百華煉獄88
 そして。
「うぁんっ…い、いた…ん、い…〜〜、ぅぅー…くひっ…んんふ、うぅっ」
「……」
 結局魔羅が半分と少しの状態まで入ると大地はこの体たらくだった。


 シャマンは痛がる大地を見て難し気な顔で身を起こした。
 そして魔羅を抜き、大きなため息をついて言った。

「用具入れの引き出しに張り形が入っている」
「ひく、…?」
「ここで自主練だ。湯につかって菊門がふやけたら、自分で挿入しながら他のヤツらがどう克服しているか見て勉強しろ。昨日やれたんだからできるだろう」
「ッッ……」
 シャマンは発破をかけるつもりで大地に厳しく言い放った。


(そんなァ…自主練をここでなんて、他のヤツらがそんなことしてるの見たことないよ…!!)
 昨日シャマンに言われて挑んだ自主練習。
 自身の部屋でひっそりと行ったアレを、みんながいるこんなところで行えと言うのか。
 おまけに昨日のは大地がシャマンとのセックスを想像してなんとか乗り越えられたものだというのに…!


 シャマンは進みのずいぶん遅い自分に呆れてそんなことを言っている。
 それだけでも悔しいのにそんな大地の耳にクスクスと笑い声が聞こえてきた。
 言わずもがな、他の見習いたちが落ちこぼれの大地を馬鹿にして笑っているのだ。


 この日は何故か教育係がすごく少なかった。
 この時期は長期休暇を順にとっているようで、シャマン以外にいるのはふたりだけ。
 クロマサとアカベコの姿も見えなかった。

 そんな具合で、パラパラとしか来ていない教育係についている見習い以外はすることがなくて暇を持て余している。
 シャマンが大地の研修を行わないとなると、次に自分たちの中の誰を相手に挿入練習をしてくれるのかと少年たちは大いに期待して彼の周りに群がった。

「ねェねェシャマンさん、次は僕だよ」
「おいおい、オレだってば」
「嘘つけ、オレだよ!」

「……」
 シャマンを取り合っている少年たちの声を聞きながら猛烈な屈辱と困惑に襲われた大地。
 いたたまれなくなって、はだけた着物姿のままで身をひるがえした。


 用具入れの引き出しから張り形をひとつ持ち出す。そのまま、どこに行こうかと考えた。
 見て勉強しろと言われても、ひとりで張り形練習を行いながらシャマンが他の見習いに挿入するところなど絶対に見たくない。
 ましてや馬鹿にして笑っている見習いたちの前でなど、かっこうのからかいネタになるだけだ。
(どうしようか)
 大地が迷っていると、突然甘えた声が響いた。

「シャマーン!」
 ハッとしてそちらを見ると、中村屋ナンバーワン陰間の拓海が笑顔で実技研修室に入ってくるところだった。

 大地は拓海を見て嫌な気分がさらに高まった。
(ついこないだ来たところなのに…)
 大地に対して宣戦布告と言うか牽制してきた拓海は高飛車で意地悪で、悪い印象しか持てない存在だ。
 ゆえに目の前に迫ってくる彼には拒絶反応に近い嫌悪感を抱いてしまう。


 しかし今日の拓海の目的は大地ではなかった。
 もう何年も恋い慕うシャマンの元へと、他の者には目もくれないで一心不乱に駆け寄った。

 その拍子にシャマンに纏わりついていた見習いたちが身じろぎをしておとなしくなった。
 大地だけではなく、突然のナンバーワンの訪問に一同戸惑っている様子だ。


 見習いたちを視界に入れずに蹴散らしながら、拓海はシャマンの一番近くに当然のように陣取る。
「拓海…なんでお前がここにいる」
 またなんの気まぐれで、といぶかし気な様子でシャマンが尋ねると、そんな彼にうっとりしながら胸元に擦り寄ってナンバーワンは答えた。
「えへへ、後輩たちを励ましに来たんだよー」
「…お前にそんな先輩らしい一面があるとは知らなかったな」
「やァだ、なんだよソレ。シャマンの意地悪ゥ」
 ルール違反を犯す拓海をちくりと刺すシャマンに対し、口では文句を言うものの愛しくて仕方がない様子の拓海は嬉しそうに頬を膨らませて腕をからませた。


「……」
 大地は遠くから、シャマンにひっつく拓海を静かに見ていた。
 大好きな人にベタベタと触れられてとても気分が悪い。
(ここに来ちゃいけない人なのに、シャマンさんに気安く触るなよ)
 自然に大地の中で拓海に対する強いジェラシーが生まれ、表情が固くなる。

 それは他の見習いたちも同様だったようだ。
 いきなり来たこの美少年は自分たちのシャマンにさも恋人のようにからみついている。
 今からオレたちの挿入練習をしてくれるところなのに貴重な時間がなくなるじゃないか、早く帰れよ、と皆ジリジリとした嫉妬をその身に纏っていた。


 だが少年らの間で中村屋ナンバーワンの拓海の名を知らぬ者はひとりとしていなかった。
 この人が中村屋で一番稼いでいる陰間なんだ。
 この人のおかげでこんな綺麗な寮で過ごすことができるんだ。
 オレだってちゃんとデビューできたら、売れっ子になってこの人の上に立ってやる。
 と、憧憬と嫉妬を孕んだ複雑な気持ちで遠巻きに彼の言動を見ていた。

