな、と思いつつも、こんな現状を知らせるなんてできないし、
かと言ってあいつらに嘘つくのなんて嫌だし…といろいろ考えていたら悶々としてしまって寝つけなかったのだ。


 並木に怒鳴られないよう慌てて部屋の前で気をつけしていると、隣に気配を感じてそちらを見た。
 ミナトの元部屋の前には、大地とほぼ同じ歳だろうメガネをかけた小柄な少年が立っていた。

 初めて見るその顔は緊張で強張っているようだ。
 メガネの奥の瞳がきょろきょろと落ち着きなくあたりを探るように動いている。

 新入りだ。
 大地がそう思って彼を見ていると、目が合った。
 少年は驚いたようで一瞬身体をびくりとさせたが、大地が挨拶代わりに小さく微笑んで会釈をするとおずおずと頭を軽く下げた。

 並木の点呼で呼ばれた彼の名は『リオン』だった。
 また、大地は最初気がつかなかったが一番離れた部屋にも新入りがおり、彼は『那智』と言った。
 背が高くがっしりしている那智は十五〜十六歳だろうか。リオンとは対照的にしっかりとした印象を受けた。

(とうとう…入ってきた)
 八日目の今日、大地はリオンと那智が入ってきたことで一番の新入りではなくなった。
 リオンと那智はどういった経緯でここ中村屋の見習いになったのだろうか。
 親に売られたか、騙されたか。
 いずれにしてもミナトと違い、望んでここにいるわけではない可能性が高い。


 新入りの存在で浮かんでくるのはあの人の顔。
 そう、シャマンだ。

 今まで大地が一番下っ端だからなんだかんだと世話を焼いてくれていたシャマン。
 そんな彼の関心は、今後きっとリオンと那智中心に注がれる。
 そう思うと大地はまだそうなってもいないのに胸がざわめいた。

 それに彼らが入って来ることで、自身のデビューに向けての日数にもより強いプレッシャーを感じてしまう。
 並木の話では早くて一週間、遅くとも二週間で挿入可能な身体になるとのことだったが、昨日の時点であれだ。
 この先の七日で魔羅の全容を収められるようになるのか。
 情けないことにその自信はほぼ皆無だった。

 中村屋の見習い寮では、平均として十日もしないうちにだいたいの子はデビューを迎えられると言われている。
 リオンと那智、それぞれ個人差はあるだろうが先に入った大地を追い越してふたりともデビューする可能性がある。

 そんなことを考えている間に点呼が終わり、見習いたちはおのおの朝の準備に取り掛かり始めていた。
 ここへ来た当初ミナトに聞かなければ何もわからなかった大地は、リオンを気にかけ彼を見た。
 しかしリオンは昨日すでに説明を受けていたのだろうか、同期の那智と一緒に食堂へと続く廊下を歩き始めている。

(……)
 ミナトがいなくなって親しく話せる者がいない大地はさみしい気もしたが、まァいいかとひとり朝の身支度グッズを持って部屋を後にした。



 その頃、教育係たちはいつものように管理者スペースにある職員ルームに集まっていた。
 ここでは毎朝、中村と教育係のミーティングが行われている。
 主に中村から店の状況と陰間たちの様子、またそれに見習いたちの進捗状況から今後の教育方針が伝えられる。
 そして教育係は当日のスケジュールを中村から申し送られ、各業務に向かうのだ。

 通例の報告等の後、それぞれのスケジュールを言い渡された彼らは席を立って各持ち場へ就く。
 シャマンは午後からの仕事のため、午前はここで新しく入った見習いを中心に全員のカルテをチェックしようと席に残っていると、不満気に
アカベコに訴えるクロマサの声が聞こえてきた。
「チッ、また今日も大地の挿入担当はシャマンかよ」

 おととい、シャマンと大地の仲が怪しいとタレ込む流れで大地との挿入練習を中村に頼んだのに、二日後の今日になっても依然として自分は
尺八練習しかさせてもらえない。
 このことがクロマサをますます苛立たせていた。
 どこかへ行こうとしていたアカベコは同じく大地の名門を自分の魔羅で味わいたくてたまらないため、足を止めてクロマサの意見に同調する。
「そうだよな、なんであいつばっかり…」
 そう言ってアカベコはシャマンを睨む。

 その後ろでクロマサも同じようにシャマンに睨みをきかせながら、ケッ、と口元を歪めている。
 まるで双子のような下衆な少年愛者たちのすごみにもシャマンは涼しい顔で意に介さず、タブレットのボタンを押した。


 その時、中村が遠くからシャマンに呼び掛けてきた。
「おい、シャマン」
「……」
 ミーティング後に中村が呼び止めることは今までほぼなかったため、シャマンは何ごとかと少しいぶかしんだ。

 そんなシャマンの心理を愉しむように中村はゆっくりと彼に近づいていく。
 クロマサとアカベコは主人が何か用があるらしいシャマンをじっと睨み続けているわけにいかず、これを機会にその場を離れようとした。

