「っ!?」
クロマサはハッとなり目を見開いた。
「何をしている」
背後から響く、凛とした声。
静かではあるが確かな怒気を孕んでおり、クロマサを責めていた。
脂で光るクロマサの頭に掛けられた手は片手だが大きく広げられており、後頭部全体をがっしりと掴み上げていた。
つるつると光る頭に点在する五本の指の頭はすべて白くなっている。
いかにその人物が激怒しているか、指の先に込められた色から判別できた。
アカベコとふたりで大地の身体を堪能できると思い込んでいて、その行為に完全に没頭していた。
そのため背後をとられるなど考えてもおらず、クロマサは不意を突かれて固まってしまった。
この声、この行動。
あいつだ。あいつしかいない。
陰間見習いを人気のないところへこっそり連れ込んで犯そうとしている現場を、一番やっかいなヤツに見つかってしまった。
「シャ、…」
クロマサがどうにか言い逃れようと、黒目をゆっくり背後に向けようとしたその瞬間、ぬっと長い腕が眼前に飛び出してきた。
「…ぉっ!」
驚いたクロマサの小さな叫び声が上がる中、その腕はたちまちのけぞった太い首を捕らえ、V字に曲げた内肘でそこをしめ上げた。
そしてその長い腕の持ち主は、後ろからクロマサを覗き込んで語り掛けた。
「さァ、なんと申し開きする?」
「っっ、!!」
「何を言ってもオレには通用しないがな」
「…シャ…ッマン!!」
切れ長の弧を描くまなじりから覗く碧い瞳。
それは怖ろしいほど冷えた光を放ってクロマサを捕らえている。
体格はクロマサの方が二倍近く良かったが、そんなことを意識させないほどシャマンの気が圧倒的威圧感を持って大男をその場に凍りつかせていた。
教育係が決して犯してはならない禁止事項。
それを内密に敢行しようとしていたクロマサは、シャマンに気取られ、窮地に立たされていた。
焦りによって額からみるみる汗が噴き出す。
用具室には異様な緊迫感が生まれていた。
前に回されたシャマンの腕には相当な力が込められているようで、小刻みに震えていた。
クロマサの喉をぎり、ぎり、とゆっくりしめ上げていく。
「ぐぇ…ッ」
歯を食いしばって耐えていたが、堪えかねたクロマサは口から舌を飛び出させた。
舌をしまいかねるほど首全体に圧力をかけられており、クロマサのうめき声がますます苦し気になってくる。
その開いた口元からは涎が溢れ出していた。
クロマサを見つめるシャマンの目は相変わらずひやりとするほど冷たかった。
力が込められた腕とその表情は、まるで別人のもののように違っていた。
アカベコが気を失ったのは、ひそかに用具室に侵入していたシャマンが彼らの身体の間に手を差し込んでその陰嚢を強く握りしめたのが原因だ。
腕の中の少年がどう貫かれるのか、その瞬間に夢中になっている隙を突かれた。
ゆえに自分が誰に陰嚢を掴まれたか、またクロマサが今どうなっているのかも知らずに失神している。
首に対する過度のしめつけによりクロマサの目は充血し、真っ赤になっていた。
また、脂汗があごに滴るほど流れ出ている。
そんなクロマサを見てもシャマンの力は弱まるどころかますます強くなる一方だった。
シャマンはそのままクロマサの背面側、自分の方に彼の図体を引き寄せた。
「かッ…はァ!!」
喉を強烈に圧迫されて苦しそうな声を上げたクロマサは、背後に引っ張られる勢いでエビぞりの状態になり、このままでは背骨が折れるかもしれないという
危機感を抱いた。
クロマサはそれを防ぐために慌てて腰を上げる。大地からその巨体がようやく剥がされた。
大地へと伸びていたクロマサの勃起した魔羅。
引き剥がされて、その先端と大地の菊門との間にローションともクロマサの先走り液ともとれる透明な糸が生まれる。
なだらかな曲線を描く糸はところどころ透明な球を作り、びよんと伸びたものの一瞬だけキラリと光ってすぐ切れた。
「チッ」
