百華煉獄80
 どうにかこうにか三時になり、クロマサの尺八練習からシャマンの挿入練習へと移った。
 クロマサはあの後『観察尺八』に『爆音吸引尺八』をプラスしたものを要求し、その後は頬の裏に魔羅を当てて刺激する『頬裏尺八』でお開きとなった。
 その間あのクロマサのことだからふんどしも剥ぎ取られて、大地の身体に触れ放題だった。
 なので次の挿入練習に入る頃には大地はへとへとだった。


 いつも通りにうがいと洗面を終えて窓際の方を見る。
 そこにはすでにシャマンが大地を待っており、視線が合うと無表情ながらも小さくうなずいた。

 しかし、ここで思い出さなくてもいいのに見習いたちが実技が始まる前に話していたことを思い出す。
『シャマンさんは挿入した後の勃起した魔羅をどうしているのか』
『自分でこすって処理してるんだろう』
『何を想ってイクのか』
 そんな彼らの意見がムクムクと頭を占領していくのとシャマンの元へと歩んで彼への距離が縮むのとがほぼ比例して、大地はボッと顔を真っ赤にした。


(…わー!わーわー!!)
 必死で意見を打ち消そうとしたが、そう思えば思うほどシャマンの謎多き下半身事情を意識してしまう。
「…どうした?」
 間近に迫っていたシャマンが、大地の様子がおかしいことに怪訝な顔で尋ねてきた。
 『あなたの魔羅のことを考えていたんです』と答えるなどできず、またシャマンの顔を見ることもできずに大地は視線を泳がせる。
 …と、たまたまその先がシャマンの股間だったからさァ大変。

「ヒッ!」
「…あ?」
 思わず悲鳴を上げる大地にシャマンは訳がわからずますます不審気な表情を浮かべている。
「なッなッ、なんでもない!です!!はい、用意します!!」
 自分の様子がおかしいことをこれ以上シャマンにツッコまれる前に、大地はさっさと挿入練習に向けて準備を始めた。
 シャマンは少々呆気に取られつつ、変だとは思うのの何も言わずに大地の進める通りに従った。


「うぅぅ、あっ、痛、痛いン!…〜〜〜、ぅうっ、ひくっ…ふくっ…」
「……」
 シャマンのペニスが亀頭の少し下まで挿入されたところで、やはり大地はこらえきれず泣き出してしまった。
 昨日と同じ部分までの挿入だ。尺八練習に対し、挿入練習は進歩がなかった。
 シャマンは先ほど大地の尺八練習のがんばりを見ていただけにこれ以上の叱責は酷だと思い、ここで大地を解放した。


 そんな感じでこの日の実技は終了した。
 大地はまたもや自己嫌悪に陥った。
(尺八でがんばり過ぎたのが挿入に影響したのかも…)
 分析をしてはみたものの、そうだとしてもこれではこの先もスムーズにはいきそうにない。
(ハァァ…)
 深いため息をついていると、職員のシャワールームからシャマンが出てきたところが見えた。

 大地はハッとしてその股間を思わず見てしまった。
 そこは勃起しておらず、普通の状態になっている。
 大地の練習が終わった時点ではもちろんまだ射精していなかった。ということは…と考えてまたもや顔を赤らめていると、その場にいた見習いは
全員同じことを思っていたようで、彼らの視線がシャマンに集中している。
 彼らも大地と同様に頬を紅潮させてもじもじとしていた。

「……」
 こぞって見習いたちが落ち着かない様子を見せているのが自身の自慰についてだと気づいたのかどうなのか、シャマンは小さくため息をついて
スタスタと研修室から出て行った。


「あんな雰囲気の人なのにシャワールームでオナニーなんて…エロ過ぎる」
「ハァァ、シャマンさんならもう何してもカッコいいし素敵だよ」
「うぅん、ホントもう好きにして〜って感じ!!」
 見習いたちはシャマンの魅力についてしみじみと感極まり、うっとりしている。
 ひとり離れている大地だって、まったく同じ気持ちだった。


 大地は疲れていたが、シャワーを浴びようとよろよろと出口に向かっていく。
 すると背後からため息まじりの声に混じってリオンの真剣な声音を帯びた指摘が聞こえてきた。
「…あの大地って人さ、挿入練習の相手はいつもシャマンさんだね」

 大地はぎくりとした。
 やはり熱狂的シャマン親衛隊と言える彼ら、その中でも特に熱烈なリオンにはすぐに気づかれた。


「ああ、あいつはここに来て十日ぐらい経つけど、挿入担当はずっとシャマンさんだ」
「ええ!?なんで??」
「知らねェよ、オレが聞きたいぐらいだよ」
「そうだよ、各研修の担当配置は全部ご主人様が決めるから、オレたちがどうこうできることじゃないんだ」

 そういう事情は彼らもわかっているようだ。
 大地はそれを聞いて少しホッとしたものの、それでもやっぱり一番のやっかみの対象になっているからこそ今嫌がらせをされているのであって、
彼らの嫉妬の深さを思い知った。

 長い間いる先輩見習いたちはどうにかそんな気持ちでやり過ごしているようだが、ここで納得いかない様子を見せたのは入って二日目のリオンだった。
「あの人、自分だけは特別だって思ってるんじゃない…?」
 呪わし気などんよりとした口調で大地に視線を送る。
「そういや今日はあいつだけシャマンさんの話に入ってこなかったよな」
「特別な自分からしたら、会話のレベルが低すぎるってか」
「『何低レベルなこと話してんだよ、シャマンさんはオレでオナニーしてんだよー』とかオレたち思われてるってヤツ?」
 リオンに同調した見習いたちの陰鬱とした妬みが一気にそのあたりに蔓延する。
 大地は背中越しにそれを肌で感じて、いたたまれずにその場を後にした。


