「シャマンさん、ごめんなさい」
この時振り返ったシャマンは、いつもの彼に戻っていた。
大地はしゅんとした表情で俯き加減に答えた。
「…オ、オレ、シャマンさんに言わせたくないこと無理矢理言わせちゃった…本当にごめんなさい」
シャマンはそれを聞いて呆れ気味に答えた。
「オレは言いたくないことは言わんぞ。オレの性格知ってるだろう」
「……」
そう言われても、昨日に引き続いてシャマンが秘めるなんらかの暗い過去を露呈させてしまったような気がして大地は落ち込んだ。
シャマンはそんな大地に小さくため息をついて、ゆっくりと戻ってきた。
「それより」
シャマンが長い腕を伸ばして、スッと大地の背後を指差す。その先にはあのソフトクリーム専門店があった。
「?」
「あの店、やっと客が減ってきたな」
そう言われればシャマンの言う通り、行列の最後尾が店の入り口十メートル圏内まで迫っている。
唐突に話題を変えられて、大地は不思議に思いながら並んでいる人たちを見つめた。
「そう…だね」
「行くぞ」
「へっ」
大地はハッとしてシャマンを見上げる。シャマンはニヤリと笑った。
「あの店、行きたいんだろ?」
「……!!!」
シャマンがソフトクリーム店に連れていってくれる。
大地は嬉しくて笑顔をパァッと輝かせてうなずいた。
(シャ、シャマンさんと一緒にあのソフトクリーム食べられるんだ!!)
大地は明るい表情で、歩き出したシャマンを追いかけた。
その背中を見つめながら、楓のことを聞かれたことなど気にしてないぞと暗に示してくれるその優しさに、大地は感謝した。
ソフトクリーム専門店にシャマンと大地が並ぶと、引きかけた客が再び増え始めた。
ここの客層の中心である少年たちが、超絶美形の人がいる!とシャマンを見つけて集まって来たためだ。
遠くから憧れの視線で見つめるだけならまだいいが、話し掛けてきたりモーションを掛けてくる者も多くいた。
大地はそんな彼らにヤキモキしたものだが、シャマンは案の定そんな少年たちなどまったく眼中に入れずにほっといていた。
シャマンのおごりでソフトクリームを手にする大地。
シャマンは自分の分はいらないと言うので、他のカップルみたいにふたりで食べてみたかった大地は少し残念だった。
だが、それならば…とすっごくドキドキしながらソフトクリームを『食べてみる?』と差し出してみた。
間接キスになるかも…と淡い期待を抱いていたが、どうやらシャマンは甘いものは苦手なようで断られた。
高望みし過ぎたな、と少し肩を落としたものの、ひとくち食べてみるとその美味しさに大感激した。
『お前、ホントに幸せそうな顔して食べるな…』
半ば呆れながらシャマンにそう言われても、大地はえへへ、と笑って気にせずふたくち目、三くち目とパクついた。
大好きなあなたを彼氏みたいに独り占めして、デートしてるんだもん。
大地はシャマンとふたりきりでいられる幸せを噛みしめながら、かりそめのデートを楽しんだ。
「ん?」
ネオ芳町の片隅に停めてある黒塗りの高級車の中で、中村はシャマンと大地の姿を見つけて眉をひそめた。
「あいつら…いないと思ったら、こんなところにいたんだな」
シャマンとクロマサが起こした騒動で昨日はてんやわんやだった。
それなのに当事者たちがのん気に街中でソフトクリーム店にいるとは。
あいつら、勝手に抜け出しやがって…と中村の苛立ちがさらに募った。
そんな彼の隣には、ひげ面でスキンヘッドの、体格の非常に良い大男がいた。
その男は中村の様子が変わったことに気づいて訊ねてくる。
「…どいつのことだ?」
少ししわがれているその声は低く、異様な迫力があった。
この高級車の持ち主でもある大男は一見して堅気者ではなかった。
ダークサイドで長い間生きている者独特の隙のなさと殺伐とした雰囲気は、相当の猛者であることが窺い知れる。
大男と共に後部座席にいるため身を小さくしている中村は、親し気にフッと笑って答えた。
「ふふ…ナブー、偶然にもあなたが一番逢いたかったヤツがそこにいるよ」
ナブーと呼ばれた大男は、フィルムが張られた上に防弾仕様になっている窓ガラスから目を凝らした。
「…シャマンじゃないか」
「今じゃあいつも二十歳目前だよ」
「そうか。月日が経つのは早いな」
ナブーはしみじみとシャマンを見つめている。その視線にはなんとも言えぬ熱いものが宿っていた。
そんな彼は、シャマンの隣にいる大地に目をつけて中村に尋ねる。
「ああ、あの子はうちの陰間見習いのひとりで大地と言うんだ」
「見習いねェ。そういやァ、シャマンのせいでそんな制度ができたって言ってたな」
ナブーはニヤニヤと笑っている。中村はそんなナブーを見つめて言った。
「…あのふたりに関しては、おもしろい話がある。是非あなたに聞かせたいと思って今日は誘ったんだ」
「なんだ、その面白い話っつーのは?」
「それはゆっくり…今から行く料亭で話そうか」
「おお、引っ張るじゃねェか。なら相当愉しませてくれるんだろうな」
「ああ、約束するよ」
中村は狡猾そうに口の端を上げて笑った。
