絆 2
「お前らなぁ…」
殿は軽く咳払いし、次には語気を荒げた。
「何を考えてんだ、何をっっ!!」
「申し訳ございません…」
家臣達4人は、殿の部屋で正座させられ小さくなっている。
殿は契りを覗き見られた上に、驚いた拍子に意図せず達してしまったことを悔やみ怒り心頭だった。
その隣で大地之助もあまりのことに呆れた様子で恥ずかしそうにちょこんと座っている。
家臣達は反省してはいるが、先程殿と性交している大地之助のなまめかしさを思い出し、色を帯びた視線をよこしている。
この困った連中が乱入してきた時、殿がすぐに大地之助に着物を羽織ってくれたが、慌てて着た為肩やら脚やらが覗いていた。
大地之助は家臣達の視線に気づき、以前別の家臣達に嬲り者にされたことを克明に思い出した。
(まさか…中条さん達はすごくいい人達だからあんなこと考えてないと思うんだけど…)
乱れた着物をさりげなく正す大地之助を見て、殿は優しく肩を抱き寄せながら家臣達に告げた。
「大地之助はあの事件のことで、まだ傷ついているんだからな!!」
大地之助は殿を見上げた。
殿はまっすぐ中条達を見据えて厳しい顔で続ける。
「もちろんあの時のことは、私も悪かったと思っている。が、その分反省しているんだ。大地之助を悲しませるようなことはもうしないと強く誓った。
お前達も大地之助が大事なら軽はずみな行動は慎め。あの時起こったことは時が経てば忘れるというような、簡単なものじゃないんだ」
そう言われて、中条・江田・田崎・五代の4人は、一斉にしゅんとなった。
自分達は横山らのような行動は絶対しないつもりだが、安易な行動をとってしまったことで大地之助を再び傷つけてしまったと思い深く反省した。
大地之助は、今の殿の言葉がとても嬉しかった。
いつでも自分の気持ちを一番に思いやってくれる殿…。
殿の手を握り、胸に軽くもたれかかって大地之助は赤い顔をして微笑んだ。
それを見て殿も顔を赤らめて、大地之助の肩を抱いたまま家臣達に言った。
「…そういうことだから、今みたいなことはやめるんだぞっ。分かったらもう出ていけ」
「はい」
中条達はそのまま部屋から出て行った。
再び番の仕事についた五代は、ポツリと呟く。
「やっぱりあの2人…強く愛し合ってるんですね」
「ああ…」
中条達も今の殿の言葉からそれを感じ取り、同意した。
障子の向こうからは、また大地之助の艶っぽい声が聞こえてきたが、家臣達は必死で我慢した。
あくる日。大地之助は殿に対して不満げな声を漏らした。
「ええ〜〜っ、出張〜〜っっ?」
殿はそれを聞いて、お茶を飲みながら困ったような顔をしている。
「ああ、公務で京都までな。5日間ほどだが」
殿が江戸を離れるということは、大地之助がここへ来て初めてのことだ。
殿が公務の時以外、2人はいつも一緒だった。毎晩契りを交わして、一緒に眠る。
その殿とたったの5日でも離れなければならないことが、大地之助には不安で寂しくてたまらなかった。
大地之助は殿の袖をとった。
「じゃあ、僕もついていく!お小姓なんだから、殿の身の回りのお世話をするってことで…それならいいよねっ」
名案が浮かんでニコニコ笑う大地之助に、殿は申し訳なさそうな顔で言った。
「いやぁ…私もそれを考えたんだが、無理そうなんだ。なんせ丸々5日間公務で、お前を連れて行ってもほとんど逢うことができないんだよ。
道中も何かと危険だし、大地之助にはこの城でいた方が安全だ。すまんが連れて行くことはできない…」
「……」
殿は慰めるように大地之助の頭を撫でた。
それを聞いて暗い顔になっていた大地之助だったが、次の瞬間打って変わって明るい表情で言った。
「へへっ、ちょっと言ってみただけー。しょうがないよね、殿の大事なお仕事だもん。わがまま言わないよっ」
「大地之助…」
殿は、寂しい気持ちをなんとか隠して笑う大地之助を思って、胸が締めつけられるようだった。
大地之助は頭に置かれた殿の手を取りながら、殿の瞳を見つめた。
「でも…なるべく早く帰ってきてね」
殿は優しく微笑む。
「ああ…」
大地之助の顔を軽く上向かせて、殿は顔を近づかせながら囁いた。
「お前が待っているのならば、天を駆けてでも帰ってくるよ」
「殿…」
大地之助はゆっくり目を閉じ、殿の口づけを待った。
2人の口唇があと少しで触れ合う、と言うときに中条の声が響いた。
「殿っ!城の敷地になにやら不審者がおりまして…」
障子を開けて入ってくる中条に、またもや大地之助とのお楽しみの雰囲気を壊されて、殿は完全にやさぐれた。
「だ〜れだぁ、そいつは〜〜」
その様子に一瞬たじろいだものの、中条は自分の後ろにいる大柄な男を前に引っ張り出した。
「こいつです。ほら、前へ出ろっ!!」
「いってーなぁ」
じろりと中条を睨みつけながら姿を現した男の顔を見て、大地之助は身体が強張った。
(こ…この男は…!!)
