「……」
シャマンはクロマサを黙って見下ろしていた。
必死で口をパクパクと動かして何かを訴えてくる大男を見ても、感情の揺らぎなど一切持たない無慈悲な目をしていた。
大地はシャマンとクロマサが対峙している様子を扉に寄り添ってずっと見ていた。
しかし、頭のぼんやりとした感覚が強くなってきた。
クロマサの言葉にならない叫びも近くで聞いているのにどこかくぐもっていて、判然としない。
視界がだんだんと隅の方から暗くなっていく。
「うぅ…あああ、ぐはぁぅ、うぅッ」
クロマサは性器に加えられる激痛と、もしや潰されてしまうかもしれないというとてつもない恐怖とで頭がおかしくなりそうだった。
白目を剥き、涙と鼻水と涎にまみれて、叫びともうめきともつかない声を上げ続けているクロマサにシャマンが尋ねた。
「魔羅が使いものにならなくなるのがそんなに怖いか」
「ひぃぐぅ」
クロマサは子どものように泣きじゃくりながら素直にうなずいた。
シャマンはそれを見て鼻で笑った。
「…子どもを性的に弄ぶことしか考えてないんだもんな。そうだよな、怖いよな」
そしてやや前かがみになり、足先にさらに負荷をかけた。
「ぎぃやああああああ!!!!!」
クロマサが絶叫した途端、シャマンの身体をクロマサから引きはがした者がいた。
「やめろシャマン!!!」
並木だった。
シャマンが並木に引き寄せられると同時に、クロマサの魔羅を踏んでいたブーツもそこから退く。
「見習いの子たちが、シャマンがどこかにいなくなってしまったと騒いでるから探してみたら…こんな…」
並木はシャマンとクロマサのふたりを怖れの浮かんだ瞳で交互に見比べている。
シャマンのとった行動に大きなショックを受け、その動揺を隠せない様子だった。
シャマンは並木の制止におとなしく従い、暴れも抵抗もせず、少し俯いてその場に立ち尽くしていた。
クロマサはペニスに加えられた暴行により、ショックでそのままそこにへたり込んでいる。
ずっと踏まれていたペニスと陰嚢だったが一見すれば外傷はなかった。
ただあまりの恐怖に小便を漏らしたらしく、クロマサのいるあたりの芝一面が濡れていた。
中庭には、実技研修室で騒ぎを聞きつけた他の教育係たちと陰間見習いたちが集まっていた。
そこには拓海の姿もあった。
同じ教育係のシャマンとクロマサにただごとではないトラブルが起こった。
その異様な光景から、皆どうしたことかとざわめいていた。
大地はひとり用具室でシャマンたちを見ていた。
クロマサやアカベコに対する恐怖。
そこに疲労や安堵といったさまざまな感情が入り混じって、頭が混乱している。
手足に力が入らないのは相変わらずで、扉に寄りかかったままずるずるとその場に座り込んだ。
シャマンはこの淫獣どもから自分を守ってくれた。
子どもに対し、普段から過度な触れ合いやセクハラを行うクロマサとアカベコ。
そんな彼らの今回の暴挙は本気で許し難いようだった。
並木が狼狽してしまうほど、シャマンはクロマサを手ひどい目に遭わせた。
男性器を潰してしまおうというそれは、守ってもらった大地ですら背筋が寒くなるような無慈悲な行為だ。
クールなシャマンがセーブできないほど憤怒していた理由。
第一は大地を守るためだと思われるが、何か別の気配も感じていた。
(シャマンさん…)
シャマンは何も言わず、クロマサの前で俯いたまま静かにそこに立っている。
おとなしくしているがひょっとすると再びシャマンが暴挙に出るかもしれず、並木がその腕をとってやんわりと牽制している。
俯き加減の顔にはほんのわずかだが思いつめたような、それでいて叱られた子どものような、少ししゅんとしている印象を受けた。
(…シャマンさん、辛そうだ)
大地のためにクロマサとアカベコに対しこんな仕置きを行ったシャマン。
なのにクロマサを戒めるシャマンは、どこか物悲しく、そしてひどく痛々しかった。
彼らを断罪したのは、大地を何度も辱めたことだけではない、もっと別の哀しい理由があるような気がした。
静かにそこに佇むシャマンを、並木は青い顔で困惑しながらなだめている。
そんな姿を見ているとなぜかシャマンが哀れに見えて、大地は胸が締めつけられた。
(苦しいよ…シャマンさん…オレ、胸が苦しい)
性的暴力から守ってくれたシャマンの優しさと行為は嬉しい。
しかし、そのために垣間見えてしまったシャマンの心の闇。
それがどんなもので、どういった経緯でシャマンに生まれたのか大地にはわからない。
ただ、我を忘れるほどの怒りをぶちまけたシャマンに対し、涙が溢れて止まらなかった。
この涙がなんなのか説明できない。
大地はシャマンがただただ痛ましく、そしてただただ愛おしかった。
(ありがとう、シャマンさん。ありがとう…)
大地は心の中で助けてくれたシャマンに何度も礼を言いながら、用具室の入り口でゆっくりと意識を手放していった。