「本当は何をしにここへ来たんだ」
 迷惑そうな顔をしたシャマンの問いに、自分の白い手を彼の大きな手に重ねながら拓海は答えた。
「お客様に急なご用事ができて、午後が丸々空いちゃったんだ。こんなにまとまった時間なんかとれないから、嬉しくてシャマンのところに遊びに来ちゃったってワケ」
「…オレは仕事中なんだがな。中村に見つかって叱られても知らないぞ」
「邪魔しないよォ。本当はシャマンとデートしたいところをここで我慢してんだから、大目に見てもらえるさ」
 重ねた手でそのままシャマンの長い指に自分の指をからませて、ぎゅっと握る。
 恋人同士が手を繋いだような状態になって、大地をはじめ見習いたちは妬みと羨望で小さく唸った。

「やめろ、これがすでに邪魔してる」
 無情にもシャマンはからめられた拓海の指を振り払う。
 それすらも拓海は嬉しいらしく、身をよじって叫んだ。
「あァん、冷たい!でもそこが素敵!!大好き!!」
「……」
 へこたれない拓海をシャマンは冷たく一瞥して、次の実習過程に移ろうとひとりの見習いを連れてその場を離れた。
 拓海はその時初めて、見習いたちが自分たちふたりの様子を静かに見ていたことに気づいた。


 好きで好きでたまらない人に冷たくされた恥ずかしさも手伝って、拓海は腹立たしげに残された彼らに噛みついた。
「おい、大先輩でナンバーワンのこの僕が来てるんだ。頭下げろよ、この礼儀知らずどもが!」
 明らかに八つ当たりだとわかっていたが、そういえばデビュー組と会えばずっとお辞儀していなければならない決まりがここ中村屋にはあったはずだ。
 それを思い出し、見習いらは慌てて頭を下げた。

「フンっ」
 やっと先輩に対する礼儀を思い出した様子の少年たちに拓海は鼻息を荒げた。


 大地も同じように下げた頭で拓海のことを考える。
 彼の言動はシャマンへの愛しさに加え、彼と性的な繋がりを求める強い想いを孕んでいる。
 自分だって本当はそうしたい気持ちがあるのに、あんな風に甘えながら触れるなどとてもじゃないができない。
 奔放に想いを行動に移せる拓海が羨ましく、また同じ気持ちでいる自分にもシャマンはあんな風にきっと冷たいんだろうと思うと切なかった。


「よォ。こないだはどうも」
 考え込んでいると、突然話し掛けられて大地はハッと顔を上げた。
 気がつけば拓海が目の前に来てにっこりと微笑んでいる。

 五日前のリラックスルームでの嫌な思い出が蘇る。
 あの時にたっぷりと嫌味の応酬を浴びせてきたというのに、まだ大地に何かあるのだろうか。


「先輩がわざわざ挨拶してやってんのに返事なしかよ。アホ面だけあって頭も空っぽってか」
 警戒して何も言えない大地に苛立った拓海は、挑発ともとれるような口汚い言葉を相変わらず発してくる。
 カチンとするも、大地はさらなる攻撃を避けようと頭を下げた。
「どうも…」
 いまいち反応の悪い大地を拓海は不満気に見つめる。
 すると、いきなり噴き出した。

「ぷっ…なんだよソレ!」
「え?」
 拓海が笑いながら指差したもの。
 大地が持つ張り形だった。

「っっ!!!」
 大地はひゃっとなって赤面した。
 本来は実技研修で使うものではないのだ。こんなものをここで持たされている者など大地以外にひとりもいない。
 よりによって拓海に張り形を持っているところを見られるなんて。
 大地は自分の落ちこぼれ度合いが恥ずかしくて、張り形を後ろ手に持って隠した。


 拓海が大地の羞恥心を見逃すはずはない。『僕のシャマン』に勘違いして甘えるにっくき大地をいじめようと、そこを意地悪く突いてくる。
「えぇ〜、お前ってさ、ここに来てもう三週間以上経つんじゃないの?実技研修室で張り形練習するヤツなんて、僕見たことも聞いたこともないよ。
具合がどれだけいいのか知らないけどさ、お客様の魔羅が入んない陰間なんて意味なくね?」
 くすくすと笑いながら、大地の顔を覗き込む。
 大地はいたたまれなくなって目をそらした。

「呆れたね。鳴り物入りで『名門のヤツが来た、そいつがデビューしたらごそっと客を全取りされるー!』ってみんな騒然としてたけど、こんなとこで
つまづいてるようじゃいつ座敷に上がれるかわかんないじゃん。箸にも棒にもかかんないってこのことだな」
 先日から大地自身がずっと気にしていることを、ずけずけと攻撃してくる拓海の印象はもう最悪だった。
 シャマンにべたべた触れることを差し引いたとしてもなんて嫌なヤツなんだろうと大地はムカムカした。


「ねェ、お前たちもそう思うだろ?」
 拓海はいつの間にやら自分の周りに集まっていた見習いたち数人に、嫌な笑いを浮かべたまま同意を求めた。
 見習い仲間の中で普段からシャマンに一番かまわれているのが大地だと常にやっかんでいる少年らは、ここぞとばかりに拓海に加勢した。

「その通りですよ。挿入がしっかりできるようになるのはいつの日か…って感じですね」
「オレたちと同時代に陰間として過ごすなんてできないんじゃないですか?」
「すっかりジジイになった頃だったりして〜」
「それじゃあお客がつかないよ」
 馬鹿にしてげらげら笑う拓海と見習いたち。
 大地はこのまま彼らのおもちゃになりたくなくて、張り形を手にその場を離れた。


「あっ、どこ行くのォ、名門クーン?自分で挿れられる〜?練習してる間に五十年過ぎちゃわないように気をつけるんだよー」
 背後から拓海のからかいを含む呼び掛けに続いて少年らのどっという笑い声が聞こえたが、大地はそのまま駆けていった。