大地がいつものように昼食をひとりで食べていると、食堂の入り口から新入りのリオンと那智が入ってくるのが見えた。
朝に続いて昼も一緒に食べる彼らは、同期なので授業のスケジュールが同じだった。
きっと不安な気持ちも同じなのだろう。
(新しい環境でいろんなことを分かち合える存在がいるのっていいなァ…)
ミナトがいなくなってひとりの時間が増えた大地は、羨ましくてついついふたりを見てしまった。
隣室のリオンは黒髪の坊ちゃん刈りとメガネが特徴的な少年だった。
そのせいか素朴で真面目そうだ。
小柄なこと、また大地が朝見た印象も手伝って華奢で弱々しく見えた。
一方那智は、細いが均整よく筋肉がついていて上背もある。がっしりとしていて体格がいい。きっと現時点でいる見習いの中で一番のものであろう。
髪の毛は長めで、陽に焼けているのか脱色したのかかなり明るい茶色だった。ところどころ金髪にも見えるほどだ。
体格とその様子からサーファーなのだろうか。少しチャラチャラしたイメージでやんちゃそうだった。
彼らは遠くにいるため食事中は話している内容が聞こえてこなかった。
そうこうしているうちに大地は食事を終え、席を立った。
そのままリラックスルームへ行こうというタイミングで、彼らも同じく配膳トレイを返却して食堂を出る。
廊下を歩いていると背後に続く新入りの会話が聞こえてきた。
「ああ、早く麗しのシャマンさんに逢いたい」
「!!??」
その発言の主はどうやらリオンのようだった。
大地は思わず立ち止まってしまったが、彼らは気にすることなくリラックスルームへと入りソファに腰掛ける。
(シャマンさんに逢いたいって…なんで新入りがそんなこと口にするんだよっっ)
大地は聞き捨てならないと、リオンたちの近くのソファをさりげなく陣取って新入りの会話を盗み聞くことにした。
「僕がここに来たのはね」
出逢ってまだ時間が経っていない彼らは、ここで自己紹介がてら自身がここにいる話をし始めた。
話を切り出したリオンには思わぬ成り行きが秘められていた。
聞けば、彼にはネオ芳町で働くトロワという名の陰間の友人がいた。
そのトロワから、シャマンという超絶イケメンが中村屋にいると聞いてここへやって来たらしい。
トロワは中村屋ほど厳しい陰間茶屋にいるわけではないようで、情報通のため手紙で『シャマンって人は冷たく見えても陰間やその見習いには
すごく優しい人だから…』とリオンに教えたようだ。
陰間茶屋で働かなくてはならなくなった右も左もわからない少年。
シャマンはそんな子に一段とかまってくれるらしいとの情報から、環境に慣れない振りやおどおどとした態度をとる演技をしているとのことだった。
「しおらしくしてないとね」
ふふん、と得意そうに那智に笑うリオンは悪知恵の働く小悪魔そのものだった。
おとなしい見た目に反して、十一歳ですでに男とセックスの経験があった。
三ヶ月程前からつい最近まで、近所の少年好きのおじさんから小遣い欲しさに数回身体を自由にさせていたと言う。その男の口利きで複数の男を
相手にしたこともあった。
あっけらかんと自身の性体験を話すリオンには、セックスの行為そのものにもそうだが身体を売ることにも抵抗がないようだ。
トロワから聞いた素敵な教育係のシャマンと恋仲になりたい。
その一心でここ中村屋に来たのだそうだ。
「オレがシャマンさん目当てで入ったなんて、絶対にシャマンさんに言うなよ那智」
「わかってるよ」
偉そうにリオンに念を押されてたじたじになる那智の実態は、先ほど感じたチャラチャラしたイメージとは違っていた。
十四歳の彼はネオ江戸から遠く離れた地方の出で、家は農家を営んでいるようだ。
日焼けした肌、明るい髪の色は人工的に加工したものではなく、農作業で変化したと言う。
たくましい身体も家の生業を手伝って自然にそうなったのだと。
中村屋に来たのは年老いた父親が倒れて家業に支障が出てしまい、母は早くに亡くなっているので稼ぎ手は自分しかいないと、ここへ覚悟を決めて来たようだ。
こんな彼だから男性とのセックスの経験などゼロだった。
「オレ、那智と同期で入れてラッキーだって思ってるよ」
「…え、そう?」
まだ出会って一日も経っていない間柄なのに、リオンがそう言えることにピンと来ない那智は不思議そうな顔をする。
「だってそうだよ、ガタイが良くて一見しっかりしている那智が傍にいると、どうしたってオレがか弱く見えてシャマンさんに気にかけてもらいやすいじゃん。
本当に気が弱いのは那智の方なのにねー、ありがとな」
「……」
そう言われて那智は多少気分を害したが、リオンの言う通り言い返す気の強さを持ち合わせていないため、おとなしく黙っていた。
(は…なんだよ…!)
計算高いリオンと、純朴な那智。
見た目とうらはらな新入りふたりの会話に大地は呆気に取られた。
リオンは要注意人物だ。
ここへ来た彼の目的はシャマン。
シャマンに優しくされたいゆえに、かまってもらいたいゆえに、そして恋人になりたいゆえに、中村屋の陰間になると言ってはばからないリオン。
あまりに不純で、ゆえに大地の機嫌を大きく損ねた。
那智はここへ生活のためやって来たので大多数の見習いとほぼ同じ境遇だったが、リオンの動機はものすごく特異だ。
いや、大地が知らないだけで、あのシャマンに憧れてここへ来るのはリオンが初めてではないかもしれない。
しかし大多数の少年らは、みんな何かしらのしがらみを抱えて売りたくもない身体を男に売る。
なのにリオンは、それをたいしたことでもないような口ぶりで後回しにできるほど、シャマン目当てで中村屋に来たのだ。
だが陰間など、教育係と恋仲になりたいなどという想いを抱いてやっていけるほど生半可なものではないと大地は思う。
まだまだデビューが遠い身でそう思うのもなんだが、実際ここで研修を受けてみただけでそう感じるのだ。
そんな中で、今後リオンはシャマンにどう振る舞い、どう接近しようというのか。
シャマンを狙う少年だらけのここでも、リオンは特に危うい存在だと大地は注視しておくことに決めた。
