一時が近づいてきた。
リオンと那智は初めての実技の授業へと腰を上げ、大地も同じく実技研修室へ向かった。
入ってまず一番にあたりを見回したが、シャマンはまだ部屋に来ていないようだ。
リオンも同じようにシャマンの姿を見つけようときょろきょろと必死に視線を走らせている。
見習いたちは何人かいたが教育係は誰も来ておらず、シャマンがいないことで少年たちはみんなつまらなさそうだった。
そこにどっかどっかと重い足音を響かせて近づいてくる者たちがいた。
クロマサとアカベコだった。
「ふぃ~まだ腹いっぱいで苦しいぜー」
「食い過ぎなんだよ、もう若くねェんだから。なァおっさん」
「お前も同じ歳だろうが、おっさん」
「…自分が言われるとキツイなー、実際そうだけどよ」
下品な笑い声を上げながら入ってきたふたりだったが、大地の姿を認めて急に静かになった。
クロマサたちは今朝中村から言い渡されたことと、先ほどふたりで話し合ったことを思い出して大地を黙って見つめた。
「……?」
大地は、いつもはなんだかんだからんでくるクロマサたちが何かを含んだようななんとも言えない表情で遠巻きに見つめてくるので気持ち悪く、
視線をそらした。
大地がそうしたことでふたりは彼をあきらめたのか、ふと周りを見渡した。
関心が大地から自身へ向けられてはならないと、クロマサたちを見る他の見習いたちも同様に視線をそらしてどんどんと離れていく。
しかしリオンはその場から動かずに黙って彼らを見ていた。
(リオン?)
大地は不思議に思うが、新人だからクロマサたちの下劣さを知らないのだろうか。
だが那智は大男らがそんなリオンに注意を向けたことに気づいて身を硬くしている。
「おうおう、検査ン時はどうも~」
「合格おめでとさん。一気にふたりを見習い採用なんてここんとこなかったんだけどな」
そう声を上げるクロマサたちのターゲットは、今度は新入りふたりになったようだ。
(検査…ってことは、リオンたちはオレと同じようにクロマサたちに身体検査されたんだ)
しかし大地は不思議に思った。
(どうせあの男たちのことだからいやらしく検査したんだろうけど、那智はともかくリオンはそんなに怖がってないような感じだな…)
リオンはガタイのいい男たちにどかどかとがさつに近づかれても目をそらさずにじっと見上げている。
最初は恐怖のために固まっているのではないかとも思ったが、どうも顔つきからすると彼らに対して冷ややかな感情を持っているような、
冷静な雰囲気を纏っている。
新人なのに肝が据わってんなァ…と大地が感じていると、実技研修室の空気が一気に柔らかくなった。
「シャマンさんッ」
入り口付近にいた見習いたちが頬を染めて嬉しそうな声を上げた。
シャマンが研修室に来たことで下衆なクロマサたちなどどうでも良くなった少年たちは、超美形の教育係と一言でも話をしようと彼に殺到した。
大地もシャマンが来たことで胸が躍ったが、恥ずかしさと日頃の自分のできの悪さとで、彼らのように無邪気に近づくことができなかった。
一方クロマサとアカベコもシャマンの登場で一変して華やいだ空気になったことに気づいたのか、入り口の彼らに視線を送った。
しかしシャマンがモテるところなど自分たちにとって不愉快極まりないことでしかない。
クロマサはすぐに目の前のリオンに向き直った。
「……?」
クロマサは不思議に思った。
見れば先ほどまで自分を冷めた視線で見つめていたリオンが、俯いて泣きそうな顔をしているのだ。
隣にいたアカベコも、なんとなく気になって見ていた大地も、豹変したリオンに対しどうしたのだろうと少々面食らってしまった。
そうしていると扉付近で見習いたちに取り囲まれていたシャマンが、少年たちをすげなく振りほどいてリオンたちの方へ近づいてくる。
「…リオンはお前か」
クロマサの前で立ち尽くすふたりの少年を見比べながら、シャマンはそう声を掛けた。
するとリオンはサッと顔を上げてシャマンを見上げた。そして小さい子がするように、うん、と首を大きく縦に振った。
メガネの奥の瞳には涙が浮かんでおり、今にも溢れ出しそうだ。
そして次の瞬間、シャマンに駆け寄りすがりついた。
「っっ」
大地は衝撃を受けた。
リオンはシャマンの背に回り、その身を盾にするように背後にぴたりと寄り添っている。
まるで今まで対面していたクロマサたちから自身を隠そうとするような仕草だ。
その表情は屈辱と怯えを感じさせる、戸惑いの顔だった。
誰がどう見ても、ならず者のクロマサとアカベコを怖れているか弱き少年。
(な、なんだよアレ…っ…さっきまでの態度と全然違うじゃないか!)