「おーい、聞こえてんだろー?」
 背後からギャハハ、と大地をからかって笑う少年たちの声が追いかけてくるが、そのまま無視して部屋へと戻る。
 シャマンを独り占めしたい彼らの狂おしいほどの嫉妬と羨望。
 大地は痛いぐらいにそれを感じた。



(ますます孤立しちゃうなァ…でもオレはここに友達作りに来てるわけじゃないし、そもそもあんなヤツら、別に…)
 悔し紛れにそんな風に思ってみても、同世代の彼らに無視や嫌がらせをされていることに悲しさを覚えないわけがない。
 いろんなことに落ち込みながらシャワーを浴びてそのまま食堂へ足を運んでいると、中庭の物陰から声を掛ける者がいた。
「おーい、大地大地!」
「…え?」
 夕闇が迫る暗い影をよくよく目を凝らして見てみれば、なんとミナトがいるではないか。
「ミナト!!」
「へへー、遊びに来たぜ」
 ミナトはトレードマークのいたずらっぽい表情で笑っていた。

「な、なんだよ、びっくりするじゃないか!」
 とは言うものの、大地は五日ぶりに会うミナトに大喜びだった。
「ひひひ、誰にも見つからねェように忍び込むってワクワクすんな!」
 傍に来たミナトは相変わらずのにっかり笑顔。自然にその笑顔に誘われて大地も笑った。


 しかし、今は午後六時前。
 詳しいことはわからないが、こういうところは夜が一番華やいで客が多く来るものだろう。
 そんな稼ぎ時に…と大地は心配した。
「え、こんな時間に…仕事大丈夫かよ?」
「合い間だから。次の客が来るまでちっとばかり時間あるから大丈夫だよ」
 ミナトのこんな部分にいつもいい意味のふてぶてしさと言うのだろうか、たくましさを感じる。

「並木がさっきデビュー寮に来てさ」
「え?」
 昨日、並木からミナトのところに行ったと聞いたばかりだったが、また今日も彼のところに行ったんだと知って大地は少し驚いた。
「お前が座学に合格したって聞いたぜ」
 大地の肩をぽん、と軽く叩いてミナトは微笑んだ。
「やったな」
「うん、ありがとう…!!」
 ミナトに労わられると他の見習いたちからつま弾きにされている分、余計に嬉しかった。
 大地は噛みしめるようにうなずいて笑った。


 それにしても、ミナトとは五日会わなかっただけなのに印象が少し違って見えた。
 性格的にはなんの変わりもないが、中村屋の陰間になった彼は身なりを陰間の世話人が見立ててくれるので、見習い時代と比べると垢抜けている。
 ヘェェ、と大地が感心していると、ミナトは得意そうに言った。
「オレ、大物政治家の息子の顧客がついたんだぜ。初日から今日までオレ目当てに毎日通ってんだ、そいつ。立派な極太客掴むことに成功したぜ」
「極太客?」

 大地が初めて聞く言葉。
 ミナトの説明によると、極太客とはこういった風俗業界用語のひとつだと言う。
 まず多額の金を使う客を『太っ腹な客』の略で太客と言い、極太客になるとそのさらに上のランクになり、店にとって大変ありがたい存在なのだそうだ。
「新人陰間が初日にそんな大物掴んだのはここ最近なかったことだとよ」
「へェ、すごいじゃんミナト」
 大地に褒められてエヘンと胸を張るミナトは、やっぱり大地が憧れる笑顔の素敵なお兄ちゃんだった。


 そうして少しお互いの近況を話した。
 大地の進み具合を気にして見習い寮に来てくれたミナトは、大地の話を聞いてふんふん、とうなずいている。
 シャマンが大地の挿入専属になったことに少し驚いていたが、それに嬉しさを隠せない大地を見てわけ知り顔でふふん、と笑った。
「な、なんだよォ」
「なんでも〜?」
 ニヤニヤ笑うミナトに大地が照れ隠しに抗議の声を上げると、彼はしらばっくれてまだニヤニヤ笑っている。
 もう!と軽くミナトの肩あたりにパンチを見舞うと、お返しに大地のおでこをペチペチ叩いてくる。
 ふたりは馬鹿らしくなってクスクス笑った。

「おーわ、そろそろ準備に入らねェと。時間厳守でないとうるっせェんだ世話人たちが」
 大地の『兄』は走って帰ろうと、着物の裾を持ち上げて帯に挟む。
「そんなことしたらせっかく綺麗に着せてくれた着物が着崩れるぜ」
「どーせ脱ぐんだ、細かいこと言うな!」
 ガハハ、と大きな口を開けて笑いながら、ミナトは身軽に身を隠しつつ店の方へ姿を消した。

(落ち着かないヤツ…)
 中村屋の陰間になっても自分らしさを失わずたくましいミナトに大地は小さく笑いながら、安らぎと楽しさを与えてくれる彼に感謝した。


 その後の夕食も、いつもと同じひとりでの食事だった。
 ジェラシーに駆られる見習いたちの冷たい視線は容赦なく大地に注がれる。
 だがミナトに会って元気をもらった大地にとって、それは特に問題ではなかった。
 我が身に浴びせられる見習いたちの鬱屈とした不満を振り払うように、大地はぱくぱくとミナト風に豪快に食事を口に運んだ。