中条は殿にその男のことを説明する。
「名前は安井権三郎。歳は37だそうです。聞けば、3ヶ月ほど前からこの城の近辺をぶらぶらうろついてるらしいんですが…」
安井と言われたこの男。手と腰を縄で縛られ、それをしっかりと数人の家来に持たれてはいるが、殿を目の前にしても頭ひとつ下げず、
面倒くさそうな表情でふてくされている。
大地之助は安井に見覚えがあった。
殿に対する不信感から城を飛び出したあの時、有無を言わさず力ずくで自分を思い通りにしようとした男だ。
大きな体格、鼻の横の大きなホクロも同じで、間違いなかった。
(この男…まだこの城の周りに…)
すんでのところで警備兵の社万次郎に助けてもらい事なきを得たが、大地之助はあの時の野卑た安井の様子を鮮明に思い出し、めまいがした。
中条の話を聞いていた殿は、大地之助の様子が妙なことに気づいた。
「どうした、大地之助。気分が悪いのか?」
心配そうに顔を覗き込む殿に、大地之助はなんとか答えた。
「う…うん、ちょっと…」
安井はふっと顔を上げ、大地之助を見た。
しばらくじっと見つめていたが、誰にも気づかれることなく、不気味に小さく笑った。
殿はみるみる青くなる大地之助を気にかけ、中条に声をかけた。
「ではその男、明日にでも奉行所に引き渡すから、今のところは地下牢にでも入れておけ」
中条は大地之助を心配しながら言う。
「あ…そのことでお話があるのですが」
殿は田崎を呼び寄せた。
「田崎、大地之助を隣の部屋で寝かせてやってくれ。後ですぐ行くからな、大地之助」
「うん…」
大地之助は田崎に支えられて、ヨロヨロと部屋を出た。
「なんだ、話とは」
殿は大地之助の元に早く行きたいので、中条を急かす。
「ええ、つい3日ほど前、材木運びなどの力仕事をしている者が母親が急病だということで江戸を離れましてね。人手が不足しているのです。
それでこの男を…と思いまして」
「そうか…」
殿はそれを聞いて考え込んでいる。
安井はちらりと殿を見た。
(こないだ悪戯しようとした坊主…殿さんの小姓だったんだな)
殿は安井と大地之助との間にそんなことがあったことなど全く知らず、答えを出した。
「うろついていたと言っても何もしてないみたいだし…そうだな、監視付きでならいいぞ」
安井はその言葉を聞いて内心ほくそ笑んだ。
(くく…俺があんたの可愛いお小姓ちゃんを犯そうとしたことは知らねぇんだな。こりゃあいい。おもしろいことになりそうだ…)
中条は安井に頭を下げさせた。
「おい安井、殿のお優しい気持ちに感謝しろ」
「ヘイ。お殿様、ありがとうございます」
安井はうやうやしく殿に礼を言った。そしてそのまま安井は中条に連れられ、部屋を離れた。
