「……」
嬉々としてはしゃぐリオンに対し、シャマンは別段いつもと変わらず無駄な口を叩かなかった。
シャマンとリオンの動向を一言一句聞き漏らすまい見逃すまいと、窓の近くで団子になる見習いたち。
大地はそこでどうにか首を伸ばしてふたりの姿を確認できたが、思った通り顔を紅潮させてシャマンを見上げるリオンが見えてまたしても嫌な気持ちになる。
リオンの手はシャマンの組んでいる腕に掛けられていた。
あのシャマンにこうやって触れるなど、新人のとる行動としては異例だった。
「あいつ…この話が終わったらオレらでボコボコにすんぞ」
「ああ」
日頃大地に対して嫌がらせをしてくる彼らだったが、リオンはその比にならないほど頭にきたようだ。
大地は何人かでひとりをいじめたり暴力をふるうことには断固反対だったが、先に入った少年たちがそう思っても仕方がないと思うほど、リオンは
大胆不敵でかつ虫が好かなかった。
「ねェねェ、何?僕のことで何か知りたいことがあるんでしょ?シャマンさんにならなんでもしゃべっちゃうよー!」
背の高いシャマンの腕組みに掛けた手を中心に、リオンはその場でピョンピョンと飛び跳ねている。
シャマンはそんな彼に対して静かに口を開いた。
「…お前のプロフィールに書いてあったな。かつて男に襲われた経験があると」
シャマンのその言葉に、大地は身を強張らせた。
(え…リオンが?)
目の前の彼の姿からは想像できないが、彼も大地と同じような経験があるのか。
あまりにも意外で、大地以外の見習いたちも驚いてお互い顔を見合わせている。
リオンはシャマンにそう言われて先ほどのうきうきした様子から一変、しょんぼりと俯いて答えた。
「うん、半月前にね…思い出すのも嫌だけど、犯されたんだ…」
「……」
シャマンは黙ってリオンの告白を聞いている。
半月前と言うと、つい最近のことではないか。
犯されてしまったとなると、さぞや辛くて怖い想いをしたことだろう。
さっきまであんなに腹立たしかったリオンが暴力的に男に犯されたと知って大地は同情した。
リオンはじっと下を向いていたが、意を決したように全身に力を込めてシャマンを見上げた。
「だから男の人はすごく怖いよ。でも、ウチが貧乏で、僕が働かないと家族が路頭に迷っちゃうから…だからこうしてここにいるんだよ…!」
リオンの小さな肩は遠目からわかるほど震えていた。そして声音から察するに、泣いているようだった。
レイプ被害に遭っても身体を売らなけらばならないリオンのシビアな状況に、意地悪く立ち聞きしていた少年たちは黙り込んでしまった。
しかしここで、大地と那智の頭に大きなクエスチョンマークが浮かんだ。
昼食後のリオンの話では、彼は三ヶ月前から最近まで小遣いをもらえるからという理由で少年好きの男に身体を好きにさせていたと言っていた。
第一彼はシャマン目当てでここへ来たのではなかったか。
大地はそう思いながらシャマンを見たが、その表情からは感情を読み取れなかった。
「うぅっ…うっ…」
リオンが悲しげな声を上げてシャマンに寄り添う。
さらに密着するリオンにハッとした大地と見習いたちだったが、男に襲われた話のせいで何も言えなくなっていた。
シャマンは嗚咽を上げ始めたリオンに近づかれても、無表情でじっと動かない。
「うぅ、うああぁ」
感情が高ぶったのか大きな泣き声を上げながらシャマンの腰に腕を回そうとしたリオンだったが、その肩をシャマンはグイッと押し返した。
「ぁぁー…え?」
すがりつこうとした人から突然突っぱねられて呆気に取られたリオンは、目と口をぽかんと開いたままシャマンを見上げた。
「不思議だなァ。男が怖いと言う割りには、えらく接触してくるじゃないか」
「っっ」
「それに挿入練習じゃ、オレに腰を擦り寄せてしっかり足でホールドしてたよな」
リオンはシャマンにそう言われ、言葉を失った。シャマンは容赦なく言い放った。
「本当のお前は男に襲われたことなどない。そのかわりに複数回、複数の男と和姦の経験がある。そうだろう?」
思わぬ指摘にリオンは表情を変えることもできず固まった。
図星だ。その通りだ、全部当たっている。
シャマンの言う通り、 リオンは小遣い欲しさに自分から男に身を任せたことはあっても、レイプ被害に遭ったことなど一度もなかった。
呆気に取られたのはリオンだけではなく、大地と那智もだった。
レイプの話など真っ赤な嘘。シャマンの気を引きたいばっかりにリオンが作り出したできごとに他ならなかった。
(リ、リオン…なんてヤツだ!!)
大地は憤慨した。
実際にクロマサに犯されそうになった大地からすれば、そのようなあらぬ事件を持ち出してシャマンの同情を買おうなど卑劣極まりない行為だ。
それは他の少年らも同じだった。彼らから不満が噴出する。
「ハァ!?なんだよそりゃ!!」
「嘘ついてシャマンさんに優しくされようってか!」
「しかも襲われたとか、そんなの言われたらみんな可哀想って思うじゃねェか、なァ!!」
「シッ、聞こえないから黙って!」
話の行方を聞き逃したくない少年が、怒りを爆発させた少年らを注意して静かにさせた。
愛しのシャマンに嘘を見破られたショックでフリーズしていたリオンは、やっとの思いで小さく口にした。
「な、なんで…」
わかったんだよ、と問いたいリオンに、シャマンは続いた。
「オレが今まで何人の子どもに挿入してきたと思う?」
「…っ」
少年が陰間デビューするためにその菊門を挿入可能にする仕事。
それを日々行っているエキスパートのシャマンには、リオンの偽りのエピソードなど見破るのは簡単な話だった。
「オレの同情を買いたいあまり、レイプされたことがあるなど軽々しく口にするな。軽率についていい嘘じゃない」
「っ…!」
シャマンにそう言われ、リオンはシャマンを見上げたまま一度大きく肩を震わせた。
みるみるうちにその瞳に涙がたまり、ぼろぼろと泣き始めた。
「カ、カッコイイ…」
盗み聞ぎしている少年の誰ともなく、シャマンの言動に対してため息まじりのうっとりした声が漏れる。
「うん、マジ惚れる…」
「…どこまでオレたちを虜にすりゃ気が済むんだよシャマンさんは…」
「気が済むも何も、本人が全然そんな気ないのがいいんだろー?」
「そうそう、そこなんだよなぁ…!!!」
姑息な手段で自分たちのシャマンに取り入ろうとし、それをその張本人に看破されたリオン。
当初から気に食わない態度をとっていただけに華麗に撃退された気がして、彼らはまたシャマンにメロメロになった。
(シャマンさん…うぅ、ますます…大好き!!)
レイプ被害で苦しんでいる大地にとってシャマンの言葉はとても嬉しかった。
彼はクロマサの事件のことには触れずに大地と接してくれている。
それは大地の心の傷がどれほど深いか配慮してくれているからに他ならない。
普段から感じてはいたことだが、その裏にある想いが垣間見える場面に立ち会うとシャマンがたまらなく愛しかった。
そして浅はかな考えのリオンを戒めてくれたような気がして、シャマンへの想いが加速していくのを自覚した。
