大地とシャマンは、中村屋の勝手口のひとつから裏通りに出た。
従業員のため誰にも見つからずに警備の網をたやすくくぐることに成功。
大地にはそんなことも楽しくて仕方なかった。
ネオ芳町からは決して出られないが、シャマンと街を散策することが初めてでドキドキが止まらなかった。
おつかいなどでたまに中村屋を出ることは許されるもののこの街へ来た当初男にからまれた恐怖もあり、無用のトラブルを避けるため外出先で長居することはなかった。
今日はひとりじゃない。
しかも隣にいるのはあのシャマンなのだ。
大地はちらりと数歩先を歩くシャマンの背中を見つめた。
(オレ、本当にシャマンさんと街中歩いてるんだ。夢みたい…)
焦がれてやまない最愛の人と、こうしてネオ芳町を歩く。
出逢った当初の感覚が蘇るが、一方であれから今までのできごとによって、この人をあの頃よりもますます好きになったと自覚する。
(しかし冷静に考えてみれば…シャマンさんとふたりきりで散歩なんて、これじゃデートみたいじゃ…デ、デート!?)
そう考えて、大地は『デート』という言葉にひとり赤面した。
「どうした?」
「うぉぁっ…!!」
突然振り返ったシャマンに大地は思わず後ずさった。
そのリアクションを見てシャマンは呟く。
「…変なヤツ」
「……」
(誰のせいで変になったと思ってんだよ)
呆れて歩を進めるシャマンに人の気も知らないでと悲しくなりながら、そのすらりと美しく伸びた背中を追いかけた。
デートだと意識した途端普通にしようにもできる自信がなくなってしまった大地は、シャマンの隣ではなくこのまま少し後ろをついて歩くことにした。
そうしていると大地の耳に吐息交じりの声がいくつも聞こえてきた。
「わぁ、素敵…!」
「嘘みたいにかっこいい…」
「あんないい男、実際いるんだ」
「あの人、中村屋の教育係のシャマンさんって人だよ。ひえぇ、こんなところで偶然逢えるなんてめっちゃラッキー!」
ふとそちらの方を見ると、街行く少年らが大地の目の前にいるシャマンに釘づけになっている。
中村屋では、多少メンツが入れ替わるとはいえ顔馴染みの見習いたちばかりだ。
その中でもあれだけモテモテなのだから、多数の少年がいるネオ芳町をひとたび歩けば熱烈な視線を浴びるのは目に見えていた。
大地は毎日中村屋の中でシャマンと接しているからついそれを忘れていた。
とろけるような視線でシャマンに見惚れる少年たち。
中には一緒にいる年長者のことを無視してシャマンに夢中になっている者もいた。それもひとりやふたりじゃない。その場にいた少年全員がシャマンに夢中に
なっていたのだ。
目の前を行くこの人はそれに気づいているのかいないのか、いつもと同じだ。
(ホンット罪作りなんだから…)
何度目になるだろうか、シャマンの罪深さを呆れつつ実感していると、シャマンを見ている少年たちのささやきが聞こえてきた。
「あの人にひっついてるガキ…もしや恋人?」
「違うよ、アレはシャマンさんとこの陰間か見習いだろ。シャマンさんは恋人いないはずだよ」
「だよなァ、あんなどんくさそーなのがあの人の恋人ってわけ絶対ないよな」
「そうだよ、勘違いするのにもほどがあるぞ。シャマンさんに失礼だろ」
(…な、なんだよ!!失礼なのはお前らだろ!!!)
大地は少年たちの言葉を聞いて少し傷つきながら彼らを睨んだ。
するとそれに気づいた少年たちも、大地を睨み返す。
「なんだよあのガキ」
「聞こえたみたいだな。生意気なヤツ」
少年たちはシャマンの傍にいられる大地に嫉妬するあまり、苛立ちながら大地の怒りに対し受けて立つ姿勢だ。
互いへの敵対心からジリジリと見えない視線で対抗する大地と少年たち。
一触即発な空気の中、大地が彼らを歯ぎしりしながら睨みつけていると突然シャマンに腕を掴まれた。
「おい、何してる。オレから離れるな」
そうして、グイ、と大地を自身の傍に引き寄せた。
「……!!!」
「さっきから男たちがお前を見ていることに気づかないのか」
シャマンにそう言われて、大地は周りを窺った。
少年たちにばかり気をとられていて気づかなかったが、シャマンの言う通り年長の男たちが数人、どうやら自分を見ていたようで目が合った。
「あ…」
大地はこの街に来た当初やクロマサたちから無理矢理襲われたことを生々しく思い出して背筋が寒くなった。
シャマンは大地が男たちの視線を自覚したことを確認して、ため息をついた。
「ヤツらは年長者と歩いてる子どもには容易に近寄って来ない。だからなるべくオレの傍にいろ」
大地がシャマンに見惚れる少年らにヤキモキしている時に、シャマンは逆に大地を狙う男たちを警戒していたのか。
シャマンの言葉通り、彼が大地を引き寄せた途端、男たちはがっかりしたように肩を落とした。
そのうちのひとりが残念そうに呟く。
「あんなに男前のイロがいたんじゃ、オレなんか相手にされねェだろうなァ…」
(イ、イロ…!!!)
大地はこの言葉にドキリとした。
『イロ』=恋人。
この少年にはオレという男がいる。だから声掛けようなんて思うなよ。
シャマンの意図通りシャマンは他人に大地の恋人として認識された。
嘘でもなんでも、ここでは恋人同士。
そのふりというだけではあるが、シャマンと自分はカップルなのだ。
(こ、これじゃ本当にデートじゃないかァ!!!)
歩けばたちどころに少年を虜にしてしまうこんなに素敵な人が、オレのイロ。
真っ赤になってのたうち回りそうになるのをどうにか我慢する。
そんな大地を見てシャマンが声を掛けた。
「…行くぞ」
そして長い足を一歩踏み出す。
大地も同じように一歩歩んで、シャマンに続いた。
(恋人同士なら腕ぐらい組むんだろうけど…そんなことしたら心臓爆発しちゃうから…)
大地は少し考えて、そっとシャマンの袖に手を掛けた。
そのままきゅっ…と袂の端を掴む。
シャマンはそんな大地を背中越しに軽く振り返ったが、何も言わずにそのまま進んでいく。
大地は自分のこの行為をシャマンが許してくれたことが嬉しかった。
「あーっっ!!」
「なんだよ、恋人じゃなかったんじゃないのかよ!」
「あーんシャマンさーんッッ!!!」
大地がシャマンのイロかも知れぬことを知った少年たちの、悲嘆に暮れる声が後ろから聞こえてくる。
少し誇らしくて、こそばゆい。
そんな感情を自覚して、大地はシャマンの行くままネオ芳町を彼と歩いた。