 中村はそんな彼らをちらと一瞥して、少し大きめの声で言った。
「シャマン、これから大地の挿入担当はお前に専属で就いてもらう」
「っ…?」
 この言葉にシャマンは眉をしかめた。

 その反応を見て中村は首に細く出っ張る喉仏をくっ、と一度高く持ち上げて笑う。
「このことは明日のミーティング時に正式に皆に言い渡す。大地は中村屋始まって以来の名門を持つ陰間見習いだ。しっかり頼むぞ」
「……」

 シャマンは何も答えずじっと中村の目を見つめた。
 彼の細い目は相変わらず冷たく、そしてじっとりと嫌な光を放っている。

 今までひとりの教育係が見習いの誰かに専属で就くなどなかったことだ。
 中村は何を考えてこのようなことを提案したのか。

 お前の魂胆はなんだ。
 シャマンはそう問おうか迷った。
 しかし問うたところで、この男が素直に答えるかどうかわからなかった。
 それにたとえ答えたとしても、ろくでもない返答が返ってくるだけだろう。


 そう思っていると、この話を聞いていたクロマサとアカベコがたまりかねて会話に乱入してきた。
「ご、ご主人様どういうことですか!大地の挿入練習はシャマンしか担当できないなんて!」
「そうですよ、見習いと教育係はランダムにその時その時で担当者が入れ変わるのが通常じゃないですか!!」
 大地の名門がどんなものか経験したいという欲求が限界まで来ていたふたりの大男は、オーナーの中村につめ寄った。

 中村は部下の剣幕に対しても表情を変えなかった。予想していた通りの展開なのだろう。
「なんだなんだ、お前たちは挿入よりも尺八を好んで行っていただろうに」
「っ……」
 挿入練習はただ少年の菊門を拡げるためだけの挿入であって、腰を動かしたりましてや射精に至ることは禁止されている。
 それに対して尺八は少年の口を犯して盛大に精液を放っても良かったことから、クロマサやアカベコだけではなくシャマン以外の教育係は
みんな尺八をやりたがった。
 なのに大地に対してだけは違うんだな、とその下心を見透かして薄く笑う中村に、大男たちは言葉につまった。

 大人しくなったクロマサたちに中村は伝えた。
「名門ゆえに挿入が難渋しているんだ。ここは今まで挿入ばかり行ってきたいわば挿入のプロであるシャマンに、しっかりと大地を挿入可能な身体に
してもらおうということだ」

 シャマンは中村の発言に違和感を覚えた。
 大地が名門だからと言うが、名門でなくても挿入に難儀した見習いはこれまでにもたくさんいた。
 なのにシャマンは今まで一度だって中村からこのような指示を受けたことがない。

「で、でも…オレらだって…なァ?」
 まだ大地の名門があきらめきれないクロマサは、どうにか中村に考えを改めてもらおうと同じ想いのアカベコに同意を求めつつおずおずと願い出た。
 しかし中村の口から出た言葉は手厳しいものだった。
「…クロマサ、お前が五日前に起こした勝手な行動で私はまだお前を警戒している」
「っっ!!!」
「大地は中村屋期待の大型新人だ。あのことを思い返すと、大地に挿入したお前の理性が果たして持つのだろうかと危惧しているんだよ」
 ぐ、と喉をつまらせるクロマサの隣にいるアカベコにも、中村は言及した。
「アカベコもだ。お前たちの常日頃の行いから、大地の挿入練習相手にふさわしくないと思っての私の下した決断だ」

「そ、そんなァ…!」
 中村の考えを告げられてクロマサとアカベコは情けない声を上げた。
 大地に対して起こしたレイプ未遂事件に加え、セクハラ過剰な日々の実技研修。
 心底少年が好きな者だからこそ熱心に職務に就いている彼らだったが、間違いなく稼ぎ頭になるであろう大地の前ではそれが仇になってしまった。

「大地の挿入練習はシャマンだけが行う。そういうことだ」
 まだ納得いかない様子の大男ふたりに、中村は無情にも言い渡す。
「行け」
 もうこの話は終わった、お前たちに用はないということを思い知らせるために、中村は何か言いたげなクロマサとアカベコを追い払った。


 ふたりはあからさまに肩を落として職員ルームを出て行く。
 中村はクロマサたちの背中が小さくなるのを見届けながら、自分を静かに見上げるシャマンに告げた。
「…他の見習いと同じく、大地もお前に熱を上げているようだ。この方が大地も熱心に挿入練習に励むだろう。さすが我が中村屋が誇る色男、シャマンだけはある」
「……」
 この発言に白々しさを覚えたシャマンは腐った性根の持ち主が挑発的に仕掛けてくる茶番につきあいきれず、タブレットを持って立ち上がった。

「あ、そうだシャマン。ホープの大地もだが、今日からふたり入った新入りの面倒もしっかり見てくれよ」
 中村の声掛けを無視して、シャマンは職員ルームを出た。
 その背中には中村を拒絶する強い意思が感じられた。

