食べ終わってリラックスルームで少し食休みをしてから実技研修室に足を向ける。
すでに見習いたちが集まっていて、珍しく全員が団子になり何やら話に花を咲かせていた。
「シャマンさんが…」
「シャマンさんは…」
嬉々とした彼らの口の端々から上がるのは、中村屋が誇る我らが教育係の名前だった。
いつだってシャマンは見習いたちにとって強い関心の的だったが、このフィーバーぶりは昨日のリオンのことがあったからに違いない。
あの一件が少年たちの心を一気にヒートアップさせたことが窺い知れた。
大地は嫌がらせされていることもあってその輪の中には入らず、しかしシャマンの噂とあっては聞き過ごすこともできずに遠巻きに耳をそばだてた。
ひとりの見習いが言う。
「あのリオンってヤツさ、嘘つきだしカマトトぶるしクッソ生意気でどうしようもねェヤツだけど…シャマンさんといたいってだけで、ここで働くこと
決めたんだろ?」
シャマンの話から自然と事件の発端となったリオンの噂に移る。
「それって…生半可な気持ちじゃできねェよな」
「ああ、一生を左右することなのにな」
昨日リオンが陰間になる覚悟をした様子を目の当たりにして、少年たちは呆れ半分、尊敬半分の口調で話している。
それは大地もリオンに一目置くところだった。
レイプされたなどと嘯いてシャマンの気を引こうとしたのは許せないが、陰間とは無縁の自由な生活を送ることができるのに、それを選ばす愛する人を
取ったリオン。
お目当ての人に嘘を見破られ、装わない裸の心で泣きじゃくった彼を思い出すとそんなに悪いヤツじゃないのかもという気になる。
(他のヤツらもみんなシャマンさんが大好きだから、自分の想いを重ねちゃうのかもな…)
大きな声で褒めたかないが、あいつすごいよなァ…なんて空気になった時、不意に誰かが話題を変えた。
「ねェねェ、僕ずっとシャマンさんのことで疑問に思ってることがあるんだけどさ、僕たちに挿入した魔羅って…その後どうしてると思う!?」
あまりにも唐突な疑問に、急展開過ぎて輪になっていた少年たちはおろか大地までもがブッ、と驚いて噴き出した。
「なんだよ、いきなり過ぎるぞ」
「空気読めよ」
他の見習いから責められた少年は悪びれずに答える。
「いや、だってもうずっとずっと気になってんだよ。当然勃起したままだろ、その後見たヤツいる?」
(い、言われてみれば…そうだよな)
大地にとって彼の疑問は目から鱗だった。
挿入練習は著しく心身を消耗するため、今までそんな部分に焦点を当てる余裕がなかった。
勃起した魔羅は射精に導くことで早く鎮まる。シャマンはどうしているのだろう。
大地が顔を赤らめて考えていると、リオンの声が不意に響いた。
「先輩たち、何話してるの?僕も混ぜて」
リオンは見習いたちの輪にズンズンと近づいていく。
その後ろにいる那智はそれに続きながら、何故かそこではなく大地に視線を向けてきた。
目が合うと軽く会釈してきたため、大地も同じように返した。
さっきまで噂していた当人が突然来たため、少年たちに少し動揺が見られた。
陰間になる必要などないのに、シャマン恋しさ、ただそれだけでここにいると決めたリオンには皆一定の評価をしている一方で、新参者でシャマンに
大胆なアプローチを繰り返すため簡単に心を開けないようで、見習いたちは一瞬静まり返った。
リオンは彼らがシャマンについて話をしていたことに勘づいているのだろう。
シャマンの匂いのするところ、それがまだ関係の浅い先輩たちの噂話でもいち早くかぎつけて物怖じせずに突っ込んでいく。
それは大地にはない大胆さだった。
「ねェねェ先輩たち、僕何も知らないからいろいろと教えてくださいよ。シャマンさんがどうしたの?」
親し気に甘えた声を出すリオンに、少年たちはまァいいかとそのまま話を続けた。
「あんな、お前も知ってると思うけど挿入練習を担当する教育係は陰間の中でイケないんだよ。尺八練習以外で射精が許されてないから」
「うん、うん」
説明してくれる少年に身を乗り出してリオンはうなずいた。
「シャマンさんは絶対に挿入しか担当しない。だったらその後の勃起した魔羅をどう処理してんのかってことよ」
目を輝かせて聞いていたリオンの顔がどんどん紅潮していく。
「だろ!?」
ノリノリで相槌を打つリオンに気を良くして、話題を提供した少年は嬉しそうにニッカリと笑った。
なんだかすごい楽しそうで、さっきは急な話に呆れ気味だった他の見習いたちも話に参加してきた。
「練習後は…いつもは職員専用のシャワールームに行ってるよな」
ある少年が自分たちが今いる実技研修室の隅を指差して言うと、また別の少年が返す。
「そりゃ、そこで自分でこすって処理してんでしょ」
その一言に、ぐびり、と何人かの喉元から生唾を飲む音が響いた。
「うわ、見てみたーい!!!」
そう大声を出したのがリオン。
しかしリオンならずとも、あのシャマンが自慰をするところを想像すると大地も自然となんとも言えぬ興奮を覚えた。
それはその場にいる見習いたち全員に言えることで、みんなが思い思いに口にし始めた。
「そ、想像するだけで鼻血が…!!」
「手伝って差し上げたい…」
「もったいないよな、あんな美形がオナニーでヌいてるなんて」
「そうだよ、ひとりでイくなんてずるいよォー!!」
もう妄想と現実がごっちゃになっている今のリオンの発言に、一同が笑った。
最初に言い出した少年はみんながすっかり盛り上がっているのを見てまた疑問を発する。
「シャマンさん、何を想ってイくんだろうな」
「うーん、僕!」
「バーカ、オレに決まってんだろ!!」
「悪いけどそこはオレですよ」
すかさず見習いたちが口々に名乗りを上げるが、みんな笑顔で心底楽しそうだ。
大地がこんな生き生きとした彼らを見るのは初めてだった。
そこにひとりの見習いが新たな意見を述べる。
「僕ですよー!!…って言いたいところだけどさ、冷静に考えて、さっきまでケツに挿れてた子のことじゃない?」
彼の意見は、挿入を担当された誰でもがシャマンの『おかず』の対象になりうるというものだ。
あのシャマンが自分を想って魔羅をこする。
彼らにとってそれはすこぶる誇らしく、天にも昇るほど嬉しいことだ。
そして男にとって一度奮い立った興奮は手近な刺激で治めるという一番リアルな根拠でもある。
が、それがまた物議を醸し出す。
「うーん、可能性は高いけど…なんか考えにくいな」
「うん、オレたちをエロい目で見ないもんなシャマンさんは」
「絶対にクロマサやアカベコみたいな下衆野郎じゃないもん!」
シャマンと性的接触を切望する一方で、めったやたらといやらしい性的対象として扱われたくないといった複雑な気持ちが彼らには根強くあるらしい。
このネオ芳町でシャマンだけはそうであってほしくないという強い願い、またそう思えるだけの信頼を彼は手にしていた。
大地も彼らに同意だった。
