十六日目。
ほとんどの見習いがデビューできる日にちは優にオーバーした。
しかし昨日シャマンが実技を終えて下した判定は、デビューはまだ先ということだった。
焦りが日ごとに強まってくる中のこの評価に、暗い顔をした大地。
『焦ったって仕方ないだろう。半分しか挿入できない者にオレは合格と言えない。それよりも泣くのをやめろ』
シャマンは口が酸っぱくなるほど説いていることをまた口にして、大地のもとを離れた。
その時のシャマンはいつも通りの仏頂面で、そのままフイッと研修室を出て行ったものだ。
その様子を思い出して、大地は思った。
(だけど…)
『泣くのをやめろ』。
一見冷たく言い放ったように見えるその言葉の裏にあるものを大地は理解していた。
魔羅を容易に受け入れられない大地の身体については、シャマンの長年の挿入練習の勘で大きな困難を伴うことは彼も認識している。
しかし泣いてしまうことはどうにか耐えろ、と大地が少しでも嗜虐的な客に提供されないようにというシャマンの配慮があってこその課題だった。
(『焦ったって仕方ないだろう』って言葉に、オレが変に焦らないようにって気持ちが込められてるんだよね…)
大地はシャマンの優しさにほんのりと頬を染めて、午後に向けて実技研修室の扉を開けた。
そこにはリオンと那智を含む見習いたち全員が輪になってはしゃいだ様子で会話していた。
彼らが嬉々として話すのはシャマンのこと以外にない。
無視したり嫌がらせをされている大地は、気になるもののもちろんその中に入ることができない。
なのでつかず離れずの場所に座って聞き耳を立てた。
「シャマンさんのペニスって、ちゃんと見たことある人いますか?」
二日ほど前に入ってきた少年が、中心的存在のリオンに目をキラキラさせて尋ねた。
シャマンはいつも毛布や着物で魔羅を隠して実技を行う。
本来は先輩らしく『見た』と言いたいところだろうが、リオンは正直に答えた。
「…いや、見たことないね」
すると彼に続いて見習いたちが口々に言った。
「オレも見たことないー」
「想像は百万回ぐらいしてるけどな、実物は…」
何度も挿入を担当してもらっている大地ですら、シャマンのペニスを一度として目にしたことはなかった。
「アレってさ、隠してるんだよな。シャマンさんがオレたちの視界に入らないように気遣ってくれてるのさ」
リオンの一言に続いて、ホゥゥ…という少年たちのうっとりとしたため息が聞こえてくる。
毎日毎日男どもの性的対象となり、心身ともに疲弊している少年たちにとって、少しでもセクシャルなストレスがかからないようにというシャマンの心配り。
それは大地をはじめ、見習いたちはみんながみんな理解していた。
「そうそう、クロマサやアカベコは嬉々として僕たちに魔羅見せつけてくるのに、シャマンさんはそういう低俗なことしないよね」
「あいつらは『ほれ、オレ様のどでかいおちんぽだぞー』ってさもありがたがれと言わんばかりだよな」
「だーれもお前らの汚ねー祖チンに興味ねーっての」
クロマサたちのセクハラにほとほと困り果てている彼らは、下衆な大男ふたりを忌み嫌って顔を歪ませた。
そこにムフフ…と笑みを含ませてリオンが言う。
「シャマンさんのなら、いくらでも見たいし触りたいし咥えたいし挿れたいけどな」
大胆な欲望に彼らは頬を紅潮させて大きくうなずいた。
リオンの率直な物言いに大地は少しドギマギしたものの、願望に大小の差はあれ同じ気持ちだった。
「僕、見たことあるよ。シャマンさんのペニス」
照れながらも少しへへん、と得意そうな様子を見せる彼は、昨日入ったばかりの十二歳の誉(ほまれ)という少年だった。
誉は他の見習いと同じく入って早々シャマンに首ったけになり、彼との接触を積極的に図る大胆な性格だった。
もともと男性経験もあるようで、それもあってか大地は少しリオンに似ているな、といつも感じていた。
あれだけレアなシャマンのペニスを、入って早々の見習いが見たと言う。
瞬時に先輩見習いたちに不穏な空気が漂った。
「…見たことあるって、どんな時にだよ。お前まさかシャマンさんの後ついてって覗きでもしたとか言うんじゃねーだろうな」