大地は先ほどのリオンと那智の会話を思い出す。
この姿はシャマンに守ってもらいたいがゆえの演技に他ならなかった。
これにはクロマサたちも違和感を覚えたようで、思わずスキンヘッドをかきながら口にした。
「おいリオン、別にオレたちゃ…」
「あの…僕…これからのことを考えるとすごく不安で…」
クロマサの言葉をかき消すように、リオンがシャマンの背後でそう呟いた。
この言葉はクロマサに対して言ったものではない。リオンはシャマン以外の誰も眼中になく、相手にしていないのだ。
そしてシャマンの長い腕を包む袂をぎゅっと掴んで、身体を密着させたままか細い声で続けた。
「でも家族のためにがんばります…ここで、がんばるしかないんです…!」
「……!!!」
大地は唖然とした。
彼は家族のために中村屋へ売られたわけではなく、自ら望んでここへ来たのだ。
目的はシャマン。
そのシャマンに少しでも同情してほしい、優しくされたい、と平気で嘘をついている。
これには大地をはじめ、那智も開いた口が塞がらなかった。
リオンの魂胆を知らない見習いたちだって、シャマンにべたべたと触れる大胆な新入りに不快感を隠せない。
シャマンの同情を買うため利用されたクロマサたちは、それこそはっきりと苛立ちを露わにした。
場の空気がおかしくなったためか、シャマンはリオンを誘った。
「…こっちへ来い」
どうやらリオンの一番最初の実技練習はシャマンが行うらしい。大地と同じように窓の近くに連れられて、彼の指示を受けている。
「……」
リオンの言動になんとなく気圧されてしまった見習いとクロマサたちは、言いたいことはあるものの授業開始の時間のためにそれぞれの業務に入った。
大地は今まで接したことのない初めての教育係と尺八練習を開始した。
クロマサやアカベコほど強引ではなく、またいらぬ嫌がらせをしてこなかったので問題なく進んだ。
だがこの間、シャマンとリオンが気になって仕方なかった。
尺八を行う大地の耳にリオンの悲鳴とも喘ぎ声ともとれるものがか細く聞こえてくる。
彼の真意を知る身としては、シャマンに甘えてよがっているように響いて悶々としてしまう。
シャマンは先ほどのリオンの様子をどう感じているのだろう。
身を持ってシャマンの気遣いや優しさを知っている大地は気が気ではなく、担当の教育係に叱られてしまうほど気もそぞろだった。
那智の初挿入練習の相手は運悪くクロマサだった。
土臭い那智の素朴で新鮮な反応に、リオンのせいで当初損なわれていたクロマサの気分はどうにか持ち直していた。
尺八が終わった大地は、シャマンとの挿入練習に入った。
リオンの登場に心を乱されていた大地は、嘘つきのあざとい少年を先ほどまで相手にしていたシャマンが彼をどう感じているのか気になりつつ、
いつもの準備に取り掛かる。
帯を外して横になる大地に、シャマンは今朝中村に言われたことを告げた。
「今後お前の挿入練習は、ずっとオレが担当することになった」
「えっ」
驚いて身を起こす大地に、いつものそっけない口調でシャマンは続ける。
「…うん、わかった!」
大地は一気に機嫌が良くなった。
中村がどういうつもりでそう決めたのかはわからないが、とにかくシャマンと接する機会が増えることが大地は嬉しくて仕方なかった。
そのやりとりをアカベコの尺八をしながら必死で窺っていたリオンは当然おもしろくなかった。
耳をそばだてても何を話しているのかまでは聞き取れないことも苛立ちを誘う。
アカベコの魔羅に舌を這わせながら、聞こえてくる大地の泣き声がこれまた癇に障る。
(なんだよあいつ。ひんひんひんひん泣きやがって。わざとらしいにもほどがあんだよ!)
アカベコは先ほどの恨みもあって、イライラしながらおしゃぶりしているリオンのおちんちんを意地悪く足の先で弄んだ。
「おらおら、あんまり生意気な態度とってっと怒っちゃうよ~。おじさん怒らせると怖いんだよ~」
シャマンと大地の様子に集中したいリオンにとって、アカベコの執拗なセクハラは邪魔でしかなかった。
(…黙れキモおやじ)
「うああっ、イイ、そこ…あっ出る出るッッ!!」
イライラが最高潮に達したリオンは、思わずあっという間にアカベコを昇天させてしまった。
「ああ、ハァ…お前…プロフィールの割りにゃ、めっちゃスゴ技持ってんじゃねェか…」
射精の余韻で息を荒げるアカベコにそう言われてリオンは焦った。
(ヤベ、ウブな振りしないといけないのに…ごちゃごちゃとセクハラしてくるこいつがうっとうしくてついやっちまった。今度から気をつけよー)
心の中でいけね、と舌を出しつつ、リオンはシャマンたちに視線を移した。
「…さぁ、終わったぞ」
「っ、っく、ん」
大地は挿入練習後、泣いていた余韻で胸をわななかせながらゆっくりと身を起こした。
「今日は亀頭の下少しまでだな。お前とは長いつきあいになりそうだ…」
「……」
シャマンのため息まじりの言葉に、今日も盛大に泣いてしまった大地は恥ずかしくて顔を赤くした。
しかし、まだまだ挿入に時間がかかる大地の面倒をしっかり自分が見てやらないとといった、専属になったがゆえの発言のような気がして少し嬉しく感じてしまう。
(いや、でも情けないのは変わらないし…嬉しいって思うのはダメなんだろうけど…でも、やっぱ嬉しい)
なんとも言えない複雑な心境の大地だった。