「…くくっ」
 中村は痛快な気持ちになり、ひとり残った職員ルームで思わず声を上げて笑った。



 その日の午前、大地のスケジュールは教養室で客の着物の畳み方や煙草・煙管への火のつけ方、後始末など、所作の実践が中心だった。
 手先が器用な大地なのでこのあたりは特別苦労せずすぐにマスターできた。


 所作の教育係から言い渡された午後の授業。
 尺八をクロマサでもアカベコでもない別の教育係から受けて、その後いつも通りシャマンとの挿入練習を行うという内容だった。
 今日尺八を受け持ってもらう教育係は初めて話す人だったが、他の見習いたちを担当しているのを見る限りむやみやたらに少年の身体に触れている
印象がなかったので大地は少し安心した。
 何よりも下品なクロマサたちと接さないで済むことが、大地の気持ちを少し軽くしてくれた。

 だが心配なのはやはり挿入だった。
(シャマンさんが担当してくれるのは嬉しいけど…また痛くて泣いちゃったら愛想つかされそう)

 大地はそれが一番気がかりだった。
 大好きなシャマンに愛想をつかされたら、ここでどうやって生きていけばいいかわからない。
 大げさに聞こえるかもしれないが、そう思ってしまうほど今の大地にはシャマンがすべてだった。
(はぁぁ…午前の授業みたいに、すぐマスターできたらいいんだけどな…)
 大地は心の中で深いため息をつきながら、昼食に向かった。



 その頃クロマサとアカベコは、店と見習い寮を繋ぐ庭にいた。
 ミーティング終わりに告げられたことがどうしても納得できない彼らは、今しがた中村を見つけて大地の挿入練習を担当させてほしいと懇願し、
手厳しく却下されたばかりだった。

『オレたちだってプロの教育係ですよ?そこは理性でどうにか我慢できますって』
 そう言って必死に食い下がれば食い下がるほど大地に対する執着として映るのか、中村はクロマサたちの意見を頑として聞き入れなかった。

「くそ…中村め!!」
 今まで子どもにいたずら三昧できたのも中村のおかげなのに、こうなってしまってはその御威光が逆に忌々しくてクロマサは雇い主に悪態をついた。
 腹立ちまぎれに庭の芝生を下駄でえぐる彼に、アカベコは恨めし気に言った。
「ったく、お前が大地に勝手な真似するからこうなるんだよ。オレは完全に巻き添え食っちまったぜ」
「…うるせェ」
 レイプ未遂の件がこんなところに影響すると思っていなかったクロマサは、アカベコにとがめられてもそう言うしかなかった。


 大地には可愛らしさの中に哀れな妖艶さが同居している。
 普通の少年なのに、そこはかとなく漂う色気はこちらを魅了してやまない。
 そこに性的被虐を与えるととてつもないエロティシズムを放ち、男たちをたちまち虜にさせる。
 加えて名門。
 もう、少年愛者なら絶対に放っておかない逸材なのだ。

 そんな大地に、身体検査の時から挿入練習ができることを楽しみにしていたアカベコはつまらなさそうに天を仰いだ。
「あーあ、大地にはもう尺八してもらうことしかできねェのかァ」
 中村は先ほどの話の中で、大地の尺八練習は今まで通りクロマサたちにも行ってもらうつもりでいると言っていた。
 いっさい大地に近づくなと言われたわけではないのが唯一の救いだが、やはりそれでも大地を簡単にあきらめきれなかった。


「あの可愛いお尻に魔羅うずめられるシャマンがくっそ憎たらしいわ」
 流れる雲を眺めながらぶつぶつ文句を言うアカベコに対し、クロマサはえぐり出した芝生を俯いたまま黙々と下駄の底で踏んでいた。

「でもハメられねェって決められると余計ハメたくなるんだよなァ。正攻法がダメなら…って考えちまう」
 アカベコの愚痴を聞くたびに自分が責められているような気になっていたクロマサだったが、今の発言を受けてピクリと反応し、顔を上げた。
「おい、そりゃどういうことだ」
「え…だから、もう大地には挿入練習ができねェし、かといって陰間になっちまったらお高い値段がつけられてもうオレたちの手の届かない存在に
なっちまうだろ?だったら手の届くところにいる今、どうにかこうにかヤれる手はねェのかなーってなんとなく思っただけだよ」
 何気なく放った一言にクロマサが真剣に食いついてくるので、少し面食らったアカベコは言い訳をするように続けた。
「思っただけで、実際はできるわけねェけどな。オレここ辞めたくねェし」
「……それ…どうにかなるかもしれねェぜ」
「は?」

 クロマサの言葉にアカベコは眉をしかめて聞き返したが、答えはすぐに返ってこなかった。
 その代わりクロマサは怪しい光を灯した目を見開いて、じっと何かを考えているようだった。