クロマサの昂ぶりを表す先走りの糸。
シャマンは苛立たしげに舌打ちした。
そして、容赦なくすさまじい力を保ったまま再びクロマサを背面側に引っ張る。
「っ!!」
クロマサはシャマンのなすがまま、ずずずず、とそのまま部屋を引きずられた。
喉にかかる負荷が最大になり、息ができない。
たまらずに腕を引き剥がそうとその肌に爪を立てて引っ掻くも、シャマンは何も感じていないように赦さなかった。
クロマサはバタバタと足をバタつかせながら、みっともなく後ろ歩きになってシャマンについていくしかなかった。
そのまま用具室から中庭に出たシャマンはクロマサを地面に放り出した。
チュンチュンとはしゃいでいた雀たちが驚いて一斉に飛び立つ。
その時ふ、と大地が目覚めた。
周りの不穏な気配を察知したのか、混濁する意識がゆっくりと浮上し、鮮明になってくる。
「……」
大地は自分がどこにいるのかすぐにはわからなかった。
何やら柔らかい、でもぬめぬめとしたべとついた何かが自分の下にあって、それが全身に触れていることに生理的な嫌悪感を覚える。
視界のぼやけが徐々になくなってくると、自分が男の腕の中にいることに気づいた。
「…っっ!!」
ハッとして顔を上げると、首の左側に鈍い痛みが走る。
その次に視界に入ったのは自分の下で泡を噴いて昏倒しているアカベコの姿だった。
「!!!」
思い出した。
ここは中庭の用具室で、クロマサとアカベコに乱暴目的で無理矢理連れ込まれたのだ。
懸命の抵抗をしたことによって、腹を立てたこの男に殴られたことも。
覚えているのは、朦朧とする意識をどうにかしっかり保とうとしているところまでだ。
(オレ、きっとあのまま…)
絶望に息がつまる。
しかしアカベコのこの姿はどういうことだろう。
静かなところを見ると、こいつも自分と同じように気を失っているようだ。
「……?」
大地はゆっくりと起き上がった。
意識がないくせに大地を太い腕でしっかりと抱きしめているのが、この下衆な男の少年に対する執着を物語っているようで心底おぞましい。
互いの身体の間に塗られたローションのぬめりに四苦八苦しながらアカベコから身をよじって自身を解放させた時、大地に再び疑問がよぎった。
犯されたと思ったのに菊門に鋭い痛みを感じない。
そして、背後から挿入体勢に入るため覆いかぶさっていたクロマサの姿がどこにもなかった。
アカベコの気絶にクロマサの不在。
このふたつのことがらに加え、うまく言えないがここらじゅうに穏やかでない空気が蔓延している気がする。
(オレ…オレ、どうなったんだ。何が起こったんだ)
気を失っているとはいえアカベコと同じ空間にいることが耐え難くなり、大地は開けっ放しになっている用具室の扉へ近づいた。
そこから中庭を見て、目を見開いた。
中庭にはクロマサが転がっていた。
何やらぜいぜいと苦しそうに肩で息をしている。
そして、そんなクロマサの目の前に人が立っている。それが誰だかすぐに気づいて大地は息を飲んだ。
「…っ!!!」
シャマンだった。
彼はクロマサを静かに見下ろしていた。
ようやく首絞めから解放されたものの強烈な力で喉をしめつけられたクロマサは、俯いてゲェェと苦しげに吐いた。
息ができなかったため必死で空気を吸い込み、開きっぱなしの口からはだらだらと涎を流している。
合い間で何度も咳き込むその顔は赤らんで、汗や鼻水、また涙も流れてぐちゃぐちゃだった。
そんなクロマサに対して、真向かいにいるシャマンはあくまで冷ややかだった。
彼らの距離はほんの一メートル足らずしかないのに、別次元にいるかのようにふたりの動静は対極に位置していた。
大地は目の前で繰り広げられている光景に圧倒されていた。
ただならぬことが起こっているという認識はあったが、いろいろなことが起こりすぎて思考がついていかなかった。
ただただ目を見開いて呆然と彼らを見ていることしかできないでいた。