普段はどちらかと言えば可愛いタイプのリオンが怖ろし気な雰囲気で誉に迫る。
なんとも言えない迫力に、誉は慌てて弁解した。
「違うよ!僕、どうしてもシャマンさんのペニスが見たくってさ、挿入体勢に入ってる時にガバッと身体起こして見たんだよ」
ここの誰もがその行動を起こしたくてもできないのに。
自己弁護的な言い方をしてはいても、誉が図々しことに変わりはなかった。
リオンは先輩の自分、一番のシャマンファンだと自負する自分を差し置いて新入りがそんな行動に出たことに苛立った。
しかし他の見習いたちはその怒りよりシャマンのペニスに興味津々で、誉に詰め寄った。
「ど、どんなだった!?」
「シャマンさんのペニス…色とか形とか、どんな風だった!?」
(うわ、知りたい…)
大地も彼らと同じくシャマンのペニスがどんなものか知りたくてたまらず、良く聞こうと思わず身を乗り出した。
誉はクスクスと笑った。その表情から、シャマンのペニスを思い出しているのだろう。
「ふふ、見目麗しいシャマンさんのイメージそのものの、綺麗なペニスだったよ。スッとしてて、でも力強くって…色白なシャマンさんらしく
先は明るい桃色でね、それがもうエロいの。色も形も僕好みの、超美チン」
この説明に、大地をはじめ最初はおもしろくなさそうだったリオンも聞き入った。
ぐびり、という生唾を飲む音がいくつも聞こえてくる。
みんなそれぞれシャマンのペニスを想像しているのだ。
それを物語るように少しの間静かな時が流れた。
リオンは切実な感情が込もっているのがよく伝わる口調でそう呟いた。
生意気だがシャマンに対しては実に素直な願望を口にするリオンの性格が表れていて、大地は少し笑ってしまった。
リオンによってしばしの静寂が破られ、少年たちはため息まじりに話した。
「あの綺麗な顔にそんな魔羅がついてんのかよ。たっまんねェな」
「そんな美エロチンを挿入されてたなんて…改めて考えるとムラムラするぜ」
「挿れてはくれるけど見せてはくれないなんて…そそるー」
「ああ、いくら積んだらそんなエロい魔羅拝ませてくれるんだよ…いくらなんだよ…」
先輩たちが自分の話に夢中になって悶々とした様子を見せるため、誉は嬉しくなったのかペラペラと喋り出した。
「正面からがっつり見ちゃってあまりにもエロくて美味しそうだったから、僕、ええぃ咥えちゃえーってシャマンさんのペニスに突進したんだよね。
そしたら『こら、何してる』って頭抑えられて冷たい目で睨まれてさァ、またそれがカッコ良くて…挿入された瞬間イッちゃった 」
テヘへ、と呑気に笑っている彼の顔を見て、再びリオンの形相が変わる。
こめかみに青筋を立ててひくひくと顔を引きつらせているリオンに、誉はまたあたふたと言い訳した。
「…だ、だってみんなシャマンさんのペニスに興味津々だったから…!!」
「それとこれとは別だっ」
「それにシャマンさんは絶対尺八させてくれないんだよ!油断も隙もない野郎だ!」
羨望のあまり口々に文句を浴びせられて、誉はたまらずに言った。
「わァん、ごめんなさい!で、でも先輩たちだっていくらでもチャンスがあったんだから、すりゃあいいでしょ!!」
謝りながらもふてぶてしく先に入った少年たちを非難するところが、また誉の肝っ玉の太さと言うか、まァ図太い性格を物語っていた。
案の定、彼は先輩たちに囲まれて軽いいたぶりの洗礼を受けている。
しかしぐりぐりと頬を拳で押される誉も、彼の頭を抱えて拳を押しつけるリオンも、それを見て囃し立てる見習いたちも表情は皆明るかった。
ただそれだけのことなのに、ここではそれがとても嬉しく、大げさではなくここで生きていく張り合いになった。
オレたちは奪われるだけじゃない。受け身の存在なだけじゃない。
オレたちだって好意を持っている男のことはなんでも知りたいし、積極的に性的接触を図りたい。
自らの意思で好きな男とセックスしたいんだ。
そんな彼らの強い意地が、この会話によく表れていた。
思えばリオンが入って二日目にもあったこんなシーンでも、大地はそれを強く感じた。
陰間の見習い寮。
次々とメンバーが入れ替わっても、彼らの変わらない気構えとプライドを垣間見た。
